反磁性機能酸化物で常磁性ナノピラーの高密度導入に成功

2015年10月15日

東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)

反磁性機能酸化物で常磁性ナノピラー(原子の柱)の高密度導入に成功

-超小型大容量記憶デバイスへの応用を示唆-

研究概要

東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)の幾原雄一教授(東京大学教授併任)、王中長准教授、陳春林助教らのグループは、IBMチューリッヒ研究所のヨハネス・ベドノルツ博士(1987年ノーベル物理学賞受賞者)らと共同で、最先端の超高分解能走査透過型電子顕微鏡による電子プローブを駆使し、機能酸化物バルク中にバルクとは異なる磁気特性をもつナノピラー(ナノサイズの原子柱)を人工的に制御して高密度に導入することにはじめて成功しました。
本研究グループは、結晶中の格子欠陥である転位や粒界・界面を対象にして、その原子構造の解析や格子欠陥を制御した新機能材料の開発を試みてきました。今回は、超高分解能走査透過型電子顕微鏡のナノプローブ電子線によって酸化物の相変態が誘発されることを利用し、反磁性酸化物バルク中に、常磁性ナノピラー相を原子レベルで制御して導入しました。
今後、本研究を起点にし、特異な構造を有するナノピラー相を原子レベルで制御する技術の開発、超小型大容量記憶デバイスの設計につながることが期待されます。本成果は2015年10月14日(米国時間)発行の米科学誌「Nano Letters (ナノ・レターズ)」に正式掲載されました。

研究背景と経緯

「相変態」注1)は自然界に普遍的な現象で、材料の特性も大きく変化することが知られています。情報化社会の需要に伴い、超小型大容量記憶デバイスの開発が急務とされていますが、材料中に相変態相を選択的に導入することが可能になれば、当分野において大きなブレークスルーが期待できます。本研究では、酸化物への電子線照射により相変態が誘起される性質を利用し、ニオブ酸ストロンチウム(SrNbOx) 注2)へナノプローブ電子線を照射し、酸素配位数を原子レベルで制御し、磁性注3)の異なるナノピラー(ナノサイズの原子の柱)を高密度に導入する実験に初めて成功しました。

研究内容と展開

今回、幾原教授、王准教授、陳助教は、IBMチューリッヒ研究所のヨハネス・ベドノルツ博士(1987年ノーベル物理学賞受賞者)らと共同で、ニオブ酸ストロンチウム(SrNbOx)の相変態を利用した原子サイズの異相ナノピラーの導入・制御実験を試みました。
本研究では先ず理論計算により、SrNbO3.4(Sr5Nb5O17)のエネルギー的に安定な構造を探索しました。次に、スイス工科大学で作製された試料を、最先端の超高分解能走査透過型電子顕微鏡注4)により観察を行い、理論計算結果と比較することで各原子列の元素特定を行いました(図1a,b)。このとき超高分解能走査透過型電子顕微鏡のプローブ(30pA)による相変態は誘起されませんでしたが、プローブ電流を400pAに上げるとSrNbO3.4の構造が局所的にSrNbO3.3(Sr6Nb6O20)およびSrNbO3.5(Sr4Nb4O14)に変化することが確かめられました(図1c,d)。これより、高エネルギー電子線の照射により、酸素分布が局所的に変化し相変態を誘発したものと考えられます。SrNbO3.3の安定構造はこれまで報告されていませんでしたが、今回の実験で「局所的には安定的に存在できる」ということが分かりました。この時点では全体として酸素数は保存されていますが、さらにプローブ電流を700pAに上げると一部の酸素が除去されSrNbO3への相変態が起こり、衣服のチャックを締めるような現象である原子ジッピング(atomic zipping)が観察されました(図2)。相変態が電子線照射によるものであることを確認するために、その場観察も併せて行い、確かに「電子線照射により相変態が起こり、新しくできた相は試料を貫通している」ということが分かりました。
この結果を応用することで、異相ナノピラーの導入を原子レベルの精度で制御することができます(図3)。バルクのSrNbO3.4は常温で反磁性を示すのに対し、SrNbO3ナノピラー相は常磁性を示します。昨今の大容量記憶デバイスは、磁気的性質の異なる領域をバルク中に周期的に配列することで実現されており、工業化されている記憶デバイスの磁気相間隔は20nm以上です。一方、本研究では異相ナノピラーを5nm程度の等間隔に配置することに成功しており、超小型大容量記憶デバイスへの応用を示唆しています。
今後、本研究を起点にし、相変態を原子レベルで局所的に制御することで、新機能材料の研究開発につながることが期待されます。

参考図

図1: SrNbO3.4の[110]晶帯軸による (a) 暗視野(HAADF-STEM注5))像と (b) 明視野(ABF-STEM注6))像。層構造を持ち、NbO6の平行層とジグザグな原子層が交互に配置している。(c) 赤枠は電子線照射を行う領域 (d) 照射後の暗視野像。3層ずつ規則的に並ぶ原子配列が、2-4-4-2層に変化している。
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図2:(a) SrNbO3.4の[110]晶帯軸による暗視野(HAADF-STEM)像。赤枠は電子線照射を行う領域 (b) 照射後の暗視野像 (c) 照射後の拡大暗視野像 (d) 照射後の拡大明視野像
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図3:(a) 機能酸化物におけるナノピラー配列の模式図。赤矢印はSTEMの電子プローブを示す (b-d) SrNbO3.4に導入されたSrNbO3ナノピラーの暗視野像
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論文情報

Chunlin Chen, Zhongchang Wang, Frank Lichtenberg, Yuichi Ikuhara and Johannes Georg Bednorz, “Patterning Oxide Nanopillars at the Atomic Scale by Phase Transformation”, Nano Letters(2015).
DOI: 10.1021/acs.nanolett.5b01847(新しいタブで開きます)

用語解説

注1) 相変態
熱力学的に安定な系を相といい、温度や圧力などの物理的パラメータを変化させることにより別の安定相へ変化することを指す。相転移ともいう。気体・液体・固体の変化は有名だが、相変態の起こり方や条件は物質によって異なる。

注2) ニオブ酸ストロンチウム(SrNbOx)
一般にSrnNbnO3n+2の化学式を持ち、ペロブスカイト構造をもつSrNbO3を(110)面で切り離し、切断面に酸素を付加した構造を持つ。SrNbO3+2/nとも書かれる。nの値により異なる電磁特性を発現する。

注3)磁性
原子のもつスピンが担う、物質が磁場に反応する性質を指す。強磁性とは隣り合うスピンがすべて同じ方向を向き、大きな磁性を発現する性質。反強磁性とは、隣り合うスピン同士がすべて逆方向を向いていることにより、物質全体としては磁性を発現しない性質。このほか、隣り合うスピンが逆方向を向いているものの、イオンの種類によりスピンの大きさが異なるため、その差分により物質全体として弱い磁性を発現するフェリ磁性、外部磁場が無いときには磁性を持たず、磁場を印加するとその方向に弱く磁性を示す常磁性もある。

注4)超高分解能走査透過型電子顕微鏡 (Scanning Transmission Electron Microscopy)
0.1ナノメートル(1億分の1センチメートル)程度まで細く絞った電子線を試料上で走査し、試料により透過散乱された電子線の強度を用いて試料中の原子を直接観察する装置

注5)HAADF-STEM
High-Angle Annular Dark Field Scanning Transmission Electron Microscopyの略、高角散乱環状暗視野走査透過型顕微鏡法。細く絞った電子線を試料に走査し、透過電子のうち高角に散乱したものを円環状の検出器で検出する。原子番号の約1.7乗に比例したコントラストが得られる特徴があり、重元素の観察に優れている。

注6)ABF-STEM
Annular Bright Field Scanning Transmission Electron Microscopyの略、環状明視野走査透過型顕微鏡法。細く絞った電子線を試料に走査し、透過散乱電子を円環状の検出器で検出する。軽元素の観察に向いており、HAADF-STEM像による重元素観察を補完することができる。

付記事項

本成果は、2015年10月14日(米国時間)発行の米国科学誌「Nano Letters(ナノ・レターズ)」に正式掲載されました。なお、本研究の一部は文部科学省によるナノテクノロジーハブ拠点、ナノテクノロジープラットフォーム事業および科学研究費補助金・新学術領域研究”ナノ構造情報のフロンティア開拓-材料科学の新展開”の一環として実施されました。

問い合わせ先

研究に関すること

王 中長(ワン チョンチャン)
東北大学原子分子材料高等研究機構(AIMR)准教授

TEL : 022-217-5933
E-mail : zcwang@wpi-aimr.tohoku.ac.jp

井上 和俊(イノウエ カズトシ)
東北大学原子分子材料高等研究機構(AIMR)助手

TEL : 022-217-5933
E-mail : kazutoshi.inoue.a3@tohoku.ac.jp

清水修(シミズ オサム)
東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(AIMR) 広報・アウトリーチオフィス

TEL : 022-217-6146
E-mail : aimr-outreach@grp.tohoku.ac.jp