スピン流の定量的評価手法の確立

2013年06月21日

スピン流の定量的評価手法の確立

-スピン流とそれ以外の効果で生じる電圧の分離に成功-

概要

東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)の陳林助手、松倉文礼教授、同大学電気通信研究所の大野英男教授(同大学省エネルギー・スピントロニクス集積化システムセンター・センター長、同大学原子分子材料科学高等研究機構・主任研究者兼任)は、スピントロニクス材料中に流れるスピン流の定量的評価に成功しました。

エレクトロニクスでは電子の電荷の流れ(電流)を用いますが、スピントロニクスでは電子の持つスピンの流れ(スピン流)も用いることができます。スピン流は、省電力素子や熱を電気に変換する熱電素子などの新たな応用が見込まれており、世界で活発に研究が進められています。スピントロニクス材料の評価には、スピン流をどれだけ効率的に電流に変換できたかを測定する手法が必要ですが、材料の中にはスピン流以外の効果によって発生する電流も流れており、これらを分離して評価する手法が確立されておらず、スピン流を定量的に測定するという基本的なところに課題が残されていました。

今回、陳助手らは強磁性半導体((Ga,Mn)As)と非磁性半導体(p型GaAs)の積層構造を用いて電圧の計測を行いました。強磁性体中の磁化の運動によって非磁性体中に電圧が生じますが、電圧の大きさは磁化の角度によって変化します。計測した電圧の外部磁界角度依存性を解析することで、スピン流により発生している電圧とそれ以外の効果によって発生している電圧を区別できることを示し、それらの分離に成功しました。今回の成果は、スピン流の定量的評価手法を確立したもので、今後のスピン流の基礎研究および応用研究に貢献が期待されます。 本研究の一部は、日本学術振興会・最先端研究開発支援プログラム「省エネルギー・スピントロニクス論集集積回路の研究開発」、文部科学省・次世代IT基盤構築のための研究開発の支援の下で行われました。本研究成果は、英国科学誌「Nature Communications (ネーチャー・コミニュケーションズ)」のオンライン版(6月20日付:英国時間)に掲載されます。

研究の背景

エレクトロニクスにおいては、電子の持つ電荷の性質が利用されています。電子の持つスピンの性質をエレクトロニクスに活用することで、高機能素子を実現しようという研究分野がスピントロニクスです。スピントロニクスでは電荷の流れ(電流)に加えてスピンの流れ(スピン流)を利用します。スピン流は省電力素子や熱電素子への応用が期待されているため、世界中で活発に研究されています。スピン流を応用するために必要とされるスピンを電気的に制御する技術、スピンの流れ(スピン流)と電荷の流れ(電流)を相互変換する技術等が研究の対象となっています。電流を伴わないスピン流は純スピン流(注1)と呼ばれ、物質の電気抵抗に起因するエネルギ損失が理想的にはゼロであるため、特に注目されています。

非磁性体に純スピン流を生成する手法として、スピン・ポンピング(注2)があります。強磁性体と非磁性体の積層構造において、強磁性体を強磁性共鳴(注3)状態にし、強磁性体中に生じる電子スピンの蓄積を非磁性体に流し込む手法です。純スピン流は非磁性体中の逆スピン・ホール効果(注4)により電流に変換されると、電気的に検出可能となります。スピン・ポンピングによる純スピン流生成と逆スピン・ホール効果を用いたその電気的検出は金属強磁性体と非磁性体の積層構造を用いて広く研究されています。

強磁性共鳴を誘起するためには、電磁波の印加を必要とします。電磁波の磁界成分により、磁化の歳差運動が誘起されます。一方で、電磁波は電界成分も有し、この電界成分と磁性体中の磁化の歳差運動による電流磁気効果(注5)に起因する電気信号が発生します。強磁性体中の電流磁気効果には異方性磁気抵抗効果(注6)と異常ホール効果(注7)があり、これらの効果は19世紀に発見されました。異常ホール効果は電界と磁化の両方に垂直な方向に電圧が発生する現象です。異方性磁気抵抗効果は電界と磁化の相対方向に依存して、電界に平行方向の電圧の大きさが変化する縦効果と電界と垂直方向に電圧を発生する横効果があります。横効果は慣用的にプレナー・ホール効果(注6)と呼ばれています。

研究の内容

純スピン流は逆スピン・ホール効果により非磁性体中で電流に変換されるので、非磁性体中の電圧として検出されます。しかし、強磁性体と非磁性体の積層構造においては二層が電気的に短絡(ショート)しているので、強磁性体中で電流磁気効果により発生する電圧も非磁性体で観測される電圧に重畳することになります。これ迄の多くの研究において、電流磁気効果で発生する電圧について定量的に深く考察されることはありませんでした。

本研究では、比較的大きな磁気電流効果を示すことが知られている強磁性半導体(Ga,Mn)As(注8)を用いた(Ga,Mn)As/非磁性p型GaAs(注9)の積層構造をモデル系として採用しました。(Ga,Mn)Asが強磁性共鳴状態にある時にp型GaAs中で検出される直流電圧には逆スピン・ホール効果に起因する電圧成分に加え、電流磁気効果に起因する電圧成分があることを明らかにし、その定量的評価を行いました。

図1は測定に用いた素子の模式図と、外部磁界を掃印した際に強磁性共鳴磁界付近で生じると予測される逆スピン・ホール効果、プレナー・ホール効果、異常ホール効果による直流電圧の計算結果を示しています。実際の実験においても、これらの信号が重畳した形状の信号を観測できます。逆スピン・ホール効果とプレナー・ホール効果は同一の信号形状を持つため、この測定からだけでは二つの効果により生じる信号の分離はできません。図2は逆スピン・ホール効果とプレナー・ホール効果による信号強度の外部印加磁界角度依存性の計算結果を示しています。信号強度の外部印加磁界角度依存性が異なることが分かります。本研究では、この違いを利用して実験的に二つの信号が分離できることを示しました。ここで用いた材料系においては、逆スピン・ホール効果による電圧は電流磁気効果による電圧の10%以下であり、純スピン流の定量的評価には電流磁気効果を含めた解析が必要であることが分かりました。

今後の展開

本研究において、純スピン流のより正確な定量的評価手法が確立されました。これにより、純スピン流と電流の間の相互変換効率についての正確な評価が可能性になります。ここで開発された手法は、強磁性半導体系に留まらず様々な材料系に適用可能です。スピン流を利用するスピントロニクス素子に要求される材料パラメータの評価に応用することができ、スピン流の物理的理解およびスピントロニクス材料開発の加速をもたらすことが期待されます

参考図

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図1 測定に用いた試料構造と強磁性共鳴時に観測されると予想される直流電圧の模式図。逆スピン・ホール効果とプレナー・ホール効果に対しては共鳴磁界に関して対称、異常ホール効果に対しては反対称な直流電圧が観測されます。


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図2 対称成分を構成する逆スピン・ホール効果とプレナー・ホール効果による直流電圧(マイクロ波吸収係数で規格化)の外部磁界角度依存性。角度0oを試料表面の垂線方向に取っています。二つの信号成分はこの角度依存性の違いを用いて分離できます。


用語説明

(注1)純スピン流
電子の持つスピン角運動量の流れをスピン流と呼ぶ。正味の電荷の流れ(電流)を伴わないスピン流のことを純スピン流と呼ぶ。
(注2)スピン・ポンピング
強磁性体にスピン蓄積を生じさせ、隣接する非磁性体にスピン流を生成させる手法。強磁性共鳴法によりスピン蓄積を生じさせた場合、正味の電荷の流れ(電流)を伴わないスピン流(純スピン流)を生成できる。
(注3)強磁性共鳴
強磁性体に高周波電磁界(マイクロ波)を印加した際に、高周波磁界のエネルギを吸収して磁化が歳差運動を継続的に行う現象。
(注4)逆スピン・ホール効果
スピン流を電流に変換する効果。物質中の電子の持つ軌道角運動量とスピン角運動量にはスピン-軌道相互作用と呼ばれる相互作用がある。この相互作用により、純スピン流は電流に変換され、電気的に検出可能となる。電流をスピン流に変換する効果はスピン・ホール効果と呼ばれる。
(注5)電流磁気効果
電流の流れている物質を磁界中に置いた時に発生する電気的な効果。
(注6)異方性磁気抵抗効果、プレナー・ホール効果
強磁性体の電気抵抗が電流と磁化のなす角度に依存する現象を異方性磁気抵抗効果という。試料中に一定の電流が流れている場合、電気抵抗の変化により電流と平行方向に発生する電圧の大きさが変化する(縦異方性磁気抵抗効果)。プレナー・ホール効果は磁気異方性抵抗効果により電流の垂直方向に電圧が発生する現象(横異方性磁気抵抗効果)。
(注7)異常ホール効果
電流の流れている物質を電流と垂直方向の磁界中に置いた時に、電流と磁界の両方に垂直な方向に電圧が発生する現象をホール効果という。強磁性体に対しては外部磁界が無い場合でも、磁化と電流の垂直方向に電圧が発生する。この効果を異常ホール効果という。
(注8)(Ga,Mn)As
III-V族化合物半導体砒化ガリウム(GaAs)を構成する原子の一部をMnで置換することで作製される磁石の性質を示す半導体(強磁性半導体)。
(注9)p型GaAs
電気伝導を担うキャリアが正孔(電子の抜け孔)である半導体をp型半導体という。p型GaAsは正孔が電気伝導を担う砒化ガリウム。電子が電気伝導を担う半導体はn型半導体と呼ばれる。

論文情報

L. Chen, F. Matsukura and H. Ohno, "Direct-current voltages in (Ga,Mn)As structures induced by ferromagnetic resonance" Nature Communications (2013)

問い合わせ先

研究に関すること

松倉文礼(マツクラ フミヒロ)
東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR) 教授

TEL : 022-217-5554
E-MAIL : f-matsu@wpi-aimr.tohoku.ac.jp