新規熱電発電技術を考案

2013年03月02日

東北大学金属材料研究所
東北大学原子分子材料科学高等研究機構

磁性材料における異常ネルンスト効果を利用した新規熱電発電技術を考案

FePt/MnGa熱電対列で電圧増大に成功 - 新たな環境発電技術として期待 -

概要

東北大学金属材料研究所(所長 新家光雄)の高梨弘毅教授、桜庭裕弥助教の研究グループは同大学原子分子材料科学高等研究機構の宮﨑照宣教授、水上成美准教授らのグループとの共同研究によって、金属や半導体などの磁性材料において発現する「異常ネルンスト効果」(注1)と呼ばれる現象を利用した新たな熱電発電技術を考案し、試験的に作製した熱電対列(注2)において電圧を増大することに成功しました。研究グループは異常ネルンスト効果による電圧が熱流と磁化のそれぞれに直交する方向に現れることに着目し、FePtとMnGaという2種類の磁性細線を交互に直列接続させた熱電対列を作製することで電圧を増大できることを確認しました。従来のゼーベック効果(注3)を利用した熱電発電では、電圧が熱流と同じ軸方向に出現するため、電圧増幅させるためにはp型とn型(注4)の半導体を交互に並列させその上部同士/下部同士を交互に連結させる複雑な構造を作る必要があり、製造コストが高く大面積を利用した応用が困難であることが一つの課題となっていました。今回の成果で研究グループは、異常ネルンスト効果を利用することにより、FeやMnなどで構成された安価な磁性材料を面内方向で連結させた熱電対列で極めて簡便に電圧を増大させられることを示しました。また隣接する磁性細線の磁化方向を制御し、磁化の向きが交互に配列した磁化状態を実現することで、単一の磁性材料でも電圧増大が可能であることを実証しました。

現状では、異常ネルンスト効果によって発生する電圧は1℃の温度差に対して1μV程度と見積もられていますが、今後の材料開発によって効率を一桁以上改善することができれば、上述したコスト面の利点を活かし、太陽光発電のように昼夜や屋内外を問わずに発電可能な、大面積を利用した新たな環境発電技術となることが大きく期待されます。

本研究成果の一部は、文部科学省科学研究費補助金 挑戦的萌芽研究 課題番号24656402「高効率熱磁発電へ向けた異常ネルンスト効果の萌芽研究」 (代表者: 桜庭裕弥)及び課題番号24656002「垂直磁化薄膜における異常ネルンスト効果の微視的な機構解明」(代表者: 水口将輝)の支援の下で得られました。今回の研究成果は、公益社団法人応用物理学会発刊の学術雑誌「Applied Physics Express」に平成25年3月1日にオンライン公開されました。

研究の背景

金属や半導体の両端に温度差を加えると、熱の流れによって生じるキャリア移動によりその両端に電圧が発生します。この現象はゼーベック効果と呼ばれ、熱エネルギーを直接的に電気エネルギーに変換する環境負荷の小さい”熱電発電技術”として50年以上の長きに渡る研究が行われてきました。しかしながら、太陽光発電などに比べ発電効率が低いこと、高い熱電変換効率を示す材料がBi(ビスマス)やTe(テルル)等の稀少元素や有毒元素を含有すること、またゼーベック電圧を増幅させるためのモデュール構造が図1(a)に示すような複雑な構造をとるため製造コストが高いことなどが大きな課題となり、現在まで実質的な応用例は限られています。熱電発電技術を社会貢献できる実用的な環境発電技術とするためには、発電効率を改善することや、毒性のない汎用元素を利用すること、コストあたりの発電力を向上させることが重大な課題となっており、これらを解決する様々な取り組みがなされております。

研究内容と成果

今回、東北大学金属材料研究所(所長 新家光雄)の高梨弘毅教授、桜庭裕弥助教の研究グループは、従来のゼーベック効果とは異なる「異常ネルンスト効果」と呼ばれる現象を利用した新たな熱電発電技術を考案しました。さらに同大学原子分子材料科学高等研究機構の宮﨑照宣教授、水上成美准教授らのグループとの共同研究によって、試験的な熱電対列を作製し異常ネルンスト電圧の増大に成功しました。異常ネルンスト効果とは、磁性材料に対し熱勾配を与えた際に、磁性材料がもつ磁化と与えられた熱流のそれぞれと直交する方向に電圧が生じる現象で、その存在は古くから知られていました。研究グループは従来からFePtなどの磁気異方性が大きな磁性材料の異常ネルンスト効果の研究を行っており、熱流から電圧への変換効率を示す異常ネルンスト係数がFeなどの一般的な強磁性体に比べ大きいことを発見しておりました。今回、これを応用し熱電対列を試作することによって、異常ネルンスト効果を利用した熱電発電の有用性と、従来のゼーベック発電とは異なる新たなニーズに応用できる可能性を示しました。以下にその概要をまとめます。

1. 面内方向での簡易的な直列接合で電圧増幅させることが可能であるため、低コストで大面積へ応用可能な発電システムを作製できる。
従来のゼーベック効果を利用した発電モデュールは、熱勾配方向と発生する電界方向の軸が同じであるため、電圧出力を増大させるためにn型とp型半導体を交互に並列化し、その上部同士/下部同士を交互に結合させ直列接続させる複雑な熱電対列を作製する必要がありました(図1(a))。しかし異常ネルンスト効果を利用すると、電界は熱流と直交する面内方向に発生するため、面内方向の簡便な直列接続で電圧を増大できます(図1(b))。これにより低い製造コストで極めて簡便に発電システムが構築できるため、あらゆる建物の床・壁・屋根など、あるいは温水の流れる配管などの大面積の熱を利用することできるため、従来のゼーベック熱電発電では実現不可能だった新たな応用が期待できます。


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図1:(a) ゼーベック効果を利用した発電モデュール。n型とp型半導体を交互に並べ、上部(低温側)同士/下部(高温側)同士を交互に直列接続することでゼーベック効果による電圧が増大できる。素子構造が複雑なため限られた面積にしか利用できない。(b)異常ネルンスト効果を利用した発電モデュール。異常ネルンスト電圧は熱流と磁化のそれぞれと直交する方向に生じるため、電圧が逆向きに生じる2つの磁性材料を面内方向で交互に直列接続することで電圧を増大できる。簡便な構造で熱電対列を作製できるため、大面積を利用し熱電対列を作製し熱電発電が可能である。
 

2. Fe,Mn等の汎用元素を利用した発電システムを構築できる。
今回、研究グループは高い磁気異方性を持つことで知られるFePtとMnGaの異常ネルンスト効果を調べ、その電界がともに大きく、また各々で逆方向に現れることを発見しました。これを利用し、FePtとMnGaの細線を交互に並列化し直列接続させた熱電対列を作製し、電圧の増大に成功しました(図2)。MnGaにおいて発生する電圧の大きさはFePtと同程度であるため、MnGaのような貴金属を含まない材料においても大きな異常ネルンスト電圧は実現可能であり、今後安価な元素のみを利用した材料開発が進めば、低コストな新しい発電システムの構築が期待されます。


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図2:FePtとMnGaを用いた熱電対列の異常ネルンスト電圧の外部磁場に対する変化。FePtとMnGaでは逆方向にネルンスト効果が現れるため、直列に接続させる対列の数を3ペア、9ペアと増やすことでペア数に比例した電圧増大が確認された。
 

3. 磁化方向で電界の向きを制御可能であるため,単一の磁性材料でも電圧増大が可能である。
異常ネルンスト効果により発生する電界の方向は、磁性材料の磁化の向きに応じて反転させることができます。従って、同じ磁性材料を用いて熱電対列を構成した場合でも、隣り合う細線間で磁化の向きが交互に逆向きになっていれば、外部磁場がゼロの状態でも異常ネルンスト電圧を効率的に増大させることができます。従来のゼーベック発電ではゼーベック電圧が大きく、逆方向に現れるn型とp型半導体の2つの材料を実現し、それらを交互に配列させ熱電対列とすることが必須でした。一方,異常ネルンスト効果を利用した場合、異常ネルンスト電圧が大きな材料を用いれば、保磁力差をつけ磁化方向を交互に反転させた状態(反平行状態)を実現できるため、1つの材料で熱電対列を作製することができます。今回、研究グループは保磁力の異なる2種類のFePtを交互に並べ熱電対列とすることで、磁化の反平行状態で異常ネルンスト電圧を増大できることを実証しました(図3)。
従来のゼーベック効果を利用した熱電発電では、モデュール構造が複雑でかつ稀少・有毒元素を利用していることなどから、コストや安全性の観点から大面積の熱電対列を必要とする応用の実現は困難でした。一方、異常ネルンスト効果を利用した場合、上記の利点から大面積を利用した熱電対列を簡便かつ低コストに作製することができます。熱電対列から取り出せる電力はその内部抵抗によって制限され熱電対列が長くなった場合は内部抵抗が増大する問題が発生しますが、磁性体の厚みを厚くすることで内部抵抗を減少できることも非常に大きな利点となります。


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図3:FePtのみを利用した熱電対列における異常ネルンスト電圧の外部磁場に対する変化。隣合うFePtの作製条件を変化させることで磁化の向きが反転する磁場(保磁力)に差が生じるため、保磁力が小さいFePt線の磁化が反転した段階で磁場をゼロとすることにより、隣り合うFePtの磁化方向が逆を向いた反平行状態が得られる。この状態では異常ネルンスト電圧が交互に逆方向に現れるため、電圧が増大できる。

今後の展開

現在まで異常ネルンスト効果に関する研究は極めて限られております。今後の材料研究によって1℃の温度差で10μV程度の異常ネルンスト効果を示す材料が実現できれば、1平方メートルの面積を利用し熱電対列を形成し、数℃程度の温度差を加えることで、数十ワットの電力が得られます。今回作製した試験的な熱電対列ではPtを利用していますが、大きな異常ネルンスト電圧をFeやMnのような安価な元素を主とした材料で実現できれば、コスト当たりの発電力も大きくなります。太陽光発電と異なり、熱源さえあれば昼夜・屋内外を問わず定常的な発電が可能であるため、太陽光発電とは異なるニーズへ対応でき、新たな環境発電技術として広く応用される可能性が大きく期待されます。

用語解説

注1. 異常ネルンスト効果
磁化した磁性体に熱流を流した際、磁化の向きと熱流の向きのそれぞれと直交する方向(外積方向)に電圧が生じる現象。電圧の向きと大きさは磁性体の材料毎に異なり、材料が持つ異常ネルンスト係数の符号と大きさによって決定されます。外から加えた外部磁場と熱流によって生じる同様の効果を正常ネルンスト効果と呼びます。
注2. 熱電対列
熱流によって誘起される電圧の向きが逆になる2種の材料を交互に直列接続させたもの。英語ではサーモパイルと呼ばれます。
注3. ゼーベック効果
金属や半導体の両端に温度差を与えた際、伝導になる電子やホールなどのキャリアが移動するため、熱流と同じ軸上に電圧が生じる現象。
注4. n型半導体, p型半導体
n型は電子、p型はホールを電気伝導を担うキャリアとする半導体。それぞれでゼーベック効果による電圧が逆方向に生じるため、n型とp型半導体で熱電対列を作製することで電圧を増大できます。

論文情報

Sakuraba, Y., Hasegawa, K., Mizuguchi, M., Kubota, T., Mizukami, S., Miyazaki, T. & Takanashi, K. Anomalous Nernst effect in L10-FePt/MnGa thermopiles for new thermoelectric applications. Applied Physics Express

問い合わせ先

高梨 弘毅(たかなし こうき)
東北大学金属材料研究所 教授

住所 : 〒 980-8577 宮城県仙台市青葉区片平2-1-1
TEL : 022-215-2095
E-MAIL : koki@imr.tohoku.ac.jp

桜庭 裕弥(さくらば ゆうや)
東北大学金属材料研究所 助教

住所 : 〒 980-8577 宮城県仙台市青葉区片平2-1-1
TEL : 022-215-2097
E-MAIL : y.sakuraba@imr.tohoku.ac.jp