末永智一教授の研究グループ 細胞活性の網羅的モニタリングを可能にする微小チップの開発

2012年06月08日

研究概要

東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)の末永智一教授、環境科学研究科の伊野浩介助教の研究グループは、多数の細胞の活性を同時にモニタリングできる、微小なチップデバイス注1)の開発に成功しました(図1)。胚性幹細胞(ES細胞注2))の分化過程の測定を効率的に行えるようになるなど、生化学・医療などの分野への応用が期待されます。

ES細胞の培養や、大腸菌によるタンパク質の発現をさせる際には、培養した多くの細胞の中から、実際に医療や実験に使える有用な細胞を分別することが重要な課題となっています。有用細胞を分別する手法の1つとして、細胞に由来する化学物質の濃度を測定することで細胞の状態を判別する電気化学測定法注3)が用いられています。しかし、多数の細胞に対して同時に電気化学測定を行うためには、細胞の数と同数のセンサと電極が必要であったため、チップデバイス全体が大きくなってしまうことが実用化に向けた大きな課題でした。
本研究グループは、電極を格子状に配置し、局所的にレドックスサイクル注4)と呼ばれる電気化学測定法を組み込むことで、チップ全体を飛躍的に小型化することに成功しました。さらに、このチップデバイスを用いることで、マウスES細胞から作製された胚様体の分化過程を、連続的にモニタリングすることが可能であることを示しました。電気化学測定法は、同じく有用細胞の分別に使われる光学的な手法に比べ高感度での測定が可能なため、分化過程の詳細なモニタリングが可能になるなど様々な応用が期待できます。
本研究成果は、5月25日にドイツ化学会誌Angewandte Chemie International Edition電子版に掲載されました。

研究背景と経緯

有用細胞を分別する技術は、研究用ツールとしてだけでなく、移植医療、タンパク質生産などへ応用できるため、現在、様々な技術が開発・提案されています。特に、同時に多くの細胞を簡単に測定できるような網羅的なシステム・デバイスの開発を目指し、微細加工技術注5)を用いたチップデバイスの小型化が行われています。また同時に、測定の高感度化を目指して、電気化学測定が可能な電極センサを組み込んだチップデバイスの開発も行われています。チップデバイスの小型化と高感度化が同時に実現できれば、有用細胞の分別を網羅的に精度よく行うことができます。
しかしながら、数多くの電極をチップデバイスに組み込んだ場合、電極の面積が非常に膨大になってしまい、1つのデバイス内に組み込める電極の数が限られてしまいます。そのため、同時に多数の細胞に対して電気化学測定を行うことができませんでした。この問題を解決するために、多数の電極を小型のチップデバイスに組み込む事ができる新しい技術の開発が強く求められていました。

研究内容と今後の展開

今回、東北大学の研究グループは、局所的にレドックスサイクルを誘導させる事で、網羅的な電気化学測定が可能なチップデバイスを開発しました。このチップデバイスには、くし型電極注6)が配置されており(図1)、またセンサを結ぶ配線を格子型にすることで、配線の交差点で局所的にレドックスサイクルを誘導し、そのシグナルを取得する事が可能です。この方法により、図2のように16x16=256のセンサを含むチップを作る場合、従来法では256本のコネクタ配線が必要であったのに対し、16+16=32個の配線でよくなるなど、飛躍的にチップ型デバイスを小型化することに成功しました。
このチップデバイスを用いて、実際にES細胞の活性を電流変化としてとらえ、イメージ化する事にも成功しました(図3)。今回開発された技術を使えば、電気化学測定によって多数の細胞の中から有用細胞を分別することが効率的に行えるようになると期待されます。また、高感度で簡便な計測が可能という電気化学検出特徴を活かし、細胞だけでなく様々な試料に対する化学物質濃度の測定など、センサ工学の技術体系にも新しい展開を誘起すると期待されています。

参考図

(A)

(B)

図1 (A)開発されたチップデバイス(B)チップデバイスをコネクタに接続した様子。


図2 従来法との比較。どちらも測定点部分は非常に小さくする事ができますが、電極リード部分、測定機器と接続されるためのコネクタ電極部分を含めると、開発したチップデバイスの方が、飛躍的に小型化が可能。


図3 胚性幹細胞から得られた電気化学イメージ

用語解説

注1 チップデバイス
数cm角のガラスやプラスチップなどの基板上に、センサなどが配置されたデバイスのこと。
注2 胚性幹細胞(ES細胞)
動物の発生初期段階である胚盤胞期のから作られた幹細胞株のこと。すべての組織に分化する分化多能性を持つため、様々な応用が期待されている。
注3 電気化学測定
測定物質を電極上で反応させる事で、測定物質の量などを計測する測定法。市販の血糖値計には、電気化学測定法が用いられている。
注4 レドックスサイクル
電気化学測定におけるレドックスサイクルとは、測定物質に酸化反応と還元反応を次々に引き起こさせ、電極上で反応する測定物質の量を増やすことで、得られるシグナルが増幅される現象のこと。
注5 微細加工技術
集積化回路を作製する際に基板上に微小な電極などを配置する技術。近年では、バイオテクノロジーの分野にも応用されている。
注6 くし型電極
微細加工技術を用いて作製した配列電極の1つ。非常に細い幅のバンド型の電極が近接して配置されており、レドックスサイクルを効率よく誘導する事が可能。

論文情報

題名
Local redox cycling-based electrochemical chip device with deep microwells for evaluation of embryoid bodies.
著者
Kosuke Ino, Taku Nishijo, Toshiharu Arai, Yusuke Kanno, Yasufumi Takahashi, Hitoshi Shiku, Tomokazu Matsue.
ジャーナル名
Angewandte Chemie International Edition
オンライン掲載日
平成24年5月25日

問い合わせ先

研究に関すること

末永智一教授
東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)

TEL : 022-795-7209
E-MAIL : matsue@bioinfo.che.tohoku.ac.jp

伊野浩介助教
東北大学大学院環境科学研究科

TEL : 022-795-7281
E-MAIL : ino.kosuke@bioinfo.che.tohoku.ac.jp

報道担当

東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)アウトリーチオフィス

TEL : 022-217-6146
E-MAIL : outreach@wpi-aimr.tohoku.ac.jp