装置共用の先へ: AIMR共通機器室が切り拓く自律的研究への道
2026年04月24日

日本の研究環境に身を置く外国人研究者は、長年構造的な問題に直面してきた。従来、研究インフラを利用するには、日本の伝統的な研究室システム「講座制」に所属することが前提となっていたからだ。そこでは、装置の所有から研究の方向性、技術サポートに至るまで階層的な組織構造が存在しており、独自のアイディアを掲げ、自律した研究スタイルの確立を目指す研究者にとって大きな障壁となった。とくに言語の壁がある場合、装置の操作やメンテナンスに関する細かな調整は非常に困難なものとなる。
こうした課題に対し、組織的な対応策の一つとして2012年に誕生したのが、東北大学材料科学高等研究所(AIMR)の共通機器室である。共通機器室は単に装置を共用する場にとどまらず、外国人研究者が自律性を維持しながら日本の学術界に適応していくための新たな道筋となっている。タイ出身の若手研究者、Siraprapha Deebansok助教の事例は、従来困難であったはずの独立した研究を、このインフラがいかにして可能にしたかを表す好例である。
プロフェッショナルなサポートと充実した共用環境
共通機器室には、高解像度な表面観察を可能にする電界放出形走査電子顕微鏡、分子の特性を評価する顕微レーザーラマン分光装置、そして構造解析のためのX線回折装置をはじめとする6種類の研究装置が設置されている。さらに、Deebansok助教の「オペランド測定」構想——電気化学的な動作条件下でのリアルタイム表面評価——に欠かせない原子間力顕微鏡(AFM)も完備している。
共通機器室では、研究経験を有する専門のテクニカルコーディネーター3名による包括的な技術支援体制が整えられており、その存在が共通機器室を他大学の類似施設と一線を画すものにしている。彼らは装置の操作トレーニングから実験での課題解決、さらには研究計画の検討まで、幅広いサポートを提供している。特筆すべきは、すべての支援が英語でも提供される点だ。これにより、外国人研究者がこれまで直面してきた言語の壁が取り払われ、円滑な装置利用が可能となっている。また10年前には、日本語に不慣れな利用者のために独自のピクトグラムを設置するなど、ハード面の充実にとどまらず、ソフト面の障壁を取り除くための配慮もなされている。
「共通機器室の運営モデルは、個々の研究室が研究装置を所有し、互いに貸し借りを行う従来型のモデルとは根本的に異なります」と熊代良太郎マネージャーは説明する。「AIMRにない実験設備が必要な場合は、我々コーディネーターが東北大学内の各研究機関が保有する共用装置を利用できるよう調整しています。」
新たな選択肢の創出
2012年にAIMRの所長に就任した際、小谷元子教授は、国際的な研究連携を推進するためには、単に外国人研究者を招聘するだけでは不十分であり、異なる研究文化や運営への期待に柔軟に応えられるインフラの構築が求められていると考えた。この認識から生まれたのが共通機器室である。
日本の研究機関では従来、各研究室が個別に装置を所有し、研究室間での直接交渉によって貸し借りが行われていた。既存のネットワーク内では機能していたこの仕組みも、国外から来たばかりの研究者にとっては高い障壁となる。技術習得以前に、まずどの研究室がどの装置を持っているかを探し出し、使用条件を交渉し、スケジュールを調整しなければならず、これらは研究をスタートさせる前の大きな足枷となっていた。学内ネットワークに不慣れで、さらに言語の壁にも直面する外国人研究者にとって、こうしたプロセスは研究の進展を著しく停滞させる要因となっていた。
発足当時の共通機器室は、技術スタッフ1名が装置利用の調整や事務的な課題に対応する、小規模な体制でスタートした。その後、研究室から装置を寄贈されたり、研究所として新規に購入したりすることで着実に設備を拡充していき、その中で利用者の声に応えながら、単なる装置の提供にとどまらない包括的な支援体制へと進化していった。工具の在庫管理から、各種サイズのネジ類の常備、さらには研究者の事務負担を軽減するシステムの構築まで、その支援は細部にわたっている。
2015年には、運営コストの確保と利用しやすさの両立を図るため、利用料制度を導入した。これは、共通機器室が一時的な試行段階を脱し、持続可能なインフラへと成熟した証であった。現在、スタッフは3名に増員され、その役割も調整業務から、能動的な装置管理および研究支援へとさらなる進化を続けている。
具現化される研究の自律性
共通機器室の重要な使命の一つとして外国人研究者の支援が挙げられるが、これを具体的に表しているのがSiraprapha Deebansok助教の研究プロセスである。Deebansok助教は、非常に競争率の高い選考を経て材料科学コアリサーチクラスター(以下、CRC-MS、クラスター長:折茂慎一教授)の助教に採用された。着任した際、高度な装置を必要とする野心的な研究構想を抱いていたが、そのような装置を所有する従来型の研究室に所属するのではなく、独立した研究環境の下で研究をスタートした。
CRC-MSは、日本の伝統的な講座制の枠組みを超えた新たなモデルである。この部局横断的な組織は、厳しい競争審査で※世界中から若手研究者を選抜し、キャリア形成を含む包括的な支援を提供しながら、彼らの独立した研究を後押ししている。CRC-MSの研究者として採用され、その後2025年にAIMRのジュニアPIに任命されたMehrdad Elyasi准教授の例が示すように、この仕組みは若手研究者に対して、研究室に所属する選択肢以外にも、自律的に研究を進めながらキャリアを築いていくことができるルートを提示していると言える。
「プロジェクトの第一段階は、電気化学的な表面反応を可視化できる『オペランド電気化学AFM』の概念を実証することです」と、共同研究者とともに、共通機器室のAFMに装着可能な専用の「ポータブル電気化学セル」を独自に設計、製作したDeebansok助教は説明する。このカスタム装置は、標準的な商用システムでは実現困難な、液体環境下での表面マッピングと機械的特性の同時測定を可能にし、かつユーザーがさまざまな動作条件を設定しても、それに応える柔軟性が極めて高い。
テクニカルコーディネーターは、高度な研究プロジェクトを円滑に進行させるために不可欠の存在だ
「キャリアの現段階でAFMのような高額な装置を個人で購入することは不可能です。共通機器室があったからこそ、このプロジェクトは実現しました」とDeebansok助教は振り返る。当初は経験がほとんどなかったものの、今や共通機器室で最も頻繁にAFMを利用するユーザーとなり、装置を基盤としたカスタム計測の設計まで手掛けるようになった。Deebansok助教が開発したポータブルセルは他機関のAFMでもテストされ、異なる装置間での再現性が確認されており、現在その成果を論文としてまとめているところである。
またDeebansok助教の研究は、AIMRの枠を超えた東北大学全体の研究設備の「共用エコシステム」をいかに活用できるかを示す好例でもある。AFM測定はAIMRの共通機器室で行う一方、X線光電子分光(XPS)については、大学全体で装置の共同利用をコーディネートする東北大学コアファシリティ統括センターを介して、別の施設を利用した。こうした部局を越えた連携こそが、研究に不可欠な多角的な特性評価を可能にしたのだ。
これらすべての過程において、テクニカルコーディネーターによる英語でのサポートは不可欠であった。装置の操作トレーニングからトラブルへの対応、技術的な相談やアドバイスに至るまで、言語の壁に阻まれることなく進められたことで、複雑なカスタム装置の開発が可能になったのである。
※CRC-MS所属の外国人研究者は、過去2回実施された公募を通して、計129名の応募者の中から5名(Mehrdad Elyasi准教授がAIMRのジュニアPIになったため、現在は4名)が選抜され、採用された。
モデルの維持と拡大
Deebansok助教の例から明らかなように、共通機器室は外国人研究者の研究活動において中核ともいえる役割を果たしている。しかし、この水準の支援体制を維持していくためには、絶え間ない課題への対応が求められる。
「設立から10年以上が経過し、装置のトラブル頻度が増加しているため、その対応に相当な労力を割いています」と、熊代マネージャーは指摘する。高い稼働率を維持しながら、測定の信頼性と装置の寿命を両立させるためには、老朽化への対策が不可欠だ。予約システムにおいては、ヘビーユーザーの利便性を確保しつつ、単発的な利用ニーズも切り捨てない柔軟さが求められる。また、ほぼフル稼働状態にある装置ほど頻繁なメンテナンスを要するという現実に直面しながら、一方で研究活動への支障を最小限に抑える必要もある。
外国人研究者層が拡大を続けていることで、共通機器室にはきめ細やかなサポートが継続的に求められている。テクニカルコーディネーターが研究者としてのバックグラウンドを持っていることで、単に装置の操作指導にとどまらず、実験計画の立案段階から専門的な視点で議論や相談に応じている。装置トレーニングから研究テーマの深掘りに至るまでの多角的な支援は、研究の質を担保するだけでなく、指導教員の負担軽減にも大きく寄与している。「研究者がやりたいことを実現する、そのサポートを続けたい」とは熊代マネージャーの言葉だが、これが設立から13年にわたる施設の進化を支えてきた理念である。
共通機器室の存在意義は、AIMRの枠を超え、日本の研究インフラ全体の変革へと波及している。東北大学が日本初の国際卓越研究大学の候補に選定された際、多額の助成と共に課された使命の一つは、伝統的な「講座制」から「PI(研究責任者)制」を中心とした組織構造の転換であった。
この構造変化において、装置の共用施設は不可欠な存在となる。研究室内で装置を所有する伝統的な講座制に対し、PI制では研究者が組織の壁を越えて必要なリソースにアクセスできる環境が必要となるからだ。
こうしたいくつもの状況が重なることで、現在、日本の研究環境は構造的に大きく変化を遂げている。装置の一元管理と専門スタッフによるサポートを柱とする東北大学コアファシリティ統括センターの運営原則も、同様の流れだ。CRC-MSによる競争的な若手採用や、国際卓越研究大学の枠組みによる外国人研究者の招聘と相まって、これらの動きは構造的な変化をもたらした。かつて外国人研究者は、伝統的な研究室に所属する以外の選択肢がほとんどなかったのに対し、現在ではそれに代わる新たなキャリアパスが示されている。
CRC-MSに選抜され、助教として着任したところから、高インパクト論文投稿の準備に至るまでのDeebansok助教の歩みは、この新たな道筋の有効性を物語っている。一見すると単なる「装置の共用」に過ぎない取り組みが、他の制度的変化と相まって、学術界の伝統を変革する触媒となった。外国人研究者は、自らの研究の自律性を保ちながら、日本の学術界に貢献することが可能となったのである。
(原著者:Patrick Han)


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