新センター
新しい材料と技術の種をまく
2017年08月29日
東北大学片平キャンパスに新設されたMathAM-OILは、AIMRとAISTの連携を通じて、先端技術を支える「優れた材料」開発のシーズを提供する
2種類以上の金属を混ぜて作られる合金は、単体の金属よりも優れた特性を持つことが多い。同様に、二つの研究センターが共同で新設した産総研・東北大数理先端材料モデリングオープンイノベーションラボラトリ(MathAM-OIL)は、両センターの強みを兼ね備えており、個別の取り組みを超える大きな成果を生むと期待されている。
MathAM-OILは、東北大学材料科学高等研究所(AIMR)と国立研究開発法人産業技術総合研究所(AIST)を大胆に連携させた共同研究拠点であり、日本政府が設立を進める約10のオープンイノベーションラボラトリ(OIL)のうちの3番目の拠点として創設された。OILは、科学的知見と工学的知見の融合を目指して日本政府が設立したAISTとの連携を通して、学術界と産業界の橋渡しをする役割を担っている。
新センターは2016年6月に創設されたばかりだが、2017年4月には、早くもチーフリサーチャーの平田秋彦准教授がNatureで研究成果を発表している。この研究は、高価な合金化元素であるコバルトとチタンを軽量で安価なアルミニウムに置き換えた超高強度延性鋼の作製に関するもので、特に自動車産業やエネルギー産業に重要な影響を及ぼす可能性がある。
中西毅MathAM-OILラボ長は、「私たちの使命は、産業界での材料開発を加速させる新技術のシーズを作ることにあります」と言う。「数学者と理論物理学者からなるMathAM-OILは、新材料を物理的に作製するのではなく、材料構造に関する新しいコンセプト、機能、解析方法を生み出します」。
AIMRとAISTは、それぞれ独自のスタンスで材料研究に取り組んでいる。AIMRが数学を活用した材料科学研究を得意としているのに対し、AISTはコンピューターベースの設計を利用して興味深い新機能を持つ材料の創成を目指している。両機関の研究者が協力してそれぞれの視点をMathAM-OILにもたらすことで、数学者が産業に役立つ新しい研究分野を創出したり、次世代先端材料の開発加速を支援したりすることが可能になる。特に、新しい材料機能の実現に必要な構造を理論的に予測し、こうした構造を基に新規材料を設計することが期待されている。
純粋数学と応用数学を利用した材料研究
MathAM-OILには現在12名のポスドク研究員が在籍していて、さまざまな分野の研究を行っている。純粋数学者である林晋ポスドク研究員は、連続変形しても保たれる空間特性を研究するトポロジーという分野に関心を持ち、2016年に3人の物理学者にノーベル賞をもたらした「トポロジカル材料」に注目している。その一種であるトポロジカル絶縁体は、表面は電気を通すのに内部は絶縁体という物質であり、材料科学者によってさかんに研究されている。こうした材料は、次世代電子デバイスや将来の量子コンピューターに利用できる可能性がある。
林研究員は、MathAM-OILの良いところは、多様な専門分野を持つ研究者が集まっている点だと考えている。「数学以外の分野の研究者が大勢いるので、彼らとの交流を通して、数学的観点からだけでなく、より広い科学的観点から、数学の重要な問題を理解することができるのです」。
林研究員の研究は、化学、材料科学、ナノテクノロジーと重なりを持つ物性物理学という分野に関係している。新しいタイプの材料を予測することを大きな目標に掲げる林研究員は、理論研究者だけでなく実験研究者とも協力関係を築きたいと望んでいる。
「確率論的フェーズフィールド」モデルに基づくシミュレーションを利用して構造変化を研究している応用数学者のYueyuan Gaoポスドク研究員も、MathAM-OILの多様性から良い刺激を受けているという。「MathAM-OILには、純粋数学者、応用数学者、理論物理学者、実験科学者がいます。私たちは、セミナーやディスカッションを通してさまざまな視点を共有することで、新しい考え方に触れ、新しいアイデアを生み出しています」。
コンピューターを利用した材料科学
MathAM-OILの研究では、コンピューターが重要な役割を果たしている。中西ラボ長は、「先端技術の研究にとって、コンピューターシミュレーションは非常に重要です」と言う。「私たちは、新しいシミュレーション方法や、測定データや計算データをコンピューターで自動的に解析する方法も提案していきます」。
材料は非常に複雑な系なので、材料分野の実験では膨大な量のデータが生成されることがある。徳田悟ポスドク研究員は、情報科学を専門にしている。情報科学は応用数学の一分野であり、実験科学者が収集したデータの理解に役立つ可能性がある。徳田研究員は、機械学習技術を用いて角度分解光電子分光データを解析するプロジェクトなどに携わっている。角度分解光電子分光法は、材料科学者が固体材料の電子エネルギーバンドの測定に用いる手法であり、電流の流れにくさなどの特性を解明できる。
徳田研究員も、MathAM-OILの研究員の幅広いバックグラウンドを高く評価している。「数学は機械学習のメカニズムの理解に役立ちますし、物理学はしばしば情報科学の前進につながるアナロジーや動機付けを与えてくれます。数学者や物理学者と共通の問題を議論できるMathAM-OILのような環境は、本当に貴重です」。
同じくコンピューターを使って材料研究を行っているUyen Tu Lieuポスドク研究員は、コンピューターシミュレーションにより、パーソナルケア製品やクリーニング製品に有用なソフトマテリアルの形成を調べている。現在取り組んでいるのは、異方性コロイド粒子の自己集合体と自己集合挙動に関する研究だ。彼女は液体、ソフト固体、または微視的に分散した不溶粒子の懸濁混合物である特別な固体における物質の流れにも興味を持っている。
Lieu研究員は、仲間たちと同様、MathAM-OILでの研究生活を楽しんでいる。「MathAM-OILは素晴らしい研究所です。ここの研究環境は知的な刺激を与えてくれます。数学、物理学、工学など、異なるバックグラウンドや専門性を持つ研究者たちは、同じ問題に対して、異なる解釈、見方、考え方をするからです」。
産業界にインパクトを与える
MathAM-OILの重要な目標は、学術界と産業界の橋渡しをすることである。中西ラボ長は、企業との結びつきが強いAISTを通して、それを可能にしたいと考えている。「大学とAISTは全く異なる文化を持っています。MathAM-OILのような共同研究機関なら、両者の懸け橋として重要な役割を果たすことができます」。
MathAM-OILが提案するプロジェクトの多くは、産業に有用な材料に関連している。その一つは、高強度で展性に優れた金属ガラスのプロジェクトだ。金属ガラスは数十年前から奇跡の材料として期待されていて、現在はゴルフクラブのヘッドに用いられているが、さらなる研究が必要である。他にも、電池用材料のイオン輸送を研究するプロジェクトや、シグナルや刺激に応答して色、剛性、透明度、形状を変える機能性材料やスマート材料の研究プロジェクトなどが提案されている。
創設からまだ1年あまりのMathAM-OILは、AIMRの学術研究とAISTの産業寄りの研究の相乗効果を生み出す有望な融合体となる兆しを見せている。