数学者インタビュー
数学者と材料科学者の出会いという「実験」

2017年02月27日

AIMRの西浦廉政教授が、数学者と材料科学者の5年間の連携を数学者の視点から語る。

応用数学者の西浦廉政教授は、AIMRが材料科学者と数学者の連携を推進していることは非常に面白い試みであり、この双方向プロセスは両分野の進歩につながると考えている。
応用数学者の西浦廉政教授は、AIMRが材料科学者と数学者の連携を推進していることは非常に面白い試みであり、この双方向プロセスは両分野の進歩につながると考えている。

数学者と材料科学者を一つ屋根の下に置くとどうなるか? 東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)が、数学を利用して材料科学の知見を得るという大胆な試みを始めてから5年になる。このたびAIMResearchは、AIMRの数学連携グループのユニットリーダーである応用数学者の西浦廉政教授に、AIMRの斬新な発想がもたらした興味あるいくつかの成果について話を聞いた。

AIMResearch: 数学が材料科学にもたらすユニークな視点とは、どのようなものですか?

西浦教授: 数学という言語は、材料科学の理解に新しい概念や視点をもたらすのです。それなしには材料特性を明確に説明できないこともあります。

数学は、古くなり硬直化してしまった概念の枠を乗り越える際に非常に強力な手段となります。典型的な例が、予測不可能性に関わるカオス理論という研究分野です。カオス系は予想外の振る舞いをしますが、それは初期条件への鋭敏性に基づいています。半世紀前には、研究者たちはカオスの概念なんて知りませんでしたから、ノイズが多すぎるとか、当時の数学的に定義できる構造が全く含まれていないといった理由で、データを捨てていたのです。しかし今では、ノイズだらけに見えるデータが、抽出可能な情報を含んだ内部構造を持つ場合があることが分かっています。ただし、それに気付くためにはカオスのような数学的概念が必要で、これがないと、ただの暗中模索になってしまいます。

AIMResearch: 材料科学と数学の融合から、どのような興味深い成果が得られましたか?

西浦教授: トポロジーという数学分野の概念を、材料科学に応用しました。完全に規則正しく配列した結晶と液体のようなランダム構造の間にはアモルファスという構造があるのですが、トポロジーはアモルファスを理解する新しい枠組みを提供するのです。具体的に言いますと、大きなデータセットに隠れた形状を見いだすパーシステントホモロジーという解析手法を利用して、それまで特徴付けができなかった構造を初めて解析し、アモルファスという言葉の定義を明確にしました。

トポロジー関連では、スピントロニクスという新しい材料科学分野があります。従来のエレクトロニクスが電子を使ってエネルギーを運んだり情報を伝えたりするのに対して、スピントロニクスでは電子のスピンを利用します。スピントロニクスのいくつかの側面は、非常に先進的な幾何学の研究に用いられるK理論という数学的枠組みによって説明できます。例として、スピントロニクス分野で有望視されているトポロジカル絶縁体という物質を取り上げましょう。トポロジカル絶縁体は、内部は絶縁体で表面は導電体なのですが、K理論を用いると、この現象がロバストである理由を明確にすることができるのです。

私が深く関わっているもう一つの領域は、自己組織化プロセスです。ナノ材料は、一般的には、ナノリソグラフィーなどの技術を利用して固体の塊を少しずつ削り取っていくトップダウン方式で作製されます。もう一つは、ゼロから何かを作り上げていくボトムアップ方式です。その一種である自己組織化は、基本構成要素が自発的に集まって、より大きな構成要素を形成する現象を利用しています。つまり、自然に仕事をさせるわけです。材料科学においては、自己組織化は肥沃な未開拓の原野といえます。私は、反発し合うポリマーを集めて非常に小さな球に閉じ込める研究に携わっています。ポリマーは、自由エネルギーを減らそうとする過程で、興味深いパターンを作り出します。私たちは、出現するパターンのサイズと形態の制御に利用できる定性的な数学モデルを開発しましたが、医学をはじめとする幅広い応用が考えられます。例えば、構造化した粒子を使えば、抗体と抗原の反応を利用した免疫検査が可能になるかもしれません。

最後に、私たちは、離散微分幾何学という数学領域を炭素構造体の設計の探索に応用しました。離散微分幾何構造は、原子、分子のネットワーク構造を研究するのに適しています。私たちはこの概念を利用して、数多くの炭素原子からなる興味深い構造の発見や材料科学者へ多くの示唆を与えることができました。

自己組織化プロセスの数学を研究する西浦廉政教授は、この研究をボトムアップ型アプローチによる新材料合成に応用する方法を模索している。
自己組織化プロセスの数学を研究する西浦廉政教授は、この研究をボトムアップ型アプローチによる新材料合成に応用する方法を模索している。

AIMResearch: 数学者も材料科学者から学ぶことがありますか?

西浦教授: もちろんあります。連携は一方通行ではなく、双方向的です。私たち数学者はしばしば、聞いたこともないような興味深いフィードバックを実験科学者からもらいます。こうした新しいフィードバックが、新しい数学の創造や、少なくとも新しい問題の発見につながるのです。

AIMRでは、そうした双方向フィードバックのスピードが非常に速いのです。例えば、私たちは材料構造の時間的発展を記述したいのですが、それにはパーシステントホモロジーの概念を時間的・空間的に一般化する必要があります。私たちは一つ屋根の下で共同研究をしています。材料科学者と数学者がこのような体制で共同研究をしている研究機関は、私が知る限り、世界中でAIMRだけです。

AIMResearch材料科学者と数学者が連携するにあたり、どのような問題が生じますか?

西浦教授: 材料科学者と数学者の価値観の違いを乗り越えるのは容易ではありません。ある問題のどこが重要で興味深いかを質問すると、数学者と材料科学者では違った答えが返ってきます。研究スタイルも全然違います。実験系研究室は、高価な設備や大勢の技術者を使うので、広い空間と多額の資金を必要とします。これに対して、私たち数学者は対面での議論が実験に相当し、また一人の時間も貴重です。AIMRでは、研究者同士が交流し、議論し、そして共同研究するための良い環境と時間が与えられています。

AIMResearch連携を促進するために、AIMRはどのような方針を定めていますか?

西浦教授: 5年前に非平衡構造、トポロジカル構造、階層構造という三つのターゲットプロジェクトを定めて以来、材料科学者と数学者の混成チームが協力して研究活動を行っています。

インターフェースユニットも設置しました。このグループの研究者は、自由電子のような役割を果たすことが期待されていて、参加したいプロジェクトを自由に選ぶことができます。若い人の方が柔軟で好奇心旺盛なので、このユニットは意欲的な若手研究者で構成されています。

インターフェースユニットのもう一つの特徴は多様性です。このユニットには、物理化学や理論化学のほかに、応用数学、物理学、統計学、情報科学、コンピューター科学、モデリングなど、さまざまな分野の研究者がいます。材料科学では、どのようなツールや方法論が重視されることになるのか事前にわからないため、さまざまな分野の研究者が存在することは重要です。多様性が触媒となって、思いがけない発見が生まれるのです。現在は、インターフェースユニットは数学連携グループの一部として発展解消し、その機能を維持しています。

AIMResearch今後数年間で、AIMRはどの領域の開拓を進めていくと考えていますか?

西浦教授: 今日の実験から生成される膨大なデータは、大きなデータセットから有用な知識を抽出するタイプの科学全般を要請しています。これに関連して、統計学、コンピューター科学、情報技術を用いたデータ解析が行われています。材料科学の分野では、このアプローチはマテリアルズ・インフォマティクス(材料インフォマティクス)と呼ばれています。数学は、こうした情報処理システムの働きを説明するのに役立つ可能性があります。

AIMResearch: AIMRモデルは、材料科学以外の分野にも適用できるでしょうか?

西浦教授: 適用できます。それこそが、AIMRから科学界への最も重要なメッセージです。AIMRは、わずか5年で大きな成功を収めました。この成功は、数学の本質に由来するものです。数学的手法は、モノとモノとの関係のみを扱い、材料特性とは無関係なので、材料科学以外の分野に適用できる可能性が非常に高いのです。AIMRは、材料科学に数学を取り入れたら何が起こるか試すための一種の実験です。私たちは、興味深い協力関係を築き、多様な成果をあげることができました。他の分野でも数学を取り入れてみると、きっと面白いと思います。