国際シンポジウム
数学と材料科学のハーモニーを生み出すために

2016年04月25日

AMIS2016では、基礎から応用にわたる、数学と材料科学の様々な融合研究が紹介された

「The AIMR International Symposium (AMIS) 2016」は、数学と材料科学の連携から生まれる材料が社会に普及していく時代の到来を予感させた。
「The AIMR International Symposium (AMIS) 2016」は、数学と材料科学の連携から生まれる材料が社会に普及していく時代の到来を予感させた。

2012年に小谷元子教授が機構長に就任して以来、AIMRは数学と材料科学の連携を推進してきた。毎年2月に仙台で開催される「The AIMR International Symposium (AMIS)」には、異分野間の融合研究など、最新の研究成果に関する議論を交わすために、世界各国から研究者が集結する。今年のテーマは「数学と材料科学の調和的コラボレーション」であった。

小谷機構長は「私たちが連携に着手した当時、数学と材料科学の間には非常に大きな隔たりがありました」と振り返る。「材料科学者たちは、数学モデリング、情報技術、データ駆動科学の利用をこれまで以上に重視するようになっています。そのため、材料科学者、特に実験研究を行う材料科学者が数学者と直接交流することが重要と考えられるようになりました。私たちは、ほかの研究機関よりも早い時期に、このプロセスに着手したのです」。

今年のAMISは2月22日から24日にかけて開催され「肉眼では見えないほどの小さな工場」を動作させる微小分子マシンに関する研究、病院や競技場のガラスに用いる自浄・抗菌材料に関する研究、レアメタルや希土類元素への依存を減らす新しい構造材料の迅速な開発法に関する研究など、幅広い分野に関する発表が行われた。

先駆者としての歴史を受け継ぐ

今年のAMISには、14の国から、22名の招待講演者と104名のポスター発表者を含め、230名を超える研究者が参加した。最初に東北大学の里見進総長が開会の挨拶に立ち、参加者に対して心から歓迎の意を表した。里見総長は、材料科学の先駆者としての東北大学の伝統を守りながら、幅広い国際ネットワークを構築した小谷機構長とAIMRのスタッフに感謝するとともに、システム改革を進め、国際舞台における東北大学の存在感を大きくしたAIMRが、東北大学全体のビジョンの達成に向けて大きな役割を果たすことへの期待を述べた。

次に挨拶に立った世界トップレベル研究拠点プログラム(以下、WPIプログラム)の黒木登志夫プログラムディレクターは、2007年に始まったWPIの継続計画を明らかにした。2014年、WPIプログラム委員会は「2007年度に採択されたAIMRを含む五つのWPI拠点のすべてが世界トップレベル研究拠点としてのミッションを達成し、その名にふさわしい地位を確立した」と評価したが、この成功を受け、WPIプログラム委員会は新たな拠点公募を行うことを検討している。また、WPIプログラムは、10年の支援期間を終了した拠点のシステム改革と国際化活動を維持するための支援スキームも整備する予定である。WPIブランドの特徴となっている質の高い研究と学際的融合研究は、各WPI拠点とそのホスト機関によって継続される。AIMRの場合は、東北大学に新たに設立された「高等研究機構」に所属する研究所として活動を続けていくこととなる。

最後に小谷AIMR機構長が登壇し「今後もAIMRが『材料科学の分野で世界をリードする国際的頭脳循環のハブ』として発展していくために全力を尽くしたい」と語った。AIMRは2012年に、数学と材料科学の連携を強化するために三つのターゲットプロジェクトを定めた。翌2013年には、こうした連携から得られた知見を世界のエネルギー問題の解決に役立つ材料、デバイス、システムの実現につなげるために「ナノエネルギーデバイスのためのコアテクノロジー」という第四のターゲットプロジェクトを開始した。今回のシンポジウムは、AIMRの第四のターゲットプロジェクトとその実用化に重点を置いている。AIMRはこの領域では、新しいエネルギー生成・貯蔵材料、リチウムイオン電池、量子ドット太陽電池、熱電変換素子、ナノ電子スイッチングデバイス、発光ダイオードの研究で、大きな成果をあげている。

単純化の科学

理論研究者のAlexander Mikhailov教授は、単純で効率のよい数学モデルを用いて複雑な細胞現象を記述する。
理論研究者のAlexander Mikhailov教授は、単純で効率のよい数学モデルを用いて複雑な細胞現象を記述する。

開会の挨拶に続いて、オープニングセッションが始まった。マックス・プランク協会フリッツ・ハーバー研究所の理論研究者Alexander Mikhailov教授は「生細胞中で起こるような複雑な現象を、数学モデルを使って記述・制御・模倣する研究」について発表した。1個の細胞の中の数立方マイクロメートルの空間には、モーター、イオンポンプ、酵素といった「ナノマシンの工場」が詰め込まれている。これらの微小な生体分子は、極めて擾乱の大きい環境の中で、1000分の1秒の時間スケールで動作している。

タンパク質の化学構造はだいたい知られているが、その動きを追跡するのは難しい。よく用いられているのは、タンパク質中の個々の原子について詳細な分子動力学シミュレーションを行う方法だが、これには大きな問題がある。「最高のスーパーコンピューターを使っても、1個のタンパク質のダイナミクスを100万分の1秒しか追跡できないのです。1回の動作サイクルの1万分の1の時間です」とMikhailov教授。これに対し、Mikhailov教授の研究チームは、パソコンで実行できる単純で効率のよい弾性ネットワークモデルを用いているという。このモデルにおいて、タンパク質は「アミノ酸のビーズをバネでつないだもの」として粗く表現されている。

2010年、Mikhailov教授のチームは、このモデルを用いてC型肝炎ウイルスのヘリカーゼというモータータンパク質がDNAの二重らせんをほどく過程を追跡した。これは、モータータンパク質の初の構造分解シミュレーションである。研究チームは、筋収縮時にアクチンフィラメントとミオシンフィラメントが使う機構に似たラチェット機構を使って前進する分子マシンも設計している。

化学者の藤嶋昭教授は、二酸化チタンの水分解性と超親水性という魅力的な特性を発見した。
化学者の藤嶋昭教授は、二酸化チタンの水分解性と超親水性という魅力的な特性を発見した。

東京理科大学の学長で化学者の藤嶋昭教授は「生物に見られる過程を再現する材料」について発表した。藤嶋教授は、1967年に二酸化チタンが光合成植物のように光を使って水を分解する能力を持つことを発見し、1972年にNatureに報告した。その後、二酸化チタンに紫外光を照射すると水や油に非常になじみやすくなることを見いだした。藤嶋教授は半世紀にわたり、この多機能な材料の光分解特性、光触媒特性、超親水性を評価し、低コストでの応用に発展させてきた。

「二酸化チタンは最高の材料です。非常に安くて安全で、透明膜として表面コーティングにも使えます」と藤嶋教授。二酸化チタンは、新幹線の車内のタバコ臭の消臭、鉄道の駅やサッカー競技場のステンレス外装の維持、バックミラーやサイドミラーの曇り止め、病院のタイルの細菌やウイルスの除去に用いられてきた。藤嶋教授は現在、浄水、太陽光透過、防蚊剤といった新しい用途を開拓しようとしている。昨今、二酸化チタンに対する科学者の関心は高まるばかりで、調査研究プラットフォーム「Web of Science」によると、これまでに1万1千報近くの論文が藤嶋教授のオリジナルのNature論文を引用しており、光触媒反応に関する発表件数は年々増加しているという。

次世代の材料

内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム「革新的構造材料」を率いる岸輝雄プログラムディレクター。強く、軽く、熱に耐える構造材料の開発を目指す「革新的構造材料」には、27企業と35大学が参画し、130名の科学者が参加している。
内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム「革新的構造材料」を率いる岸輝雄プログラムディレクター。強く、軽く、熱に耐える構造材料の開発を目指す「革新的構造材料」には、27企業と35大学が参画し、130名の科学者が参加している。

休憩後、内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム「革新的構造材料」を率いる岸輝雄プログラムディレクターが、構造材料に関するいくつかの大型プロジェクトを紹介した。これらのプロジェクトは、日本政府が航空、自動車、エネルギーの各産業を支援するもので、最近も、「強く、軽く、熱に耐える材料(金属、合金、セラミックス、ポリマー、樹脂)」の開発のために35億円が確保された。こうした材料は、航空や発電に必要なエネルギーや炭素排出量を少なくし、希土類金属をはじめとする希少元素の輸入依存度を下げることができる。「革新的構造材料」に関わる27企業、35大学、130名の科学者は、2014年からの5年間で共同研究開発を進めていく。岸プログラムディレクターは、開発と試験の迅速化をはかるため、計算科学や情報科学を材料科学の既存の理論的および実験的技術と統合して、材料の性能を予測するツールを開発しようと計画している。

続いて、合成をテーマにした発表が行われた。名古屋大学WPIトランスフォーマティブ生命分子研究所(ITbM)の拠点長で合成化学者の伊丹健一郎教授が、自らのチームのカーボン系ナノ材料の研究について発表した。1985年に球形のフラーレンが発見されて以来、1991年の円筒状のカーボンナノチューブ、2004年のグラフェンシートなど、ナノカーボンは基礎研究にとっても応用研究にとってもホットなテーマであり続けている。しかし、こうした分子は基本的に様々なサイズの混合物としてしか得られないため、バルクの特性は、個々の分子の特性を平均化したものになっている。

伊丹教授のチームは有機化学を利用して、平坦な分子鋳型やリング状の分子鋳型から「構造のそろったナノカーボン」を合成した。これにより、全く新しい特性が得られる可能性がある。「科学の美は純粋さです」と伊丹教授は言う。伊丹教授のチームは、最も短いアームチェア型カーボンナノチューブも合成している。また、ポテトチップス「プリングルズ」のような負の曲率を持つ三次元ナノカーボンも偶然合成することができた。その構造のユニークさは理論科学者たちの関心を集めたとのこと。「数学者が夢中になってくれました」と伊丹教授は語ってくれた。

オープニングセッションを締めくくったのは、AIMRの主任研究者で中国科学技術大学の学長でもある化学者の万立駿(Li-Jun Wan)教授であった。万教授のチームは材料の表面に注目していて、有機分子を集合させ、センサーなどの機能性デバイスに応用できるような高秩序パターンを形成する方法を探っている。その一例が、個々の分子が強い共有結合でつながった、グラフェンに似た大型の材料シートの設計だ。「新しい構造や特性を予測するためには、数学者に加わってもらう必要があります」と万教授。「AIMRでは多くの共同研究者を見つけて、アイデアを出し合ったり、研究結果について議論することができるのです」。

このような魅力的なオープニングセッションを皮切りに、以後3日間、世界の先端をゆく科学者たちによって多彩な知見が紹介され、AMIS2016は成功裡に幕を閉じた。未来への科学の可能性を大いに感じさせる日々であった。参加者からは「テーマがシャープに絞られてきた」などの感想も寄せられた。頭脳循環のハブとしてのAIMRの進化を証明するべく、AMISも回を追うごとに進化し続けているのである。