国際ワークショップ
大陸を越えて創造の絆を育む

2015年10月26日

AIMRの研究者が米国とフランスを訪問。旧友たちとの新たなアイデアの交換を通して、創造的な協力関係が醸成された。

2015年5月、AIMRの研究者たちは、米国とフランスで相次いで開催された国際ワークショップに参加し、海外の研究者と、最新の研究に関する情報交換を行った。研究者たちは、スピントロニクスを応用した高速・高信頼性情報記憶用デバイスの提案から、原子の観察、分子ユニットの組み立て、数学と連携した物質理解の新しい概念まで、材料科学および数学-材料科学連携の最新のイノベーションについて、大きな熱気の中で発表を行った。今回の海外訪問では、AIMRとその主要なパートナーである米国のハーバード大学、フランスのナノサイエンス関連研究センターC’Nanoとの関係強化のみならず、日本のWPIコミュニティメンバーとの関係も強化されたといえよう。

ハーバード大学での再会

ハーバード大学(米国)で開催された「量子材料とデバイスの最前線」ワークショップと東北大学・ハーバード大学ワークショップの参加者たち
ハーバード大学(米国)で開催された「量子材料とデバイスの最前線」ワークショップと東北大学・ハーバード大学ワークショップの参加者たち

この5年間、AIMRとハーバード大学は強固な協力関係を維持してきた。その基礎になったのが、共通の研究分野を持つ二人の物理学者の協力、すなわちハーバード大学量子材料総合センターCIQM所長であるRobert Westervelt教授と、AIMR主任研究者である大野英男教授との連携である。この二人の連携を礎に両組織の関係が育まれ、2013年には東北大学が主催するジョイントワークショップにハーバード大学の代表者が出席。そして今回は、日本の研究者がハーバード大学のマサチューセッツキャンパスを訪れ、5月21日・22日と連続して開催された二つのワークショップに出席した。また、この機会に、東北大学とハーバード大学との学術交流協定が更新され、5年間延長されることとなった。

ワークショップの初日は、「量子材料とデバイスの最前線」というテーマのもと、中国、スイス、オランダなど様々な国から参加した研究者が発表を行った。大野教授も、知能システムを1個のチップに集積化した「不揮発性超大規模集積回路(VLSI)」を実現するための各種スピントロニクスナノデバイスの長所短所について報告した。この発表の場で、大野教授は、磁気トンネル接合を利用したデバイス構造と電流誘起磁化反転を利用したデバイス構造のデータ容量、読み出し・書き込み速度、信頼性を比較し、「各デバイスの性能は急速に向上しているので、そう遠くないうちに実用的な不揮発性VLSIが現実のものとなるでしょう」と語った。

口頭発表の後はポスターセッション。若手研究者たちが発表を行った。東北大学からは、理論面から量子材料研究にアプローチしているAIMRの佐藤浩司助教など、4人の若手研究者が参加した。

数学者と共同で行った理論研究について、ハーバード大学やマサチューセッツ工科大学の若手研究者に説明するAIMRの佐藤浩司助教
数学者と共同で行った理論研究について、ハーバード大学やマサチューセッツ工科大学の若手研究者に説明するAIMRの佐藤浩司助教

佐藤助教は「トポロジカル絶縁体のバルク・エッジ対応」についてポスター発表を行った。トポロジカル絶縁体は、空間的形状(トポロジー)に由来する並外れた特性を示す注目の材料で、バルク(内部)は絶縁体だがエッジ(表面)は導体である。こうしたトポロジカル特性は、バルク特性またはエッジ特性からそれぞれ得られるトポロジカル指数によって記述される。これらの二つのトポロジカル指数は一致することが示されていて「バルク・エッジ対応」と呼ばれている。佐藤助教は「K理論という数学的枠組みを通じてトポロジカル絶縁体のバルク・エッジ対応を定式化する方法」を提示した。「AIMRで数学者と共同研究をしていると、面白いアイデアや違った視点にはっとさせられます」という佐藤助教。AIMRという学際的空間の魅力はこのような形で実を結んでいるのだ。

2日目のワークショップでは、東北大学とハーバード大学の研究者のみが広範なテーマについて研究発表を行った。この日は、東北大学とハーバード大学の大学間交流協定更新に関する調印式から始まり、里見進東北大学総長とRichard McCulloughハーバード大学研究担当副学長が更新協定書に調印した。続いて、植木俊哉東北大学理事、小谷元子AIMR機構長、William Wilsonハーバード大学ナノスケールシステムセンター理事、Robert Westervelt CIQM所長が、それぞれの機関の概要や取り組みを紹介した。

その後の研究発表の部では、AIMR主任研究者である磯部寛之教授らが口頭発表を行った。磯部研究室は、最近、有限長単層カーボンナノチューブ分子の中に自由に回転するフラーレン分子を充填した「分子ベアリング」を合成することに成功している。かの有名な物理学者リチャード・ファインマンは1959年に『There’s plenty of room at the bottom(そこ(底)にはたっぷり空きがある)』と題した重要な講演においてナノマシンを予言したが、磯部教授は「自分たちのベアリングは界面摩擦が極めて小さいナノマシンの実現に役立つかもしれない」と述べた。彼はまた、この席上において、分子モーターなどのナノマシンを実現させる最も強力な技術は単一分子の化学合成であることを示唆した。

以上のような中身の濃い学術交流をもって、米国での二つのワークショップは成功裡に終了した。この成功は、AIMRとハーバード大学の協力関係がこれからも続いていくことを大いに期待させるものであった。

日仏の絆

続いてAIMRの研究者らは、5月27~30日にレンヌで開催される「NanoMat 2015」に参加するため、空路、北米大陸からヨーロッパ大陸へと向かった。レンヌはフランス北西部にある都市で、仙台の姉妹都市だ。NanoMat 2015は、フランスの六つのC’Nanoセンターと日本の四つのWPI機関MANA、iCeMS、I2CNER、AIMRによって共同で開催されたものである。AIMRからは5人の研究者が招待講演に招かれ、4人の若手研究者がポスター発表を行った。レンヌ市庁舎でのレセプションでは、小谷機構長が日本人参加者を代表してスピーチを行った。

フランス・レンヌで開催されたワークショップで、磁気トンネル接合というスピンデバイスについて発表するAIMR主任研究者の水上成美教授
フランス・レンヌで開催されたワークショップで、磁気トンネル接合というスピンデバイスについて発表するAIMR主任研究者の水上成美教授

初日のセッションでは、AIMR主任研究者である水上成美教授が、さまざまな材料で磁気トンネル接合を形成した実験の結果について報告を行った。こうしたスピンデバイスは、既に、ハードディスクドライブの読み出し磁気ヘッドや磁気ランダムアクセスメモリーといった多くのスピントロニクス技術の中核となっているが、磁性ナノ粒子の検出や脳磁場の測定など、医療をはじめとする各種技術に応用される大きな可能性も秘めている。以前から研究者たちは、弱い磁場を測定できる高感度磁気トンネル接合を開発しようと努力してきたのだが、この日、水上教授は、共同研究者が最近開発した「磁気トンネル接合デバイス」を紹介した。このデバイスはピコテスラレベルの弱磁場の検出に必要な性能を実現できることが、水上教授の研究室で実証されている。現在、水上教授とその研究グループは、さらに、高密度メモリーや通信に応用できるマンガン系磁気トンネル接合や、スピン情報を極めて長い期間にわたって保持できる有機磁気トンネル接合の開発も進めている。

AIMRジュニア主任研究者である一杉太郎准教授は、遷移金属酸化物の表面と界面をナノスケールで明らかにした研究者である。遷移金属酸化物は興味深い化合物で、多様な電子物性、化学的特性、機械的特性、熱電特性を持つことで知られる。この日のセッションで、一杉准教授は、酸化物薄膜表面上の原子の明瞭な画像とともに、各原子に対応する小領域の電子構造を示した。これらは走査トンネル顕微・分光法で観測されたものである。さらに一杉准教授は、走査トンネル顕微鏡像を基に3次元プリンターで作製した表面原子の3次元模型を披露。聴衆に強い印象を与えた。走査トンネル顕微・分光法で得た知見を利用すれば、リチウムイオン電池の性能を改善する方法の手掛かりが得られる可能性がある。例えば、電極と電解質の界面を原子スケールで調べることで、界面のリチウムイオン伝導性を向上させられるかもしれない。

続くポスターセッションでは、AIMR数学連携グループの義永那津人助教が「結晶中の欠陥形成」というまだ解明が進んでいない動的現象に関する研究成果を発表した。彼はこの動的現象を数学モデルを用いて研究している。

かくして、興味深い新たな知見を発表する貴重な場となった「NanoMat 2015」は、AIMRの存在感を強く印象づけるイベントとなった。この成功を受けて、ワークショップ組織委員会は、来年九州大学で開催されるフランス-日本ワークショップのために再結成することで合意した。

米国、欧州をまたぐ海外での学術活動を終えて、今回日本代表団をまとめた塚田捷AIMR事務部門長(特任教授)はこう語っている。
「米国とフランスでのワークショップは、AIMRの国際連携推進戦略に不可欠な要素です。こうした取り組みを通して、AIMRの評判は着実に高まってきたのです」。

大陸を越え、海を越えて、日々醸成され続ける、AIMRと世界の研究者たちとの「創造の絆」。これからも着実に、科学の未来を切り開いていくに違いない。