機構長インタビュー
世界を掴む

2015年06月29日

昨年度、AIMRはWPIプログラム委員会から「World Premier Status(世界トップレベル研究拠点としての地位)」を確立したという高い評価を受けた。AIMRの国際的な研究ネットワークの強化と今後の戦略について、小谷元子AIMR機構長に話を聞いた。

小谷元子AIMR機構長。
小谷元子AIMR機構長。

AIMResearch:2014年、WPIプログラム委員会はAIMRを含む5つの拠点について包括的なフォローアップを行い、「AIMRが『World Premier Status』を確立した」と評価しました。この評価にはどのような意味があるとお考えですか?

小谷:AIMRが「目に見える研究拠点」へと成長し、トップレベルの材料科学研究の国際的なハブとして世界に認められるようになったのは、本当にうれしいことです。今回の高い評価は、WPIのミッションを達成するためにAIMRがとってきたアプローチの有効性が認められたことを意味するもので、AIMRにとっては大きな節目となる出来事です。

WPIプログラムの主要な目的はトップレベルの科学を生み出すことにあり、AIMRは常にこのことを最優先してきました。AIMRの研究者たちは、ScienceNatureNature姉妹誌をはじめとする権威ある科学誌に被引用数の多い論文を多数発表し、国際的に名誉ある賞を受賞しています。例えば、トムソン・ロイター社が昨年発表した被引用数の多い研究者のリスト「Highly Cited Researchers 2014」には、AIMRの研究者が3名ランクインしました。2014年12月にはMingwei Chen(陳明偉)教授が材料科学分野における多大な貢献によりMaterials Todayカンファレンス賞を受賞し、今年2月には折茂慎一教授が水素・エネルギー科学賞を受賞しています。

AIMRのハイレベルな国際化についても、WPIプログラム委員会から高く評価されました。AIMRは世界中から優秀な研究者を迎え入れることに注力しており、今ではAIMR の研究者の約半数が海外から来ています。また、中国、英国、米国のAIMRジョイントセンターと15の海外連携機関のネットワークを通じて、国際的な共同研究プロジェクトを促進しています。

WPIプログラムは、学際的な研究により伝統的な研究分野の「壁」を打ち破る方法を積極的に模索しています。数学の視点から材料科学研究を推進することに重点を置くAIMRは、3つのターゲットプロジェクトを通じて、数学と材料科学との連携を強化してきました。材料科学研究にとって、数学は非常に強力なツールです。この連携によってAIMRが他に例を見ない説得力あるアイデンティティを短期間で確立したことも、WPIプログラム委員会から高い評価をうけました。

トップダウン式の意思決定の導入、能力給制度の採用、英語の公用語化などのシステム改革を積極的に推し進めてきたことも、AIMRが「World Premier Status」を確立する鍵となりました。もちろん、AIMRの一連の改革においては、ホスト機関である東北大学から強い支援を受けています。

AIMResearch:海外の研究者や研究機関との連携を促進するために、具体的にはどんな取り組みを行っていますか?

連携とは、単に友好関係を結ぶことではなく、より深いレベルで共同研究をすることだと考えています。AIMRはさまざまなレベルで国際的な連携を進めていますよ。私たちは、研究者が他機関の研究者と議論して、共通の関心領域を見つけることを奨励していますし、AIMRの主任研究者の多くが海外の研究機関にも在籍しています。さらに研究所レベルでも、提携相手を厳選し、一流の研究機関と長期的なパートナー関係を結ぶことにより、研究の目的を確実に達成できるようにしています。2014年4月には、シカゴ大学との間でAIMRジョイントセンターの設置に向けた覚書を締結しました。ケンブリッジ大学、中国科学院化学研究所、カリフォルニア大学サンタバーバラ校に続く第4の海外サテライトとして、今後はさらに学術交流を促進することができるでしょう。

AIMResearch :今年度の重要なイベントにはどのようなものがありますか?

まず、5月に東北大学とハーバード大学との大学間交流協定が更新され、量子材料・デバイスという新しい研究分野のジョイントワークショップを行いました。

さらに、今年は、AIMRの重要な研究領域であるスピントロニクスの分野で大きな進展が見られるはずです。2月に開催した「AIMR International Symposium(AMIS)」では、スピントロニクスデバイスの実現につながる画期的な発見で知られるMichael Berry卿(ブリストル大学教授)をはじめとする著名な物性物理学者による招待講演が行われました。また、9月から12月にかけて行われる「東北大学 知のフォーラム2015」では、AIMRと東北大学の共催の形でスピントロニクスのフォーラムを開催します。フォーラムでは、スピン関連現象に関する最新の知見について、分野を代表する研究者による招待講演と議論が予定されています。

東北大学は「SpinNet」に日本から参加している唯一の大学です。SpinNetは、エネルギー効率の高いスピントロニクス技術の開発と、この分野の学生や研究者の教育を支援するために第一線の研究機関が集結した国際的なネットワークで、2013年に設立され、ドイツ政府から4年間で100万ユーロの資金提供を受けています。今年2月、東北大学はSpinNetのパートナー研究機関であるドイツのヨハネスグーテンベルク大学マインツと、スピントロニクス分野の共同指導博士課程学生プログラム覚書を締結しました。

数学に基づく予見を材料科学研究に役立てるアプローチについて力強く語る小谷機構長。
数学に基づく予見を材料科学研究に役立てるアプローチについて力強く語る小谷機構長。

AIMResearch:今年度はどのような点に力を入れる予定ですか?

これまで以上に、AIMRの独創的なアプローチを実現することに力を入れていきたいと考えています。個人的には、個々の材料についての研究よりも、材料科学に革新的なアプローチを導入することに関心があります。材料系は極めて複雑であるため、これまでの材料科学研究の大半が試行錯誤によって進んできました。こうした系を扱える数学分野が成熟してきた今日では、数学は「材料研究を進めるためのツール」となることができます。このアプローチにより、実験に要する時間を大幅に短縮できる可能性があります。

東北大学は歴史的に材料科学を得意とし、研究者たちは膨大な量の実験データを生成してきました。しかし、それらのデータを分析し、適切に記述することができなければ、有効に利用することはできません。AIMRは材料科学者に、材料の系統的な発見とデザインに必要な記述をするための「ことば」を提供したいと考えています。

数学はある意味、数学者だけが知っている道具をおさめた宝箱のようなものです。私は材料科学者のためにこの宝箱を開けて、彼らが新しい応用を発見する手助けをしたいのです。例えば、パーシステント・ホモロジー群という、数学者にとっても新しい研究分野があります。理論物理学とは異なり、材料科学では理想的な条件や環境を作り出すことができません。現実の系には多くの不純物や欠陥があり、研究者は系のロバスト特性を抽象化しなければなりません。パーシステント・ホモロジーはロバスト・トポロジーに関連した分野なので、材料科学者の強力な道具になるはずです。

今年度は、材料と数学の融合研究が、従来式の個別分野ごとの独立したアプローチよりも有効であることの証明に力を入れていくつもりです。もちろん、これは非常に難しいテーマですが、私は数学者なので、ものごとを証明せずにはいられないのです。