国際シンポジウム
世界をリードするWPI拠点:E-MRSにおいて材料科学の革新を提案

2014年08月25日

ヨーロッパ材料科学会(E-MRS)の春季総会がフランスで開催され、AIMRをはじめとしたWPI拠点の研究者による発表に、世界の材料科学研究者が熱心に耳を傾けた

フランスで開催されたE-MRSの2014年春季総会で、専門のスピントロニクス技術について発表する齊藤英治主任研究者。
フランスで開催されたE-MRSの2014年春季総会で、専門のスピントロニクス技術について発表する齊藤英治主任研究者。

ヨーロッパ材料科学会(E-MRS)は、材料科学研究分野においてヨーロッパで最も影響力のある学会として広く知られている。フランス北部のリールで開催された今年の第32回総会(5月26日―30日)には、1983年の設立以来最大規模の3,100名の参加者が集まり、東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)からの参加者は多岐にわたる材料科学研究の未来についてさまざまな展望を示した。「世界の材料科学コミュニティーにとって、E-MRS総会は非常に重要な学会です」と塚田捷AIMR事務部門長は言う。

今年の総会には、世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)からAIMRとともに、物質・材料研究機構国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(MANA)、京都大学物質− 細胞統合システム拠点(iCeMS)、九州大学カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所(I2CNER)の4拠点が合同で出展した。WPI拠点全体で44名がE-MRSに参加した中で、AIMRからは最多の14名の研究者が参加し、スピン輸送、モータータンパク質を利用した分子輸送、有機超伝導体など最先端の研究について発表を行った。

WPIチームのハイライトとなったのは「Japan in Motion - Recent WPI Advances in Materials」という表題のもとに開催された半日にわたるシンポジウムだった。4拠点の拠点長をはじめとした研究者による一連の講演の中で、小谷元子AIMR機構長は、AIMRが機構を挙げて取り組んだ材料科学と数学の融合研究の成功例など、材料科学コミュニティーが関心を寄せている斬新なアイデアをいくつも紹介した。

「このシンポジウムは大成功を収めました」と話す小谷機構長は、今総会中にAIMRとの共同研究を希望する研究者や、来日してAIMRで研究をしたいと言う研究者からさかんにアプローチを受けたと明かす。シンポジウムは約70名もの参加者を集め、これに関連したWPIのブースには、E-MRSの現会長であるThomas Lippert氏や元会長で今総会の議長の一人であるIan Boyd氏など、約400名の研究者が訪れた。

スピン流を操る

WPI拠点の研究者は「Japan in Motion」シンポジウムに加えて、5日間の会期中に催されたセッションでも研究成果を発表した。その中の1人であるAIMRの齊藤英治主任研究者は、スピントロニクス技術への最新の取り組みを紹介した。

スピントロニクスでは、マイクロエレクトロニクス素子を作製するために、電子が持つスピンと電荷という2つの特性を操作する方法を研究する。この技術は、現在市販されているすべてのディスクドライブに用いられており、電子スピンの制御が向上するにつれ、より高速なデータ輸送や高密度のストレージ性能を可能にする。「スピントロニクス研究の分野においてAIMRは世界有数の研究機関であるので、発表は大きな注目を集めました」と齊藤主任研究者は話す。

齊藤主任研究者の研究は、ドイツの物理学者トーマス・ヨハン・ゼーベックが19世紀初頭に発見した「ゼーベック効果(導電体中の温度差から電流が生成する現象)を基礎にしている。2008年、齊藤主任研究者が率いる研究チームは、磁石中の電子スピンに関して同様の現象を発見し、「スピンゼーベック現象」と命名した。それ以来、金属中や強磁性絶縁体中の温度変化によって生じるスピン流を用いて、「電圧」を発生させたり測定したりすることを可能にしており、この効果を利用したスピントロニクス素子の開発や、既存の熱センサーや廃熱リサイクルシステムの効率アップへの応用が期待されている。齊藤主任研究者の発表は多くの研究者の興味を引き、あるドイツ人研究者は、分子スピンの制御に利用できそうな方法を提案したという。

別のセッションでは、AIMRの水上成美准教授が、テラヘルツ領域で動作するスピントロニクス素子の開発につながりうる新しいマンガン系材料の成長に成功したことを報告した。

タンパク質の運び手

WPIのブースには、AIMRをはじめとする日本の学際的な研究機関との共同研究を希望する各国の研究者が訪れた。
WPIのブースには、AIMRをはじめとする日本の学際的な研究機関との共同研究を希望する各国の研究者が訪れた。

キネシンというモータータンパク質の研究に従事するAIMRのAurelien Sikora助手は、自然界にヒントを得た方法で化学エネルギーを運動エネルギーへ変換する効率を向上させることについて発表を行った。「自然は私たちにたくさんのことを教えてくれます」と話すSikora助手。「モータータンパク質のエネルギー変換効率の高さは群を抜いています。人類によるエネルギーの無駄遣いと環境汚染を減らすためには、こうした高レベルのエネルギー変換効率を実現するしくみを理解しなければなりません」と自身の研究の意義を語る。

積み荷を背負ったキネシン分子は、細胞内に張り巡らされた微小管のレールに沿って歩いて積み荷を運ぶ。従来の研究者たちは、多数のキネシンタンパク質をひっくり返して固定し、「クラウドサーフィン(ロックコンサートなどで、ステージから客席に飛び込んだ歌手などが、密集した観客の手で頭上を泳ぐように運ばれていくこと)」の要領で、上に突き出したキネシンの足に微小管を運ばせることに成功していた。これに対してSikora助手らは、カーボンナノチューブでできた細いレールにキネシンモーターを固定することで、微小管の運動をより精密に制御できることをはじめて実証した。

Sikora助手は、この技術を電場などと組み合わせることで、医療用マイクロマシン上でのナノ粒子の運動を制御しやすくすることができると確信している。E-MRSの多くの参加者がカーボンナノチューブを整列させる手法に強い関心を示し、Sikora助手の知見についてさまざまな技術的な質問をしていた。

長所の多い有機材料

ほかにも多くの画期的な材料が、AIMRの研究者によって紹介された。例えば、Mingwei Chen (陳明偉)主任研究者は、脱合金化プロセスによって、機械的剛性や電気伝導率が高く、表面積が大きく、耐食性に優れたナノポーラス金属を作製できると説明した。また、一杉太郎准教授は、電子輸送特性と磁気特性に優れた遷移金属酸化物という材料の原子レベルの研究から得られた知見について発表した。

Thangavel Kanagasekaran助手は、ポスター発表において、金の電極から正孔だけでなく電子も注入して高輝度発光する有機電界効果トランジスタの実証に成功したことを報告した。この新しいタイプのオプトエレクトロニクス素子は、トランジスタの電気的スイッチング機能に発光特性を組み合わせたもので、将来は視覚提示技術や光通信システムの改良だけでなく、電流励起型有機レーザーの実現にもつながることが期待されている。

今回のE-MRSは、AIMRやWPIを代表して参加した研究者にとって、世界各国からの研究者と、最新の研究成果や有益な情報を共有する上で理想的な機会となった。「AIMRからの参加者は、各国の研究者と積極的に議論を行い、交流を深めていました。」と小谷機構長は語る。「E-MRSは非常に学際的なコミュニティーなので、この学会に参加したことは、同じく学際的研究を推進する私たちにとって大変意義深いことでした。今後も、E-MRSの活動に注目していきたいと思います」。