注目の研究者
鋭い観察眼でスピンを調べる

2013年08月26日

AIMRの高山あかり日本学術振興会(JSPS)特別研究員は、博士課程在学中の電子スピン偏極効果についての研究が高く評価され、第3回(平成24年度)日本学術振興会育志賞を受賞した

天皇陛下からの御下賜金を基に2009年に創設された日本学術振興会育志賞は、若手科学者の支援・奨励を目的とする賞であり、2010年以降、自然科学および社会科学分野の優秀な若手研究者に毎年授与されている。第3回の受賞者であり、現在はJSPS特別研究員として東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)の材料物理グループに所属する高山あかり博士に、今回の受賞と自身の研究内容、AIMRでの研究生活、将来の展望について話を聞いた。

第3回(平成24年度)日本学術振興会育志賞を受賞した高山あかりJSPS特別研究員。
第3回(平成24年度)日本学術振興会育志賞を受賞した高山あかりJSPS特別研究員。

AIMResearch:平成24年度育志賞受賞、おめでとうございます。最初に受賞を知ったときのようすを教えてください。

去年の12月末、博士論文の予備審査会が終わり、修正箇所をスタッフと相談していたとき、指導教員(高橋隆・材料物理グループ主任研究者)から受賞の連絡を受けました。受賞を知った瞬間は、ただただ驚き、最初は信じられませんでした。だんだん実感がわいてくると、とても嬉しく、光栄に思いました。

実はこの日、私の博士論文の予備審査会が終わるまでは、と先延ばしになっていた研究室のクリスマスパーティーをする予定だったので、非公式のお祝いとしてケーキを食べました。私が受賞したことは今年1月の公式発表まで伏せておく必要があり、研究室の中だけの秘密にしなければならなかったのです。両親には報告してしまいましたが。

AIMResearch:育志賞は、一握りの極めて優秀な若手科学者だけに授与される賞です。今回の受賞は、ご自身のキャリアにどのような影響を及ぼしていますか?

私が育志賞を受賞した研究は、博士課程の大学院生として、指導教員の監督下で行ったものでした。これからは、一人の研究者としての評価を確立していかなければならないので、これまで以上に精進を重ね、説得力ある結果を出していきたいと感じています。周囲の環境における一番の変化は、自分の研究が、以前に比べて多くの人に知られるようになったことかもしれません。報道で私の研究内容を知った方々が、私の研究に興味を持ったり私の論文を読んだりした、という話を聞くと非常に嬉しく思います。それ以上にありがたいのは、ほかの研究者、私の専門と近い分野だけではなく、異なる分野の研究者とも交流する機会が増えたことです。彼らから多くを学んでいるだけでなく、異なる角度からものを見たり、違ったアプローチ方法を考えたりするようになりました。

材料物理グループに所属する高山JSPS特別研究員は、博士課程における研究を発展させ、さまざまな材料中のスピン偏極現象について調べている。
材料物理グループに所属する高山JSPS特別研究員は、博士課程における研究を発展させ、さまざまな材料中のスピン偏極現象について調べている。

AIMResearch:博士課程における研究ですばらしい成果をあげられましたが、成功の鍵は何だったと思われますか?

自分では、観察眼の鋭さが役に立ったと思っています。科学研究においては、細部を見る目を持ち、わずかな変化に気がつくことが非常に重要だと思っています。例えば、実験装置を考案したり実験条件を最適化したりする際には、今とそれ以前の装置や条件の違いから、問題点やその原因、最適条件を明らかにし、より良い実験結果を得る方法を考えます。データを解析するときにも、特異な実験結果が本質的な現象なのか、人為的に生じた誤差なのかを区別できることが大切です。

付け加えるならば、私は、かなり完全主義なところがあります。研究で作成する試料は、どれも細心の注意を払って準備していて、最高の品質ではないと判断したら、その試料は使用しません。私は、自分の試料の品質に誇りを持っているので、「試料の品質が悪いのでは?」などとは誰にも言わせない自信があります。

AIMResearch:高山博士の博士論文は材料中のスピン偏極効果に関するもので、スピントロニクス技術にとって極めて重要なものだと言われています。スピントロニクスとは何ですか?ご自身の研究は、この分野にどのような貢献をするのでしょうか?

スピントロニクスは、電子の基本的性質の1つである「スピン」と呼ばれる磁気モーメントの向きを制御・操作する技術です。この技術を利用して電子情報を貯蔵し、新しいタイプのコンピューター用メモリーの基礎にすることなどが期待されています。そのメモリーは、現行のデバイスに比べて非常に小さく、よりエネルギー効率の高いものになるでしょう。けれども、スピンを制御するにはまず、その大きさや向きなどの基本的な性質を知る必要があります。こうした性質を高い精度で測定するための装置と手法を考案するのは非常に困難ですが、私はまさにその研究に取り組んでいるのです。

博士課程在学中の研究において、世界最高の分解能を持つ超高分解能スピン分解光電子分光装置を建設して金属ビスマス超薄膜を調べ、これまで実験的観測が難しかった「ラシュバ効果」が薄膜の表面だけでなく、半導体基板との界面でも起きていることを明らかにしました。ラシュバ効果では、電場で電子スピンの向きをそろえる(偏極させる)ことができるので、次世代スピントロニクスデバイスの動作メカニズムとして大いに注目されています。さらに、私の研究では、そのスピン偏極の大きさが調節可能であることも示しました。

博士の学位取得後にJSPS特別研究員になったことで、自分の博士課程在学中に行った研究をほかの材料系にまで拡張して研究を行う機会を得ることができました。今回の発見の普遍性を検証するため、理論的に同種の現象を示すと考えられている系全体について調べたいと思っています。

AIMResearch: AIMRで研究をしていて最もよかったことは何ですか?また、AIMRで博士課程における研究をしようと考えたのはなぜですか?

AIMRで研究をする理由はたくさんあります。第一に、自分の専門とは違う関連分野の優秀な研究者が大勢いることです。彼らと知り合いになり、共同研究を行うことで、その洞察やアイデアを自分の研究に役立てることができます。例えば、毎週金曜日に開かれるティータイムなどのイベントでは、数学ユニットの研究者と交流することができます。一見違うフィールドのようですが、彼らと議論を重ねることによって、物理現象の数学的理解が深まるだけではなく、今後の自分の研究に有益な影響をもたらしてくれると確信しています。さらに、AIMRに在籍する世界各国の研究者と交流することも、大きな刺激になっています。

また、AIMRの施設と研究支援も充実しています。自分の専門分野の実験で高精度のデータを得るのに必要な装置が研究室内にあるのはもちろんですが、私たちのグループが行っているような先進的で学際的な研究では、自分たちが調べている系を異なる実験的見地から見なければならないことが頻繁にあります。幸いAIMRでは、実験装置にしても共同研究者にしても、必要とするあらゆるリソースが1つの建物内にあり、容易にアクセスすることができます。そのため、質の高い研究を効率よく進めることができるのです。

AIMResearch:この若さで大きな業績をあげられましたが、どのような将来を思い描いていらっしゃいますか?

研究は続けたいですが、有名な教授になりたいとは思っていません。研究で一番楽しいことは、新しい実験装置を設計・製作し、それを使って新しい材料系を調べるところです。新しいデータを初めて観測する瞬間は、本当に胸が躍ります。好きなだけ研究に打ち込み、発見のスリルを経験できるような環境で研究を続けたいと思っています。ほかの実験技術でも腕試しをしてみたいですね。私はこれまで光電子分光法を専門にしてきましたが、試料の品質をより包括的に評価するために、新しい手法も学びたいと考えています。新しい技術を学ぶのは大変ですが、どこにいようと、どんな手法を用いようと、研究者としての人生を常に楽しんでいます。だからこそ、試料を作成したり機械を組み立てたりしているときに、小さな進歩の1つ1つが嬉しく感じられるのです。