注目の研究者
融合研究は無限の可能性に満ちている

2011年08月29日

先日、WPI-AIMRの副機構長に就任した数学ユニットの小谷元子教授は、数学の力によって、機構内のさまざまな研究グループ間の融合研究を促進しようと計画している。

どのような仕事においてもコミュニケーションは重要だ。科学も例外ではない。そして数学には、異なる背景をもつ科学者たちが緊密なコミュニケーションをとることを可能にする力がある。今回、東北大学原子分子材料科学高等研究機構(WPI-AIMR)は世界的数学者を迎え入れたことにより、さらなる発展が約束されたといえるだろう。

 
 

2011年5月1日、東北大学井上明久総長の総長特任補佐をつとめる小谷元子教授は、WPI-AIMRの副機構長に就任した。小谷教授は現在、新たに設けられた数学ユニットのユニット長として、機構で行われる研究の戦略企画に参画している。これには、機構を構成するバルク金属ガラス、材料物理、ソフトマテリアル、デバイス・システムの4つの研究グループ間の融合研究を促進するという重要な任務も含まれている。

世界的に名高い数学者である小谷教授は、「離散幾何解析学による結晶格子の研究」により、2005年に名誉ある猿橋賞を受賞した。猿橋賞は、顕著な業績をあげた日本の女性科学者に授与される賞である。数学について語るとき、小谷教授の顔は輝き、その声は力強く、説得力あるトーンを帯びる。「数学の魅力は、ものごとの枝葉を取り除きその本質に迫れる点にあります」と同教授は言う。

小谷教授は、数学のこの強みを利用して、多様な背景をもつ研究者たちが協働して学際的な研究テーマに取り組めるようにしたいと考えている。学際研究の遂行には困難を伴うことが多い。なぜなら、それぞれの研究グループの研究者が話す科学用語は分野ごとに異なっていて、ほかの分野の研究者が容易に理解できるとはかぎらないからだ。「そこで、私たち数学者の出番になります。数学者は、科学の各分野の背景となる原理を理解し、それを単純化して、誰にでも理解できる普遍的な言葉にすることができるからです」と小谷教授は説明する。「アイデアの核を単純な形で表現すれば、ほかの人々がそのアイデアを独自のアイデアとしてはぐくむ刺激となります。そのようにして、真の融合研究が行われるようになるのです」。

協働を促進するためのもう1つの重要な要素はコミュニケーションの機会だ。小谷教授は各グループの研究者に、最新の研究から得られた知見を報告するだけでなく、自分の研究分野の背景や動機、基礎を紹介する講演と、それに引き続く「素人の質問」時間をたっぷりとったセミナーを行うことで、それぞれの研究分野の本質をお互いに把握できるようにしたいと計画している。科学の各分野の距離がますます広がる中、小谷教授は、それぞれの研究者が努力をしないかぎり、互いの分野に橋を架けることは難しいと考えている。

 
 

豊かな国際経験をもち、研究者同士が緊密に協働することの価値を知る小谷教授は、WPI-AIMR副機構長としての職務にそれを活かそうとしている。小谷教授は1993年からの1年間をドイツのマックス・プランク研究所で、2000年からの1年間をパリの高等科学研究所(IHÉS)で過ごした。IHÉSは外国からの訪問研究者が多数を占める。数学者だけでなく、理論物理学者や生物学者も在籍している。そこには協働の精神が浸透しており、研究者たちは互いにアイデアをぶつけ合うことで、研究のブレイクスルーを得ている。小谷教授自身も、その中で物ごとの本質を理解するという経験を何度もしたという。「私はWPI-AIMRに、IHÉSのような、研究者たちが研究に没頭できる理想的な研究環境をつくりあげたいのです」。

小谷教授は、自分と同じ女性研究者を支援することにも情熱を注いでいる。東北大学は1913年に国内の大学として初めて女子学生に門戸を開いており、女性の科学への進出を常に推進してきた伝統がある。小谷教授も、東北大学の女性研究者育成支援推進室副室長として、「杜の都女性科学者ハードリング支援事業」を通じて2006年からの3年間、さまざまな改革を手がけてきた。この支援事業は当初、文部科学省の女性研究者支援モデル育成事業に採択されて始まったが、現在は大学独自の予算で継続されている。

東北大学は、学内保育園やベビーシッター制度など、研究者のライフ&ワークバランスを支援するためのサービスを提供している。このようなサービスは、女性に限らず外国人研究者にとって重要である。彼らは、日本語でうまくコミュニケーションをとれないことがあり、家族への生活支援が必要となることもあるからだ。小谷教授は、研究者が自分の研究に集中できるだけでなく、家族との時間も大切にできるシステムを整備するために全力を尽くしたいと考えている。こうした時間は、研究者がリラックスして、すばらしい着想を得るために欠かせないからだ。「家族や生活が充実すれば、研究により一層集中できます」と小谷教授は言う。

女性研究者が快適に仕事ができる環境づくりは重要だ。「女性科学者にとって快適な雰囲気をつくり出せれば、誰にとっても快適な環境になります」と小谷教授は言う。東北大学が男性にとっても女性にとっても魅力的な、世界を主導する研究大学となることは、大学の将来構想でもあると同教授は強調する。

この野心的な構想では、国際化が鍵となっている。小谷教授は、WPI-AIMRの環境は、この観点でも大きな貢献となると付け加える。例えば、広範にわたる分野の卓越した科学者との交流機会が日常化し、刺激的なアイデアが飛び交う環境をつくり出している。WPI-AIMRの融合研究の可能性には、事実上、限界がないと小谷教授は言う。「研究者に、1+1=2ではなく、無限であると考えてほしいのです」。 

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