注目の技術
混ざらないものを混ぜる

2010年09月27日

異なる分野の知識や発想の協奏が、「超」ハイブリッド材料の開発の原動力となる。

新素材の創製の研究に焦点を当てる研究者は多いが、新規合成法や環境適合性といった視点は意外と忘れられがちだ。超臨界流体技術は、危険な化学物質を使用することなく、多くの機能をもつハイブリッド材料を創製する可能性をひらく技術である。

すべての流体は「臨界点」をもつ。その温度・圧力を超えると、液相と気相の区別がなくなり、「超臨界流体」相となる。

 阿尻雅文教授は、超臨界流体分野で世界をリードしている。
 阿尻雅文教授は、超臨界流体分野で世界をリードしている。

東北大学原子分子材料科学高等研究機構(WPI-AIMR)の主任研究者であり、超臨界流体分野で世界をリードしている阿尻雅文教授によると、超臨界流体には多くの特異な性質を見いだすことができる。例えば、密度が高くて粘度が低いという性質もその一つで、それは、溶媒として利用するのに理想的であるという。「超臨界流体の密度は、温度や圧力をわずかに変化させることで調節できます。最適な密度に設定された超臨界場では物性を自由に操作できるため、物質の溶解度や相挙動(ものが均一相を形成、または相分離すること)も制御できるようにな ります」と同教授は話す。「そのため水を超臨界状態にすると、油や水素ガスなど、通常は水と混ぜたり溶かしたりできない物質も均一に混合することができるのです」。

多くの用途がある超臨界流体

阿尻教授は、超臨界水を利用して各種の無機ナノ結晶を合成している。これまでに、二酸化チタン、酸化ジルコニウム、セレン酸化物などのさまざまな金属酸化物のほか、チタン酸バリウムとバリウムフェライトなどの二元系金属酸化物のナノ結晶の合成にも成功した。無機ナノ結晶は産業界で非常に多くの用途があると考えられているが、通常は危険な化学物質を使って合成されることが少なくない。「ナノ結晶を合成する方法はたくさんありますが、いくつか問題があります。第一に環境に有害な有機溶媒を使うことが多いこと、第二にその生産性が低いことです」。

阿尻教授は、超臨界水の中でナノ結晶を合成するという方法により、危険な化学物質を使うことなく、合成の生産性を高めてきた。さらに、超臨界水は油と混ざるため、新規の有機・無機ハイブリッドナノ結晶を合成することにも成功した。これは、従来の方法ではできなかった、画期的な業績である。

ナノ結晶・ポリマーハイブリッド技術により製作された、高屈折率の透明フィルム。
ナノ結晶・ポリマーハイブリッド技術により製作された、高屈折率の透明フィルム。

「無機ナノ結晶を利用する研究も活発に進められていますが、多くの場合、ナノ結晶をポリマーや有機溶媒に分散させるのに苦労しています。我々は、表面に有機分子を結合させたナノ結晶を高い生産性で合成する方法を開発しました。このハイブリッドナノ結晶はプラスチックポリマーや有機溶媒との親和性が高いため、ポリマーフィルムに均一分散させることができます。そのため、ポリマーの特性を調節することも、非常に容易にできるようになりました」。

超ハイブリッドフィルムの開発

阿尻教授は、このユニークなナノ結晶を利用して、高屈折率の透明フィルムなど、各種のナノ結晶・ポリマーハイブリッドを開発している。こうしたプラスチックフィルムは、ふつうのプラスチックフィルムのように丸めることもでき、その屈折率の高さから、より薄い光学レンズや反射防止フィルムの製造に利用できる可能性がある。「目に見えないナノ結晶粒子が、フィルムに非常に高い屈折率を与えているのです」と阿尻教授は言う。

阿尻教授が開発しているもう一つのハイブリッドフィルムは、90%以上の窒化ホウ素粒子を含むプラスチックフィルムである。このハイブリッド材料は、熱伝導度は高いが電気伝導度は低いため(通常、熱伝導度の高さと電気伝導度の低さは両立しえない)、携帯電話やコンピュータなどの熱伝導材料として利用することができる。阿尻教授はWPI-AIMRのほかの研究者と協力して、磁性粒子を含むプラスチックフィルムの開発にも取り組んでおり、これらは偏光子やフォトニックチューナーの製作に役立つはずだと考えている。「ふつうなら両立しえない複数の性質を持つこうした新しいハイブリッド材料のことを、我々は『超ハイブリッド材料』と呼んでいます」と同教授は言う。

窒化ホウ素のナノ結晶を含む、フレキシブルで、熱伝導性にすぐれたフィルム。(画像は電気化学工業株式会社の厚意による。)
 
窒化ホウ素のナノ結晶を含む、フレキシブルで、熱伝導性にすぐれたフィルム。(画像は電気化学工業株式会社の厚意による。)
 

アイディアを融合させる

阿尻教授の研究室が発足したのは8年前のことである。同教授は当時から、異分野の研究者と組むことが重要になると予感していた。「私は超臨界流体の研究をしていましたが、新しい材料の創製の研究を進めるには、自分とはまったく異なった視点をもつ人が必要と考えていました。私の研究室には3つのポストがあったので、生化学者と材料科学者、そしてコンピュータ科学の専門の人に来てもらいました。」と同教授は話す。

研究チームが発足した当初、4人のメンバーの間には、発想どころか、共通する言語すらなかった。そこで彼らは、自分のアイディアを大学の講義のような基礎レベルから説明し合うことから始めた。そして半年後、ようやく全員が目指す方向が一致した。異なる材料、すなわちナノ粒子、高分子さらに生体分子を分子レベルで融合させる新たな手法を開発し、またその基礎にある物理過程をシミュレーションを用いて明らかにしていくというものである。

阿尻教授の研究室では、現在、10人のポスドク研究員を含む30人の研究員が研究を行っている。異なる分野の知識や発想を融合・協奏させるという同教授の独特な哲学は、研究室の顔ぶれにもはっきりと表れている。これだけ多様な背景をもつ仲間と一緒に仕事するとなると、さまざまな問題も出てくるものだが、研究室の発足当時と変わらず、阿尻教授は全くひるまない。「たしかにそれはチャレンジですが、私はチャレンジが好きなのです」と同教授は言う。

現在、多くの企業が、有機材料と無機材料を複合させた超ハイブリッド材料の創製に関心を示している。超ハイブリッド材料研究が目指す方向について明確なビジョンを持つ阿尻教授は、このユニークな技術を発展させながら、多様なアイディアの融合を通じて新材料の創製を探究し続けたいと考えている。