注目の技術
世界をより快適にするMEMS技術

2010年07月26日

WPI-AIMRの研究者が開発しているMEMSは、テレビ用マイクロホンから自動車、空港の安全監視装置まで、さまざまな分野に応用されている。

江刺教授はMEMS技術のパイオニアであり、この分野の世界的権威である。
江刺教授はMEMS技術のパイオニアであり、この分野の世界的権威である。

微小電気機械システム(MEMS)は、電気部品と機械部品の両方を備えたミニチュアデバイスである。この技術は集積回路の微細加工技術を応用したもので、機械、光学、材料など複数の専門分野の組み合わせから成り立っている。東北大学原子分子材料科学高等研究機構(WPI-AIMR)の主任研究者であり、MEMS技術の世界的権威として知られる江刺正喜教授は、「私たちはこれを『ヘテロ集積化』と呼んでいます」と言う。「異なる種類の技術を融合させることにより付加価値の高いMEMS装置を製作し、多くのシステムの重要なコア機能を担わせることができるのです」。

小さなデバイスを大きく活用

江刺教授は、東北大学工学部の学生だった1970年代前半にMEMSに出会った。以後40年にわたってMEMS研究に従事してきた同教授は、多数のMEMSデバイスの技術を開発し、それらは私たちの日常生活に欠かせないものになっている。なんらかの形でMEMS技術を利用している製品の例としては、テレビゲームのコントローラ、インクジェットプリンタ、デジタルカメラ、自動車などがある。「私たちの成果ではありませんが、例えば、任天堂のゲーム機『Wii』のリモコンには動きをとらえるMEMS加速度センサが使われていて、ユーザーインターフェースを制御してゲームを楽しめるようになっています」と江刺教授は説明する。「また、キャノンのあるプリンタには、微小な液滴を吐出するためのノズルを6,000個も備えたMEMSプリンタヘッドが組み込まれていて、高解像度の印刷を可能にしています」。

江刺教授が製作した最新のMEMSの1つに、トヨタ自動車の研究者と共同で開発した角運動センサがある。このセンサは、自動車のスピンを検出して、速度およびハンドルの角度から予測されるものと比較するもので、予期せぬスピン状態を検出したときには自動的に左右どちらかにブレーキをかけてスピンを防止するようにプログラミングされている。同教授のMEMSセンサは自動車以外の輸送機関にも応用されており、二次元光スキャナは羽田空港や鉄道の駅の安全監視装置に用いられている。

また、世界最大の半導体検査装置メーカーであるアドバンテストの最新のLSIテスタには、静電気によるダメージを受けやすい電子的なトランジスタを使った従来のスイッチに替わって、江刺教授のMEMSスイッチが用いられるようになった。新しいMEMSスイッチは静電気の影響で破壊されないため、LSIテスタの信頼度は飛躍的に向上した。NHKも、湿度が非常に高い環境(料理番組収録のためのテレビスタジオなど)で同教授と開発したMEMSマイクロホンを使用している。

また、MEMS技術の潜在的に重要な用途の1つに、磁気共鳴映像法(MRI)がある。「私たちは、非常に弱い磁気共鳴信号を検出するために、鉄粒子のついた薄いカンチレバーを開発しました。これは、日本電子株式会社(JEOL)という計測機器メーカーによって利用されています」と江刺教授は説明する。「彼らはこれをマイクロメートルサイズのサンプルを調べる電子スピン共鳴装置に用い、薬物が細胞に及ぼす効果をリアルタイムで可視化するようなことを目指しています」。

チップ上のMEMS。
チップ上のMEMS。

小さいことの利点

MEMSは小さいだけでなく、従来の電気機械デバイスに比べて優れている点がたくさんある。江刺教授は、さまざまな微細加工技術を用いることで、従来のLSIデバイスの数分の1の費用で、感度や空間分解能の非常に高い超小型デバイスを製作することができるという。「LSIを製作するには、通常、フォトマスクを使ってトランジスタのパターンをシリコンウエハーに転写します。けれども、フォトマスクは非常に高価で、5億円もするものもあります」と江刺教授は話す。「ですから、そうした先進技術は大量生産品の製作にしか使えません。私たちは、少量生産品の製作のために、フォトマスクを使用しない、MEMSベースの電子ビーム露光システムを開発しています。これは、電子ビームを利用してウエハー上にトランジスタのパターンを描くもので、コストを減らし、可制御性、精度、汎用性を高めることができます」。

MEMS製作ユニットでの江刺教授。同教授専用の赤いクリーンスーツは学生から還暦祝いにプレゼントされたもの。
MEMS製作ユニットでの江刺教授。同教授専用の赤いクリーンスーツは学生から還暦祝いにプレゼントされたもの。

橋渡しをする

江刺教授は、MEMSの未来は、大学と複数の企業が連携すること(彼はこれを「産産学協同」と呼んでいる)と、実用的応用への取り組みを強化することにあると信じている。「私たちは、人々が集まって一緒に作業をするためのプラットホームを確立することによって、産業を支えていきたいのです。私たちは企業から来る研究者を教育します。彼らはここで学んだ技術をそれぞれの企業に持ち帰り、多くの場合、複数の企業が協同して商品化します。私たちはこうして間接的に社会に貢献しているのです」と同教授は言う。

江刺教授の研究室には、現在40人の専任研究員がいる。そのなかには、富士フィルムなど6つの企業から出向している研究員も含まれている。同教授の目標は、チャレンジ精神と科学研究への好奇心を失うことなく、大学の基礎研究と企業の応用研究の橋渡しをすることである。同教授は、WPI-AIMR内でもバルク金属ガラスグループと共同研究を行っており、金属ガラスとナノ構造金属によるMEMS接合技術の開発をすすめている。

また、江刺教授は次のように語る。「私たちの設備はおもちゃのようなものです。研究者は、これらの手作りの設備を使って、企業ではできない基本的な体験をすることができます。デバイスをうまく製作できたときには、やりがいを感じますし、非常に楽しいのです。研究者にとって、これは非常に重要な経験です」。