ラウンドテーブル・ディスカッション
新たな材料科学研究の概念を求めて (Part I)

2009年08月31日

東北大学の原子分子材料科学高等研究機構(Advanced Institute for Materials Research; AIMR) は、文部科学省の世界トップレベル研究拠点(World Premier International (WPI) Research Centers)プログラムに採択された5拠点のひとつです。2007年10月に設立され、約120名の研究者が所属する4つのグループで構成されています。WPI-AIMRの目標は、日本と西洋の研究システムのそれぞれの利点を融合させることによって「目に見える」研究拠点になり、日本発の新しい材料科学分野を生み出すことです。2009年6月、AIMResearchは機構長とグループリーダーを中心としたラウンドテーブル・ディスカッションを開き、WPI-AIMRの強みや今後の課題について、活発な議論を繰り広げました。

左上から時計回り:山本嘉則機構長、櫻井利夫教授、橋詰富博教授、宮崎照宣教授、陳明偉教授 
左上から時計回り:山本嘉則機構長、櫻井利夫教授、橋詰富博教授、宮崎照宣教授、陳明偉教授 

AIMResearch: 本日はお忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます。まずは、簡単な自己紹介とグループ紹介をお願いします。

山本: 1986年に京都大学から理学部教授として東北大学に移り、2007年10月にWPI-AIMRの機構長に任命されました。WPI-AIMRの新しい研究棟は4月にオープンし、研究者は8月に引っ越しを終えたばかりです。WPI-AIMRの多くの研究者は、東北大学金属材料研究所や理学研究科および工学研究科の出身で、今も兼任している人が多くいます。

私のグループは、最近「ナノ化学」から「ナノ化学バイオ」に名称を変え、主任研究者8名が率いるチームが電気表面化学やバイオポリマー、プロセス化学などの研究に従事しています。私自身は分子合成を専門にしており、特に低分子・中分子の有機化合物を扱っています。

櫻井:米国のBell Telephone、ペンシルバニア州立大学、東京大学物性研究所を経て、1989年に東北大学金属材料研究所の教授に就任し、ナノ表面物理学の研究を推進してきました。現在は、WPI-AIMRのナノ物理グループのリーダーを務めています。ナノ物理は、走査型トンネル顕微鏡(scanning tunneling microscope; STM)によって基盤が築かれました。この機器の共同発明者のひとりであるHeinrich Rohrer博士には、WPI-AIMRの国際アドバイザリーボードの議長を務めて頂いています。

次に、橋詰先生にグループの研究内容についてご説明して頂きます。

橋詰:ナノ物理グループにいる10名の主任研究者のひとりです。15年ほど前まで、東北大学金属材料研究所で櫻井教授のもとでSTMを使った表面物理の研究をしていました。その後、日立製作所基礎研究所に移り、現在は健康・計測システムラボの主任研究員とWPI-AIMRを兼任しています。日立では、原子が15個連なった世界最細の鎖をつくることに成功しました。その研究を一緒に行った一杉太郎博士は、現在WPI-AIMRで准教授として我々の研究を推進しています。WPIでは、機能性ナノデバイスをつくるための物理と化学分野をつなぐ研究に焦点を当てています。

ナノ物理グループの研究チームは、高分解能透過電子顕微鏡(transmission electron microscopy; TEM)を使って界面を調べたり、ナノ構造や表面構造、ナノ炭素材料などの研究に従事しています。川崎雅司教授のチームが開発した、絶縁体をベースにした発光デバイスや電界効果トランジスタは、ユニークな研究成果です。

陳:ジョン・ホプキンス大学で4年間過ごした後、以前客員研究員を務めた東北大学金属材料研究所に2003年に戻りました。その後、WPI-AIMRの設立に伴いこちらに移り、今はBMGグループのリーダーを務めています。もともとは中国の出身です。

最近の主な研究は、高分解能TEMを用いて先端材料のミクロ構造の特性を調べることです。バルク金属ガラス(bulk metallic glasses; BMGs)のような超高強度・機能性ナノ材料の変形や破壊のメカニズムを理解することに多くの時間を費やしています。他の5つのチームも、実験と理論の両方からBMGの構造・特性を調べる研究などをすすめています。

宮崎:私がリーダーを務めるデバイス/システムグループは、全部で5つのチームから構成されています。メムス(micro-electro-mechanical systems; MEMS)と呼ばれる集積化小デバイスの開発や、光ファイバー、半導体、シリコンデバイス、スピントロニクスなどの研究開発に従事しています。

AIMResearch: ありがとうございました。次に、WPI-AIMRの意義についてお伺いします。東北大学は材料科学分野ですでに世界トップクラスです。それなのに、今なぜ、新しい研究機関が必要なのですか?

山本:長年の伝統がある東北大学金属材料研究所は、確かに世界でトップの地位を築いていますが、それは「ハード」な材料科学研究、すなわち物理をベースにしたものです。私は、材料科学の将来は物理・化学・生物学を融合(フュージョン)した研究にあると信じており、今後は「ハード」な材料科学研究の高いレベルを維持し、さらに高めるとともに、「ソフト」な研究を強化したいと考えています。

私はWPI-AIMRのすべての研究者に「自分の専門分野に別の分野の要素を足してみるように」と呼びかけています。たとえば、物理が得意な研究者は、化学かバイオをベースにした知識を取り入れる、といった具合です。このような試みは誰にとっても容易ではありません。しかし、新しい発見の多くは融合研究から生まれるものです。

典型的な日本の研究システムのもとでは、多くの新しい発見は「ボトムアップ型」アプローチから生まれています。しかし、今回私は、真逆の「トップダウン型」アプローチを使って融合研究を推進しています。従来のやり方では実現できないスケールの大きなブレークスルーを目指すためです。トップダウン型アプローチは、文部科学省WPIプログラムの方針のひとつでもあります。

私たちは、好むと好まざるとにかかわらず、国際化を進めていかなくてはなりません。日本の研究者は、確立された研究を深く掘り下げていくことに大変長けていますが、研究のパラダイムを変えることには出遅れがちです。私たちの新たな試みによって、WPI-AIMRの研究者が世界で全く新しい研究分野を確立し、いつの日かノーベル賞を取ることを心から望んでいます。

AIMResearch: WPI-AIMRは画期的な研究・管理システムを取り入れようとしています。これらの試みの進捗具合はいかがですか。

山本:WPI-AIMRのミッションのひとつは、講座制や有力教授への研究資金の集中などにみられるような、古いスタイルの日本の研究体制を壊すことです。多くの日本の研究機関には、給与を含む多くの事柄に関して年功序列制が根強く残っています。一方、WPI-AIMRは、研究者の業績を反映した給与体制など、画期的なシステムを取り入れています。ここで言う業績とは、論文の引用数、インパクトファクター、受賞、特許、研究の実用化などです。私たちの組織は柔軟性を重視しており、厳格なピラミッド型のヒエラルキー構造ではありません。

櫻井:WPI-AIMRは、東北大学の通常のテニュア・ポジションに比べ、10%-20%高い給与を設定しています。また、山本機構長と私は採用の権限を持っているので、井上明久総長の許可を得るだけで、通常長引く内部委員会の審査や学部の会議などのプロセスを経ずに、迅速に研究者を採用することができます。このように、WPI-AIMRは研究者への様々なインセンティブを設けています。

陳:新しい仕組みを取り入れるための改革は、まだ道半ばだと思います。今は、より良いシステムについてのアイディアを出し合って、議論を続けているところですね。

日本の伝統的で安定したシステムには大きなメリットがあります。たとえば、東北大学のBMG研究はこの30年間ずっと続いており、研究室が3世代にわたって受け継がれています。日本のように政府がある特定の研究分野を長期的にサポートすることは、米国をはじめ他の国ではあり得ません。実際、30年前、BMG研究に未来があると思った人はほとんどいませんでした。しかし、今は、金属材料の分野において重要性を増してきています。

米国では、教授は5-6年で研究分野を変え、次の話題性のあるテーマに移る傾向があります。日本では、多くの教授はひとつの分野に生涯をかけます。この2つの異なる研究スタイルのバランスを取って、うまく融合させる方法を考えることが大切です。

橋詰:民間企業でも、同じテーマの分野の研究プロジェクトを5年以上続けることはとても難しいですね。政府の長期的な研究投資は、科学と社会の発展に非常に重要です。

インタビューの後半(Part II)は近日公開予定です。

世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)プログラムについて
2007年文部科学省は、すでに世界をリードしている研究分野の競争力をより高めるために、WPIプログラムを立ち上げました。初年度は5拠点が選ばれ、今後10-15年の間、それぞれに毎年5億円~20億円が集中投資されます。WPI拠点に期待されていることは、画期的な研究システムを作ること、世界中から第一線の研究者が集まってくる「目に見える」拠点になることです。詳細は
こちら

注: 本記事は、英文オリジナル記事をもとに、一部加筆・修正してあります。

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