ベイズ推定: 電子状態解析の新手法を開発

2021年11月29日

ベイズ理論を用いてトポロジカル絶縁体におけるディラック電子質量の解析に成功

ディラックギャップサイズΔを調べるためのベイズ推定によるアプローチ。P(Δ|QS)は、与えられたQSのセットに対するディラックギャップの大きさΔの確率を調べるものである。P(Δ|QS)を計算するために使用されるP(QS|Δ)、P(Δ)、P(QS)の対応する量は、ARPESのデータから推定される。

© 2021 Takafumi Sato

東北大学材料科学高等研究所(AIMR)が率いる研究チームが、角度分解光電子分光(ARPES)で得られたデータを「ベイズ推定」という統計学的手法を用いてモデル化し、物質表面の電子の振る舞いを明らかにする新手法を開発した1。この新手法により、トポロジカル絶縁体(TlBi(S,Se)2)において生じるディラックギャップのサイズや発生源が明らかになった。

物性物理学における実験計測では、多体問題(多体相互作用)が最大の障壁となる。例えば、ARPESなどでマッピングした場合、表面の電子の状態は、バンド分散と電子の自己エネルギーとの畳み込みによって表される。そのため、ARPESの計測結果だけからグラフェンのバンドギャップや高温超伝導体における分散のキンク(折れ曲がり)を解析するのは困難であり、畳み込み内の各項を既知数から統計学的に割り出す必要がある。

そこで研究チームは、同チームが2010年に発見したトポロジカル絶縁体であるTlBi(S,Se)2の表面からARPESで取得したデータにベイズ推定モデルを適用して表面状態の分析を行った。TlBi(S,Se)2のディラックコーンがどういった特徴を持つかについてはまだよくわかっておらず、議論の的となっている。

研究チームは、関連するすべてのスペクトル量を表すセミパラメトリックベイズ推定を定式化し、TlBi(S,Se)2のARPESマップをモデル化した。このモデルを用いることで、バンド分散と電子の自己エネルギーを含むすべてのスペクトル量を推定することができ、TlBi(S,Se)2のディラックコーンにギャップが発生するかどうかといった問いに答えることができる。実際、研究チームはこのモデルから、ギャップサイズがゼロである確率が非常に低いことを確認し、有限のギャップが存在する(ディラック電子に質量がある)との結論に達した。

AIMR主任研究者の佐藤宇史教授は、「ある事象に関する数値が既知の場合、または数値を実データからモデル化できる場合、ベイズ推定はその事象の確率を推定するのに非常に適しています。今回の手法では、ディラックギャップのサイズなどの重要な物理パラメータを高精度に決定することで、ギャップの発生源を絞り込むことができました」と、成果を語った。

研究チームは今後、今回開発された技術を他の量子物質などの解析にも応用し、その適用可能性を評価することを計画している。

(原著者:Patrick Han)

References

  1. Tokuda, S., Souma, S., Segawa, K., Takahashi, T., Ando, Y., Nakanishi, T. & Sato, T. Unveiling quasiparticle dynamics of topological insulators through Bayesian modelling. Communications Physics 4, 170 (2021). | article

このリサーチハイライトは原著論文の著者の承認を得ており、記事中のすべての情報及びデータは同著者から提供されたものです。