グラフェン: 水素経済の可能性を開く
2018年02月26日
グラフェンシートの下に水素を導入したときの電子の振る舞いを観察することで、燃料電池の開発を加速させる可能性のある電子状態が明らかになった
東北大学材料科学高等研究所(AIMR)と東北大学の研究チームによる高分解能分光研究によって、条件を制御しながらグラフェンシート(原子1個分の厚さの炭素の層)を水素ガスにさらすことで、磁気的性質を示す新たなエネルギー状態が形成されるだけでなく、燃料貯蔵デバイスの基礎材料にもなりうることが明らかになった1。
層状物質の層間に原子やイオンを挿入する「インターカレーション」というプロセスによって、ありふれた物質の特性を向上させられることは、かなり以前から知られている。例えば、多くの充電池は、グラファイトにリチウムをインターカレートすることで、安定的に電気を発生させている。単層のグラフェンではグラファイトよりも導入原子の効果が顕著になると予想されるため、インターカレーションを利用したグラフェンデバイスの開発が精力的に進められている。
グラフェンにインターカレートする原子としては水素が注目されている。理論的には、高伝導性グラフェンにバンドギャップが形成され、トランジスターやセンサーに必要な半導体的特性が発現すると予測されているからだ。しかし、炭素シート間に軽い水素を導入するには、慎重な調節が必要となる。AIMRの菅原克明助教は、この点を次のように説明する。
「水素の半径と結合長はグラフェンの炭素と比較して非常に小さいので、グラフェン層間に水素を保持するのは難しいのです。私たちは、グラフェンを水素にさらす条件を調節することにより、この問題に対処しました」。
菅原助教らは、角度分解光電子分光法(ARPES)という手法を用いて、水素にさらされた単層グラフェンを解析した。ARPESは、固体内における結合や伝導性をもたらす電子のエネルギーバンドを調べる手法である。研究チームは、炭化ケイ素ウエハー上に単層グラフェンを成長させた後、水素ガスを決まった時間だけ送り込んで、水素原子が誘発するバンドギャップの変化をモニターした。
まずはインターカレーション時の温度を最適化した後、初期のサンプルにおいてバッファー層(単層グラフェンシートと炭化ケイ素ウエハーの間に新たに現れた、網目状に並んだ炭素原子からなる層)を観察した。しかし、サンプルを水素にさらす時間が長くなると、バッファー層のエネルギーバンドの強度が弱くなり、グラフェンの芳香族結合に伴うバンドが顕著になった。これは、水素原子が層間に入り込み、既存の化学結合を妨げた明確な証拠である(図参照)。
さらにバンド構造を解析したところ、水素暴露によって、バリスティックデバイスに利用できるバンドギャップが広がるだけでなく、ギャップ領域内に電子状態が形成されることが明らかになった。この電子状態は、超薄型水素燃料貯蔵デバイスの効率の調整や、スピントロニクストランジスターの基礎の構築を可能にすることが期待できると菅原助教は言う。
「こうした新しいギャップ状態は水素吸着グラフェンに磁気特性をもたらしうることが理論的に予測されています。私たちは、どのタイプの水素付加が強磁性につながり、どのタイプの水素付加が絶縁体につながるのか、解明したいと思っています」。
References
- Sugawara, K., Suzuki, K., Sato, M., Sato, T. & Takahashi, T. Enhancement of band gap and evolution of in-gap states in hydrogen-adsorbed monolayer graphene on SiC(0001). Carbon 124, 584–587 (2017). | article
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