バンド構造エンジニアリング: 質量ゼロの電子に質量を持たせる

2016年04月25日

タングステンの表面に成長させた鉄原子層のスピンを利用することによって、質量ゼロの電子に質量を持たせることができる

タングステン基板(茶色の層)上に鉄薄膜(黄色の層)を成長させた系において、鉄原子のスピンの向き(紫色の矢印)が膜面に対して平行の場合(左)、界面の電子の質量はゼロである(バンド構造にギャップがない)。これに対して、鉄原子のスピンの向きが膜面に対して垂直の場合(右)、界面の電子は質量を持つ(バンド構造にギャップがある)。
タングステン基板(茶色の層)上に鉄薄膜(黄色の層)を成長させた系において、鉄原子のスピンの向き(紫色の矢印)が膜面に対して平行の場合(左)、界面の電子の質量はゼロである(バンド構造にギャップがない)。これに対して、鉄原子のスピンの向きが膜面に対して垂直の場合(右)、界面の電子は質量を持つ(バンド構造にギャップがある)。

許可を得て参考文献1より改変。著作権はAmerican Physical Societyに帰属する。

AIMRの研究者らは、「質量ゼロのディラックフェルミ粒子」として知られる超高速電子に質量を持たせる簡便な方法を考案した1。この方法は、磁場センサーや磁気記憶デバイスなどへの応用が期待される。

近年、新奇物質であるグラフェンの中やトポロジカル絶縁体の表面を流れる電子が、材料科学者の注目を集めている。こうした電子は、質量がゼロの粒子のように振舞い、光速に近い速度で運動する相対論的電子で、「ディラックフェルミ粒子」と呼ばれている。グラフェンやトポロジカル絶縁体を次世代電子デバイス材料として利用するには、ディラックフェルミ粒子の運動を制御できなければならない。そのためにはディラックフェルミ粒子に質量を持たせる必要があり、質量のある状態とない状態を自在に切り替えられる方法が切望されている。

このほど東北大学AIMRの相馬清吾准教授らは、質量ゼロのディラックフェルミ粒子を持つタングステンの表面に原子レベルの薄さの鉄原子層を蒸着するという比較的簡単な方法で、ディラックフェルミ粒子に効果的に質量を付与できることを見いだした。

ディラックフェルミ粒子は、金属中を流れる質量のある通常の伝導電子とは異なり、バンド構造のギャップが閉じた時に質量ゼロの粒子のように振舞う。タングステンの表面に鉄原子層を蒸着することでディラックフェルミ粒子が質量を獲得するのは、鉄原子の強磁性によって、電子のバンド構造にギャップが開くからだ。「試料の磁性が明確に確認されている系で、磁気的な効果によってギャップが開くことを直接的に観測できたのは、これが初めてです」と相馬准教授は言う。

研究者らは、鉄原子のスピンの向きを変えることによって、質量ゼロの状態と質量のある状態を切り替えられることを見いだした。スピンが鉄薄膜層に対して平行の場合は、電子の質量はゼロであり、垂直の場合は、電子は質量を獲得する(図参照)。電子スピンの向きは、鉄薄膜の厚さを調節するか、鉄薄膜に酸素を吸着させることによって制御できる。

今回の方法には、他の方法に勝る利点が二つある。一つは、鉄薄膜の強磁性が安定で、室温(およそ300ケルビン)よりかなり高い温度でも強磁性が持続することである。これに対して、磁性イオンをドープする従来の方法では、約30ケルビンを超えると強磁性が消失してしまう。

二つ目の利点は、従来の系と比較してギャップがかなり大きいことである。今回の系のギャップの大きさは、トポロジカル絶縁体に磁性イオンをドープした系のギャップの2倍以上である。このギャップサイズは室温の熱エネルギーに近いので、室温で動作するデバイスの実現が期待される。

研究チームは、今回の研究のコンセプトをトポロジカル絶縁体などの系に応用しようと意気込んでいる。相馬准教授は、「アイデアはかなり単純なので、他の系に応用できるはずです」と言う。「トポロジカル絶縁体上でエピタキシャル成長する適当な被覆層を見つけることができれば、実験でさまざまなエキゾチック現象が実現されるでしょう」。

References

  1. Honma, K., Sato, T., Souma, S., Sugawara, K., Tanaka, Y. & Takahashi, T. Switching of Dirac-fermion mass at the interface of ultrathin ferromagnet and Rashba metal. Physical Review Letters 115, 266401 (2015). | article

このリサーチハイライトは原著論文の著者の承認を得ており、記事中のすべての情報及びデータは同著者から提供されたものです。