分子磁石: 数学を用いて予測する

2013年12月20日

驚くほど小さい有機金属錯体から変形に強いナノ磁石を作製する方法が、数学的な解析によって示された

上図: 12個のマンガンイオンをもつ金属錯体クラスターの例。分子磁石としての性質は、中心部のマンガン原子(紫)と酸素原子(赤)のつながりで決定される。グレーの部分は炭素と水素からなる修飾基。
上図: 12個のマンガンイオンをもつ金属錯体クラスターの例。分子磁石としての性質は、中心部のマンガン原子(紫)と酸素原子(赤)のつながりで決定される。グレーの部分は炭素と水素からなる修飾基。

参考文献1より複製。© 2013 The Royal Society

分子磁石は、比較的サイズが大きいため古典粒子のように扱うことができるが、不対電子のスピンに由来する量子論的な磁気特性も示す。こうしたユニークな挙動を示す分子磁石は、高密度情報記憶材料やスピントロニクスに基づくコンピューティング用材料として関心を集めている。しかし、デバイス表面に分子磁石を取り付けようとすると分子がゆがんで磁性を失うため、 作製が困難であった。

この難題を克服するため、東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)のDaniel Packwood助教が率いる国際チームは、革新的な「数理化学」技術を開発した1。これにより、変形しても磁気モーメントを失わない新規分子磁石の構造を予測することが可能になった。

ほとんどの分子磁石は、マンガンや鉄などの遷移金属を炭化水素や酸素でつないで金属錯体クラスターにすることによってつくられている(図参照)。金属錯体内の金属イオンの不対電子同士の結合相互作用が十分に強いときには、分子は大きな磁気モーメントをもっている。Packwood助教らは、これらの系の原子配列と磁気的挙動との関係の密接さから、(今はまだ化学者に知られていない)ある幾何学的なネットワーク群には本質的に安定なスピン特性を伴うのではないかという仮説を立てた。

このような構造を探索するため、研究者らは、分子磁石のランダムな微小変形によって物理的特性(分子のスピン基底状態のエネルギー)がどのように変化するかを調べる、独自のモデルを考案した。「現実的な分子モデルを作ること自体は、それほど難しいことではありません」とPackwood助教は言う。「おもな課題は、物理的な現実性と数学的な扱いやすさをうまく両立させることなのです」。

研究チームは、図の金属錯体クラスターで磁石の機能を担う中心部のマンガンと酸素の原子の並びが比較的平坦であることに注目し、酸素を介したマンガン原子間の『つながり(磁気的相互作用)』を2次元のネットワークとしてモデル化した。そしてその性質を解析したところ、十分な数のスピン中心(図の白丸)が用意されれば、並外れて安定な磁気モーメントをもつ可能性があることが示された。「穴をあけたり『つながり』を変えたりしない単なる伸縮に対しては、それがどんなに大きな変形であっても変化しない量(位相不変量)があることを数学は教えてくれます」とPackwood助教は説明する。「2次元のネットワークを持つ分子磁石の全磁気モーメントはこれに似ていますが、低い確率ながら起こりうる大変形によって『つながり』が変わり、その特性も変化してしまう可能性があります。しかし、この「弱い位相不変量」ともいえる完全ではない性質こそが、分子磁石の実際のデバイスへの応用を広げるうえで重要なのです」。

意外なことに、2次元分子が変形に強く安定な磁性をもつために必要なスピン中心の数はわずか20~50であることが、計算によって明らかになった。また、モデル中の環状のネットワークの数を最小限に抑えることで、変形への耐性が向上することも確認された。今回の数学と材料科学の共同研究で予測された構造は、既存の分子磁石のサイズの範囲内によく収まっているため、Packwood助教らは、この構造が将来の化学合成の指針となることを確信している。

References

  1. Packwood, D. M., Reaves, K. T., Federici, F. L., Katzgraber, H. G. & Teizer, W. Two-dimensional molecular magnets with weak topological invariant magnetic moments: Mathematical prediction of targets for chemical synthesis. Proceedings of the Royal Society A 469, 20130373 (2013). | article

このリサーチハイライトは原著論文の著者の承認を得ており、記事中のすべての実験データは同著者から提供されたものです。