ラマン分光: ペアを作って水銀を検出する

2013年10月28日

ナノ多孔質金を利用した光学センサーが開発され、飲料水中の水銀イオンを極めて高い感度で検出できるようになった

センサーが水銀イオンを検出する仕組み。水銀イオンが存在していると、2本のアプタマーと結合して対を形成させる。これによりCy5蛍光標識が持ち上がって金表面から離れて、ラマンシグナルの強度が変化する(図中のグラフ)。
センサーが水銀イオンを検出する仕組み。水銀イオンが存在していると、2本のアプタマーと結合して対を形成させる。これによりCy5蛍光標識が持ち上がって金表面から離れて、ラマンシグナルの強度が変化する(図中のグラフ)。

© 2013 American Chemical Society(参考文献1)の許可を得て改変。

水銀は、天然鉱床の浸食、製油所からの廃水、埋立地や農地からの流出水など数多くのルートから飲料水に混入する。水銀は人体に蓄積されると脳や中枢神経系に不可逆的な損傷を与えるおそれがあるため、水中の水銀濃度は厳重に監視されている。

しかし、「ppt(1兆分の1)未満の濃度の水銀イオンを高感度で定量的に検出する手法についてはさまざまな報告がありますが、その開発は非常に難しいのが現状です」と東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)のLing Zhang助教は話す。Zhang助教はこのたび、Mingwei Chen(陳明偉)教授、Qi-Kun Xue教授および共同研究者らとともに、従来の光学的手法の約1000倍の感度を持つナノ多孔質金系光学センサーを設計した1。「私たちは今回、水中の水銀イオンを検出する既存の光学センサーの中で最高の感度を示すものを開発することができました。米国環境保護庁(EPA)が定める飲料水中の水銀イオン濃度の上限は、1リットル当たり10ナノモルです。私たちのセンサーの検出限界はその1万分の1です」とXue教授は説明する。

開発にあたり、研究チームは表面増強共鳴ラマン散乱(SERRS)を利用した。SERRSは、ラマン分光と同様、分子によって異なる散乱光が発生するという事実に基づく手法だが、この効果は弱くて検出が難しい。本研究ではこの問題を克服するため、研究者らは粗い金属表面をもつナノ多孔質金を用いた。レーザーがナノ多孔質金の表面プラズモンを励起すると、周囲の電場が増強される。ラマン散乱強度はこの電場に比例するため、シグナルも増幅される。さらに、レーザーの励起波長を解析対象分子の吸収に合わせた。こうすると、レーザー光が吸収されてシグナルをさらに増幅することができる。

このセンサーは、水銀イオン自体ではなくシアニン5(Cy5)という蛍光色素レポーター分子を検出するもので、Cy5で標識した柔軟な1本鎖アプタマーを金表面に固定した構成になっている。水銀イオンが存在していると、隣り合う2本のアプタマーが水銀と結合して対になり、比較的剛直な2本鎖のような構造を形成する(図参照)。その結果、アプタマーの先端のCy5標識が持ち上がり、金表面から離れるため、ごく僅かに水銀が存在する場合でもSERRS シグナルの減少が観測される。また、水銀濃度が高くなるほど、水銀と結合して対を形成するアプタマーの数が増えるので、SERRSシグナルはさらに減少することになる。

「私たちは既に、河川水や地下水中の水銀イオンの検出に実験室で成功しています。現在は、現場で検出できるよう、ポータブルラマン分光計とあわせて使用できるマイクロチップの設計・作製に取り組んでいます」とChen教授は言う。研究チームは、さらに他の重金属イオンを検査できるようにするためのアプタマーの微調整も試みている。

References

  1. Zhang, L., Chang, H., Hirata, A., Wu, H., Xue, Q.-K. & Chen, M. Nanoporous gold based optical sensor for sub-ppt detection of mercury ions. ACS Nano 7, 4595–4600 (2013). | article

このリサーチハイライトは原著論文の著者の承認を得ており、記事中のすべての実験データは同著者から提供されたものです。