プリンテッド・エレクトロニクス: ギブアンドテイクでくっつける

2010年07月26日

選択的な「配位子交換」反応により、簡単にナノインクを基板に結合

図1: デカン酸が結合したナノ結晶(左上)は、デカン酸をカテコール基と取り換える配位子交換により、カテコール基が結合した基板に固定化される(中央上部)。室温でインクを「印刷」するこの技術によって、金属ナノ粒子の高密度膜が形成される(右、ナノ結晶膜の走査電子顕微鏡像)。
図1: デカン酸が結合したナノ結晶(左上)は、デカン酸をカテコール基と取り換える配位子交換により、カテコール基が結合した基板に固定化される(中央上部)。室温でインクを「印刷」するこの技術によって、金属ナノ粒子の高密度膜が形成される(右、ナノ結晶膜の走査電子顕微鏡像)。

© 2010 D. Hojo

金属・半導体・誘電体等のナノ粒子を溶媒に分散させたナノインクを用いてフレキシブルなプラスチック基板上に電子回路を印刷する「プリンテッド・エレクトロニクス」技術は、これまでにない低コストデバイスの時代の到来を告げる革新的な技術になると期待されている。しかし、プリンテッド・エレクトロニクス製品の製造は多くの課題を抱えている。通常、ナノ粒子を基板表面に結合させるためには、高い温度をかける必要があるが、プラスチック基板は高温で損傷するおそれがあるからだ。

東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)の北條大介助教と阿尻雅文教授が率いる研究チームは、金属酸化物ナノ結晶からなるインクを室温で表面に化学結合させるシンプルで効率的な方法を開発した1。北條助教と阿尻教授によると、ナノ粒子の固定化の条件が、ナノ粒子を基板上に印刷し、さらに自己組織化させる条件と全く異なるため、この問題解決は困難と考えられてきた。「プリンテッド・エレクトロニクス回路の印刷において、ナノ粒子は、溶媒中ではよく分散し、乾燥段階では自己集合して膜になり、その後は基板上に固定化されなければなりません」と北條助教は説明する。 「ナノ粒子と溶媒と表面の間で必要とされる相互作用が各段階で異なることが、この製造を難しくしているのです」と阿尻教授は話す。

阿尻教授が率いる東北大学の研究チームは、過去に、酸化セリウム(触媒特性や光学特性をもつ希土類化合物)ナノ粒子表面を有機分子と結合させ、溶媒に高濃度で完全分散するナノ結晶を合成する手法(超臨界法)の開発に成功している2。今回の研究では、酸化セリウムナノ結晶に結合させた分子を基板に結合させた分子と化学的に置き換えることで、ナノ結晶をシリカ表面に固定化できることを実証した。これは、配位子交換という過程を利用して、化学的に「のりづけ」したことになる。

研究者らはまず、超臨界法で、デカン酸で表面修飾した酸化セリウムナノ結晶を合成した。デカン酸は長いカルボン酸であり、2個の酸素原子を通して酸化セリウムと結合する(図1)。また、シリコン基板は薄いDHCA有機層でコーティングした。DHCAは、カテコール基(隣り合う2つのアルコールユニットをもつベンゼン環)をもつ炭化水素である。次に、室温でナノ結晶をDHCA修飾したシリコン基板上に印刷させると、化学平衡がシフトし、ナノ結晶に結合していたデカン酸は、カテコール基と交換された(図参照)。ここで、カテコール基はシリカ表面に固定されているため、ナノ結晶と基板が効果的に結合されたことになる。

この方法で形成された高密度表面結合ナノ結晶膜は、200 °Cまで熱的に安定であることが確認された。また、カテコール基が幅広い親和性をもつため、カルボン酸修飾した他のナノ結晶(酸化鉄やチタニア)も、同じ方法で捕捉できることもわかった。北條助教と阿尻教授は、配位子交換法はナノ粒子の固定化という重要課題を解決する方法となりうると考えている。「これは、プリンテッド・エレクトロニクス技術、特に太陽電池デバイス作製技術の確立につながる、決定的な一歩です」と阿尻教授は言う。

References

  1. Hojo, D., Togashi, T., Iwasa, D., Arita, T., Minami, K., Takami, S. & Adschiri, T. Fabrication of two-dimensional structures of metal oxide nanocrystals using Si substrate modified with 3,4-dihydroxyhydrocinnamic acid. Chemistry of Materials 22, 1862–1869 (2010). | article

  2. Zhang, J., Ohara, S., Umetsu, M., Naka, T., Hatakeyama, Y. & Adschiri, T. Colloidal ceria nanocrystals: A tailor-made crystal morphology in supercritical water. Advanced Materials 19, 203–206 (2007).

このリサーチハイライトは原著論文の著者の承認を得ており、記事中のすべての情報及びデータは同著者から提供されたものです。