スピントロニクス: 力をフルに発揮するハーフメタル

2010年01月25日

ハーフメタルであるホイスラー合金のスピントロニクス性能は、組成設計により向上させることができる

図1: 実験に使用した磁気トンネル接合デバイス(左)およびホイスラー合金の結晶構造 (右)の概略図。
図1: 実験に使用した磁気トンネル接合デバイス(左)およびホイスラー合金の結晶構造 (右)の概略図。

半導体材料などで作られる電子デバイスは、電子を電荷キャリアとして利用することによって機能しているが、電子のもつスピン自由度をも利用できるようになると革新的な次世代電子デバイスが実現する。その例としては、スピンの揃った電子からなる電流を利用したトランジスタや、電流によって磁化が制御される論理デバイスなどが考えられている。

こうした「スピントロニクス」デバイスの開発には、高いスピン偏極度や高いキュリー温度TC(この温度を超えると材料は強磁性体でなくなる)など、それにふさわしい磁気特性を持つ材料が必要不可欠である。この基準を満たしている材料の中では、「ホイスラー合金」と呼ばれる特殊な結晶構造をもつ数種類の金属間化合物が有望視されている。このたび、東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)の宮崎照宣教授および共同研究者らは、Co2FexMn1xSiという組成のホイスラー合金を用いたトンネル接合の研究を行い、高性能デバイス実現への指針を見出した1

鉄を含まないCo2MnSi合金は、高いTC(985 K)を示すうえに、ハーフメタルでもある。ハーフメタルは、ある向きのスピンを持つ電子は電子伝導性を示し、逆向きのスピンを持つ電子は非伝導性を示すので、スピン偏極電子の注入に理想的な材料である。一方、マンガンを含まないCo2FeSi合金は、さらに高いTC(1150 K)を示すが、ハーフメタルであるかどうかはまだよくわかっていない。東北大学の研究チームは、この2つの合金を合わせた鉄/マンガン混合組成をもつ合金が、Co2MnSiのハーフメタル性を持ち続けることを示した。

研究チームは、2つの磁性電極(その一方はCo2FexMn1–xSiホイスラー合金でできている)とトンネル障壁からなる磁気トンネル接合に着目した(図1)。そして、合金中の鉄とマンガンの量を変化させた場合、トンネル磁気抵抗比TMR(2つの磁性電極の磁化が平行および反平行の時の電気抵抗の変化率)がどのように変化するかを調べた。その結果、x = 0でのTMRは67%であったが、鉄を加えていくと増加し、x = 0.4からx = 0.6までの組成で最大値75%に達し、その後は減少してx = 1では46%となった。研究者らは、化合物の鉄含有量が高くなる(xが大きくなる)とハーフメタルではいられなくなり、トンネル電子の偏極が小さくなるのではないかと推測している。

次に、研究チームはCo2FexMn1–xSi化合物の「ギルバート緩和定数」を測定した。このパラメーターは磁化が高速で動く時の摩擦に関係するものであり、磁化スイッチングに使用される材料では小さくなければならない。実験の結果、合金の組成がx = 0.4のときに最小値になることがわかった。これもまた、この鉄含有量の材料がまだハーフメタルであることに結び付いていると考えられる。

研究チームの水上成美助教は、「実際のデバイス設計では、こうした合金のハーフメタル性と緩和特性を操作できることが必要です」と話す。そして、今回の研究結果によって関連した実験が加速され、近い将来、さらに高いスピン偏極度と小さい緩和を示すホイスラー合金が得られるだろうと考えているという。

References

  1. Kubota, T., Tsunegi, S., Oogane, M., Mizukami, S., Miyazaki, T., Naganuma, H., & Ando, Y. Half-metallicity and Gilbert damping constant in Co2FexMn1−xSi Heusler alloys depending on the film composition. Applied Physics Letters 94, 122504 (2009). | article

このリサーチハイライトは原著論文の著者の承認を得ており、記事中のすべての情報及びデータは同著者から提供されたものです。