AIと実験の融合で試行錯誤から脱却、自律型研究基盤へのロードマップを提示
AIと実験の融合で試行錯誤から脱却、自律型研究基盤へのロードマップを提示
─物理法則を組み込んだAIで水素貯蔵材料開発を加速─
発表のポイント
- 水素貯蔵材料、AI、計算科学、自動化実験を専門とする世界69名の研究者が、「信頼できるデータ」、「物理法則を組み込んだモデル」、「AIによる材料設計」、「自動化実験」を一体化する研究基盤を提案しました。
- 高性能なAI手法が増える一方、研究を妨げている本質的な課題は、データの分断や測定条件・不確かさの記録不足、物理法則との不整合、予測と実験の弱い連携にあることを示しました。
- 予測、合成、測定、モデル更新を繰り返す「閉ループ型材料探索」(注1)と、計算上の材料と実物を同期させる「デジタルツイン」(注2)により、試行錯誤から継続的に学ぶ材料開発へ移行するロードマップを提示しました。
概要
水素は、再生可能エネルギーを貯蔵し、燃料電池などで利用するための重要なエネルギー媒体です。しかし、常温の水素ガスは密度が低く、安全かつコンパクトに貯蔵することが難しいため、水素を内部に取り込める固体材料の開発が進められています。AIは膨大な候補を素早く調べられる一方、分断されたデータだけを学習すると、実際には作れない材料や、必要な温度・圧力で動作しない材料を有望と判断するおそれがあります。
東北大学を中心とした国際研究チームは、世界69名の専門家による検討をもとに、水素貯蔵材料のAI研究を「信頼できるデータ」「物理法則を組み込んだモデル」「AIによる材料設計」「自動化実験」の循環として結び直す枠組みを提案しました。重要なのは、AIの予測後に物理的な妥当性を確認するだけでなく、熱力学、反応の速さ、予測の不確かさ、データの出典、実験結果を最初から各段階に組み込むことです。本成果は、新材料そのものの発見ではなく、材料探索を再現可能で継続的に学習する研究へ変えるための指針を示した展望論文であり、2026年8月14日(現地時間)に米国化学会の学術誌ACS Energy Lettersにオンライン掲載されました。
詳細な説明
研究の背景
水素を高圧圧縮や極低温液化する従来法は大きなエネルギーと設備を必要とすることから、金属水素化物や多孔質材料など、水素を固体の内部や表面に取り込む材料が注目されています。しかし、実用性能は貯蔵量だけでは決まりません。水素を出し入れする圧力と温度、反応速度、繰り返し使用への耐久性なども重要であり、それらの性能には微細構造や製造履歴、不純物などが影響を及ぼします。その結果、同じ組成でも測定条件によって結果が変わることがあります。
近年はAIを使って候補材料を予測する研究が急速に進んでいます。しかし、計算データと実験データは別々に蓄積され、論文中のグラフに埋もれた測定値や、試料の作り方、測定条件、失敗例が十分に共有されていません。また、予測精度が高く見えても、熱力学や反応速度と矛盾した候補が出る場合があります。そのため、アルゴリズム単体の改良ではなく、データの作り方から実験による検証までを一つの仕組みとして設計する必要があります。
今回の取り組み
東北大学未踏スケールデータアナリティクスセンターの張成燻(Seong-Hoon Jang)准教授、同大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)の李昊(Hao Li)教授、折茂慎一所長らが参画する国際研究チームは、水素貯蔵材料、AI、自動自律実験室、計算科学の最新研究を整理し、現在できること、限界、次に解くべき課題を体系化しました。提案した枠組みの第一の柱は、出典、測定条件、不確かさ、再現性、成功例だけでなく失敗例も記録するデータ基盤です。東北大学などが開発する水素貯蔵材料データベース「DigHyd」は、4,000報を超える文献から3万件を超える熱力学データを整理した先進的な事例として紹介されています。第二の柱は、原子の動きから材料全体の性能までを結び、熱力学や反応速度に反しない「物理法則を組み込んだAI」(注3)です。第三の柱は、大規模言語モデルや生成モデルが提案する候補を物理モデルで確認し、合成可能性や実用条件を満たす候補に絞り込む材料設計です。
さらに、AIが候補を選び、自動化装置が材料を合成・測定し、その結果をデータベースとモデルへ戻す「閉ループ型材料探索」を中心に据えました。予測と実験が食い違った場合は、その差を次の学習に使います。将来は、現実の材料の状態と計算上のモデルを逐次同期する「デジタルツイン」により、劣化の兆候を早く見つけ、次に行う実験を不確かさに基づいて選べるようになると期待されます。この枠組みは、AIを単なる高速予測装置ではなく、物理法則と実験から継続的に学ぶ研究システムとして位置づけるものです。(図1、図2)
今後の展開
今後は、異なる研究機関のデータを共通形式で扱うための標準化、反応速度や繰り返し使用による劣化など不足しているデータの蓄積、物理モデルとAIモデルの統合、そして自動化された実験プロセスとの連動が求められます。特に、AIが示す候補は合成できるとは限らないため、専門家による判断と実験検証を組み込むことが不可欠です。
東北大学では、JST革新的GX技術創出事業(GteX)のもとで自律型実験ワークフローの構築を進めています。長期的には、材料の種類ごとにデータ、計算、実験が循環する仕組みを実装し、試行錯誤中心だった水素貯蔵材料開発を、再現可能で適応的、かつ継続的に学習する研究へ移行することを目指します。

図1. 本論文が提案する水素貯蔵材料探索の全体像。データベース、物理法則を組み込んだモデル、AIによる候補設計、自動化実験、デジタルツインを循環させ、予測と実験を相互に更新します。

図2. 閉ループ型材料探索の概念
(a)予測、合成、測定、モデル更新を反復する自動化実験
(b)不確かさを考慮して次の候補を選ぶ知的計画
(c)計算と実験をリアルタイムに同期するデジタルツイン
謝辞
本研究は、JST革新的GX技術創出事業(GteX)(JPMJGX23H1)の支援を受けて実施されました。
用語解説
- 注1. 閉ループ型材料探索
- AIによる予測、材料の合成、測定、モデル更新を一つの循環として繰り返す研究方法。各回の実験結果を次の候補選びに利用するため、限られた実験回数でも効率よく探索できる。
- 注2. デジタルツイン
- 実際の材料や装置の状態を反映して、計算上のモデルを継続的に更新する仕組み。予測と実測の差をもとにモデルを修正し、材料の性能変化や劣化を早く捉えることを目指す。
- 注3. 物理法則を組み込んだAI(Physics-aware AI)
- データだけから答えを予測するのではなく、熱力学、反応速度、保存則、予測の不確かさなどを、学習・候補生成・評価の各段階で制約として用いるAI。本論文では、実験結果からのフィードバックも含めている。
論文情報
| タイトル: | Building a Physics-Aware AI Ecosystem for Solid-State Hydrogen Storage Materials |
|---|---|
| 著者: | Seong-Hoon Jang, Yiwen Yao, Chuanyu Liu, Linda Zhang, Di Zhang, Xue Jia, Hung Ba Tran, Eric Jianfeng Cheng, Ryuhei Sato, Yusuke Ohashi, Toyoto Sato, Yusuke Hashimoto, Mark D. Allendorf, Nongnuch Artrith, Marcello Baricco, Andreas Borgschulte, Darren P. Broom, Ang Cao, Benjamin Wei Jie Chen, Lixin Chen, Ping Chen, Eun Seon Cho, Stefano Deledda, Zhao Ding, Martin Dornheim, Michael Felderhoff, Yaroslav Filinchuk, George E. Froudakis, Mingxia Gao, Thomas Gennett, Zaiping Guo, Ikutaro Hamada, Jason Hattrick-Simpers, Bjørn C. Hauback, Michael Hirscher, Torben R. Jensen, Baohua Jia, Hyoung Seop Kim, Takahiro Kondo, Kentaro Kutsukake, Xiao-Yan Li, Tongliang Liu, Piao Ma, Jianfeng Mao, Rana Mohtadi, Hyunchul Oh, Mark Paskevicius, Chris J. Pickard, Astrid Pundt, Anibal J. Ramirez-Cuesta, Hiroyuki Saitoh, Kaihang Shi, Aloysius Soon, Chenghua Sun, Chris Wolverton, Hiroshi Yabu, Weijie Yang, Zhenpeng Yao, Xuebin Yu, Jianxin Zou, Shouyi Hu, Panpan Zhou, Xi Lin, Zhigang Hu, Zhenhao Zhou, Pengfei Ou, Jiayu Peng, Shin-ichi Orimo, and Hao Li |
| 掲載誌: | ACS Energy Letters |
| DOI: | 10.1021/acsenergylett.6c01856![]() |
問い合わせ先
研究に関すること
東北大学未踏スケールデータアナリティクスセンター
准教授 Seong-Hoon Jang
| Tel: | 022-795-3407 |
|---|---|
| E-mail: | jang.seonghoon.b4@tohoku.ac.jp |
東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)
教授 Hao Li(研究者プロフィール)
| Tel: | 022-217-5922 |
|---|---|
| E-mail: | li.hao.b8@tohoku.ac.jp |
報道に関すること
東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR) 広報戦略室
| Tel: | 022-217-6146 |
|---|---|
| E-mail: | aimr-outreach@grp.tohoku.ac.jp |



