電流印加によってエネルギー的に不安定な方位にスピンを安定化させることに成功
電流印加によってエネルギー的に不安定な方位にスピンを安定化させることに成功
―大きなスピンのゆらぎを使った新原理コンピューティングに道―
発表のポイント
- 磁石の向き(スピン)がどの方位にも向きやすい性質(等方性)の薄膜を使って、電流でスピンを効率よく操作できる素子を作製しました。
- 電流を流すことで、外部磁場によってエネルギーが極大になる方位(不安定点)にスピンを安定化できる「磁化の動的な安定化」を実証しました。
- 電流と外部磁場の大きさを調整することでスピンのゆらぎを最大化でき、このスピンの動きを制限ボルツマンマシン(注1)の動作原理として適用できることを提案しました。
概要
磁石の向き(スピン)を情報担体とするスピントロニクス素子は、電気を切っても磁石の向きは変わらないという情報の不揮発性から動作電力を大きく低減できます。一方で、この不揮発性を排除してスピンがあらゆる方位を向くことができる性質(等方性)を活用できれば、情報を0と1の二値ではなく連続的な値として処理する新原理の情報処理などの実現に繋がるため、等方性の磁石のスピンを効率よく操作するための材料や技術が切望されていました。
今回、東北大学金属材料研究所および先端スピントロニクス研究開発センターの紅林秀和教授と関剛斎教授、日本原子力研究開発機構 原子力科学研究所 先端基礎研究センターの山本慧研究副主幹らは、非磁性層と強磁性層を組み合わせた薄膜を使って等方性磁石を作製しました。等方化したことにより、電流印加で発生するスピントルクが高効率化され、外部磁場によってエネルギーが極大となる方位でもスピンを安定化できること(磁場と真逆の方向にスピンを向けられること)を示しました。等方性磁石ではスピンのゆらぎも最大化されるため、二値ではなく連続的な変数を使った制限ボルツマンマシンの実現などに繋がる成果です。
本成果は、2026年3月4日10:00(英国時間)に、科学誌Nature Materialsにオンライン掲載されます。
なお本成果は、東北大学金属材料研究所の山崎匠助教、Varun K. Kushwaha特任助教、Xueyao Hou博士研究員、同大学先端スピントロニクス研究開発センターのTroy Dion助教、同大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)のGerrit E.W. Bauer教授、英リーズ大のJoseph Barker准教授、英University College LondonのHarry Youel氏、Daniel Prestwood氏、および英Imperial College LondonのKilian D. Stenning研究員との共同研究によるものです。
詳細な説明
研究の背景
スピントロニクスとは、電子が持つ電荷とスピンの双方の特徴を組み合わせ、高機能かつ低消費エネルギーで動作が可能なエレクトロニクス素子の創製を目指す研究分野です。磁気ランダムアクセスメモリ(MRAM)はスピントロニクス機能を使った不揮発性メモリであり、電源を切っても情報が消えません。この特徴が電荷の有無を情報担体とする半導体メモリ(DRAMなど)との大きな違いです。MRAMにおいて情報の不揮発性を可能にしているのが、磁石の持つ磁気異方性(注2)というある特定の方向を向きやすい性質です。
図1(a)に、磁石の向きやすい方向を磁気的なエネルギーの観点から模式的に示しました。ここでは、磁石を構成する原子磁石(スピン)が図1(a)の球の南極方向(θ = 0º)と北極方向(θ = 180º)に向きやすいとします。これは、磁気的なエネルギーで描くと、θ = 0ºと180ºがエネルギーの極小点になっており、その間にエネルギーの障壁があることに対応します。言い換えると、このエネルギー障壁のおかげでスピンはθ = 0ºまたは180ºの状態に安定に存在でき、MRAMの動作では、北極方向を上向スピンの状態として「1」の情報、南極方向を下向スピンの状態として「0」の情報として記憶できます。つまり、磁気異方性の大きさは、エネルギー障壁の高さを決める物理量であり、スピントロニクスデバイスの不揮発性という特徴を担保する重要な役割を果たしています。
一方で、磁気異方性が大きい場合、磁石に磁場や電流を印加してスピンの方向を変えるために、大きなエネルギーが必要となります。最先端のMRAMでは、素子に直接電流を通電して、磁石のスピンと伝導電子のスピンの相互作用によるスピントルク(注3)を使って磁化反転させますが、磁気異方性が大きいとスピントルクの効果が抑制される問題があり、スピントルクによってどのようなスピンの運動が励起され得るかについて全貌は未解明のままでした。
今回の取り組み
研究グループは、「磁気異方性を出来るかぎり抑制し、スピントルクに対しての感度を上げる」というアプローチを着想し、スピンがあらゆる方位を向くことができる性質「等方性」を有する磁石薄膜の作製に取り組みました。薄膜形態の磁石では、形状による磁気異方性が顕著になるため、スピンは薄膜の面内方向に向きやすくなります。これを等方化するためには、膜面垂直方向に別の磁気異方性を発現させ、形状による磁気異方性を打ち消す必要があります。そこで、W非磁性層とCoFeB強磁性層とMgO層から成る薄膜に着目しました。W/CoFeB/MgOは熱処理により膜面垂直方向の磁気異方性が出現しますが、その大きさを熱処理条件により調整することで、膜面内方向にも垂直方向にも同等に向きやすいW/CoFeB/MgO薄膜を作製しました。
このW/CoFeB/MgO薄膜を微細な素子へ加工し、電流を通電してスピントルクに対する応答を調べました。外部磁場によってスピンを一方向に固定した状態で反対方向に磁化反転させようとするスピントルクを加えたところ、図1(b)に模式的に示すように、スピンがエネルギー極大となる状態に安定化される「磁化の動的な安定化」という現象が観測されました。この実験結果は、数値計算によってよく再現されることがわかり、動的安定化に至る過程で電流によるスピンのゆらぎの最大化が生じていることも明らかにしました(図2)。
この大きなスピンのゆらぎは等方性に起因した特徴であり、MRAMのようなバイナリ変数での利用ではなく、連続変数として演算などに利用できる可能性があります。そこで研究グループは、連続変数を使った場合の制限ボルツマンマシンによる画像生成を調べたところ、バイナリ変数の場合と比較して性能が向上することを実証しました(図3)。
今後の展開
今回用いたW/CoFeB/MgO薄膜は、現行のMRAMでも使われている材料から構成されており、磁気トンネル接合素子(注4)への適用が比較的容易であると考えます。等方性磁石を有する磁気トンネル接合素子を実現することで、上記した新原理コンピューティングの実現に近づくものと期待されています。

図1. (a) 一軸の磁気異方性を有する磁石のエネルギーの角度依存性の模式図。南極方向からの角度θ が0ºと180ºでエネルギーが極小となり、安定な状態となる。(b) 等方性磁石に外部磁場を印加したときのエネルギーの角度依存性の模式図。θ = 0ºのみがエネルギー的に安定な状態であるが、外部からスピントルク(太い赤色の矢印)を作用させることにより、まるで逆立ちした振り子が激しい振動によって直立を維持するように、本来は不安定なはずの磁場と真逆の向き(エネルギーが最も高い山の頂上の状態)』でスピンを安定して保持(動的安定化)できるようになる。

図2. 動的安定化が生じる過程におけるスピンの方位分布の計算結果。青線がスピンゆらぎの時間変化で、その密度がゆらぎの確率分布に対応する。電流値が(a) 0.1 mA、(b) 4.1 mAおよび(c) 7 mAの結果であり、4.1 mAではスピンのゆらぎが最大化されている。

図3. 等方性磁石の特性を取り入れた制限ボルツマンマシンによる画像生成の例。(a) Fashion-MNIST の訓練データ、(b) バイナリ変数および (c) 連続変数の画像生成結果。連続変数の方が、訓練データの特徴を捉えた画像を生成している。
謝辞
本研究は、JSPS科研費(JP21K13886, JP24K00576, JP23H00232, JP22H04965, JP24H02231, JP25H00837)、JST さきがけ(JPMJPR20LB)、JSPS二国間交流事業共同研究(JPJSBP120245708)、文部科学省次世代X-nics半導体創生拠点形成事業(JPJ011438)、東北大学・外国人研究者招聘フェローシップ制度、東北大学金属材料研究所・GIMRTプロジェクトおよび先端エネルギー材料理工共創研究センター(E-IMR)の支援を受けて実施されました。
用語解説
- 注1. 制限ボルツマンマシン
- 複雑な組合せ最適化問題や確率的生成モデルでの学習に利用可能なニューラルネットワーク。可視層と隠れ層という二つの層からなる制限ボルツマンマシンは、同じ層内(可視層同士・隠れ層同士)には結合がないという「制限」を加えることで、一般のボルツマンマシンよりも学習や推論が計算的に扱い易くなる。
- 注2. 磁気異方性
- 磁石(強磁性体)のスピンが特定の方向を向きやすい性質。強磁性体の結晶の対称性、異種物質との界面、物質の形状など様々な起源で生じる。今回の研究では、薄膜の形状に由来した異方性と界面由来の異方性を同程度にすることで、磁気異方性を抑制した。
- 注3. スピントルク
- 伝導電子の持つスピンと磁石のスピンの間に作用する量子力学的トルク。今回の研究では、W層内におけるスピンホール効果(電流とスピン角運動量の流れであるスピン流を変換する現象)を利用して、伝導電子のスピンを揃え、CoFeB層のスピンと相互作用させた。
- 注4. 磁気トンネル接合素子
- 強磁性層 / トンネル障壁層 / 強磁性層からなる素子で、スピンに依存したトンネル確率の変化により両強磁性層の磁化配置によって抵抗が変化する。CoFeB / MgO / CoFeBの積層構造が現在の磁気トンネル接合素子に多く用いられている。
論文情報
| タイトル: | Dynamical stability by spin transfer in nearly isotropic magnets |
|---|---|
| 著者: | Hidekazu Kurebayashi, Joseph Barker, Takumi Yamazaki, Varun K. Kushwaha, Kilian D. Stenning, Harry Youel, Xueyao Hou, Troy Dion, Daniel Prestwood, Gerrit E. W. Bauer, Kei Yamamoto, and Takeshi Seki |
| 掲載誌: | Nature Materials |
| DOI: | 10.1038/s41563-026-02510-z![]() |
問い合わせ先
研究に関すること
東北大学金属材料研究所
教授 関 剛斎
| Tel: | 022-215-2095 |
|---|---|
| E-mail: | takeshi.seki@tohoku.ac.jp |
報道に関すること
東北大学金属材料研究所
情報企画室広報班
| Tel: | 022-215-2144 |
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| E-mail: | press.imr@grp.tohoku.ac.jp |
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
総務部 報道課
| Tel: | 070-1460-5723 |
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| E-mail: | tokyo-houdouka@jaea.go.jp |



