マイクロ流体デバイスで哺乳類の大脳皮質を模倣した神経回路の再現に成功
マイクロ流体デバイスで哺乳類の大脳皮質を模倣した神経回路の再現に成功
~脳機能を解明するツールへの応用に期待~
発表のポイント
- 神経細胞をマイクロ流体デバイス注1で培養することで、哺乳類の大脳皮質の配線構造を模倣した神経回路を人工的に再現しました。
- デバイスの形状を制御することで、同期する神経細胞(ニューロン)の集合体である神経アンサンブル注2を培養細胞に保持させ、外部からの信号に柔軟に反応して状態を変化させることに成功しました。
- 脳の学習や記憶のメカニズムを明らかにするための新たなモデル系としての応用が期待されます。
概要
哺乳類の大脳皮質では神経アンサンブルと呼ばれる同期的に活動する多数の神経細胞がある特定の情報を表現していると言われています。神経アンサンブルは外部からの入力などにより書き換わり、それが長期的に持続することが学習・記憶の基盤となっていると考えられていますが、これまで培養細胞を使ってそのプロセスを調べることは難しいと言われてきました。
東北大学電気通信研究所の室田白馬大学院生(大学院工学研究科)、山本英明准教授(材料科学高等研究所 (WPI-AIMR) ・大学院工学研究科兼務)、平野愛弓教授(同)らの研究チームは、微細な3次元構造を持つマイクロ流体デバイス上でラットの神経細胞を培養し、神経アンサンブルの発現や書き換えを調べるための実験系を構築しました。そして、デバイスの3次元構造を調整することで、神経アンサンブルの多様性を制御できることを明らかにしました。さらに、生体脳のような多様な神経アンサンブルを示す神経回路では、外部入力によって神経アンサンブルを書き換えられることを実験で示しました。本研究は、学習・記憶機能のメカニズムを調べるための新しい実験モデルなどとしての応用が期待されます。
本研究成果は、2024年11月23日付けで科学誌 Advanced Materials Technologies にオンライン掲載されました。
詳細な説明
研究の背景
哺乳類の脳では知覚、認知、運動などの重要な機能は主に大脳皮質と呼ばれる領域が担っています。ここでは神経アンサンブルと呼ばれる同期的に活動する多数の神経細胞が、個別の情報を表現しており、これらが外部からの信号入力によって書き換えられ、長期的に保持されることで、学習や記憶が実現すると考えられています。
神経アンサンブルの機能を調べるためには、生きた動物モデルを用いる手法が主流ですが、脳内の複雑で大規模な神経回路における相互作用を解析するのは容易ではありません。一方で、シャーレ上などで培養された神経細胞のようにシンプルで小規模な実験モデルを用いることで、脳の学習や記憶のメカニズムを効率的に解明できる可能性があります。しかし、これまでは、培養系で神経アンサンブルの機能を調べられる有効な実験系が存在しませんでした。
今回の取り組み
研究チームは、微細な3次元構造を持つマイクロ流体デバイスを用いて大脳皮質の配線構造を模倣した培養神経回路を作製し、神経アンサンブルの機能を調べるための新しい実験系を構築しました(図1)。この神経回路では、細胞同士がデバイス内のトンネル状の構造のマイクロチャネル注3を介して接続されており、これの断面積を調整することで細胞間の繋がりの強さを制御できます。
本研究では、マイクロチャネルの断面積を2.2、3.4、3.7、5.5、44.5 µm2の5段階で作製した結果、断面積が小さく、特にチャネルの高さが低いデバイスで培養された神経回路ほど、活動が非同期的になり、多様な神経アンサンブルを保持することが分かりました。また、神経回路の一部を刺激して誘発された活動を詳細に解析した結果、断面積の小さいマイクロチャネルでは細胞間の繋がりが弱くなり信号伝搬が抑制されることが、この現象の要因であることが明らかになりました。さらに、このような神経回路に外部から刺激入力を繰り返し与えることで、その回路に保持されていた神経アンサンブルを可塑的に変化させることに成功しました(図2)。
このように、マイクロ流体デバイスを用いて培養細胞の成長を制御することで、従来観察が困難であった生理現象を培養系で再現することが可能となりました。このような実験系は、学習・記憶機能のメカニズムを調べるための新しい実験モデルなどとして、神経回路の安定性や可塑性注4に関する知見をもたらすことが期待されます。
今後の展開
今後は、今回構築した細胞操作技術を発展させて、あらかじめ設計した特定の神経アンサンブルの書き込みや読み出しが可能な培養系の実現を目指します。この取り組みにより、神経回路が持つ学習・記憶機能の理解が深まるだけでなく、脳機能障害を調べるための実験モデルとしての応用も期待されます。また近年、培養細胞や、臓器や組織を模倣した3次元構造体のオルガノイドを新たな計算リソースとして活用する新しい研究も注目されており、本技術はこうした研究において、神経細胞ネットワークの状態を精密に制御する新たな手法として貢献できる可能性があります。
図1. マイクロ流体デバイス上に培養した神経細胞
図2. マイクロチャネルの断面積が小さい神経回路は多様な神経アンサンブルを保持し、外部からの刺激入力で神経アンサンブルが変化する。 (チャネル断面積3.7 µm2)
謝辞
本研究の一部は、科研費・学術変革領域研究(A)「脳神経マルチセルラバイオ計算の理解とバイオ超越への挑戦(略称:バイオ超越)」(JP24H02332, JP24H02334)、科研費・学術変革領域研究(B)「脳神経マルチセルラバイオコンピューティング(略称:多細胞バイオ計算)」(JP21H05164)、科研費(JP22H03657, JP22K19821, JP22KK0177, JP23H00251, JP23H02805, JP23H03489)、JST-CREST(JPMJCR19K3)、東北大学人工知能エレクトロニクス卓越大学院プログラム、東北大学電気通信研究所共同プロジェクト研究の助成の下で行われました。本論文は「東北大学2024年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業」によりOpen Accessとなっています。
用語解説
- 注1. マイクロ流体デバイス
- マイクロスケールの微細な3次元構造が組み込まれた小型のデバイス。
- 注2. 神経アンサンブル
- 同期的に活動する神経細胞の集団。哺乳類の大脳皮質ではこれが一つのユニットとなってある特定の情報を表現すると考えられている。
- 注3. マイクロチャネル
- マイクロ流体デバイス内のトンネル状の微細な構造。内部を神経細胞の突起が伸びることで、神経細胞同士が接続して回路が形成される。
- 注4. 可塑性
- 神経回路の構造や機能が、経験や環境、学習によって変化すること。
論文情報
タイトル: | Precision Microfluidic Control of Neuronal Ensembles in Cultured Cortical Networks (マイクロ流体デバイスを用いた培養大脳皮質神経回路上の神経アンサンブルの精密制御) |
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著者: | Hakuba Murota, Hideaki Yamamoto, Nobuaki Monma, Shigeo Sato, Ayumi Hirano-Iwata |
掲載誌: | Advanced Materials Technologies |
DOI: | 10.1002/admt.202400894 |
問い合わせ先
研究に関すること
東北大学電気通信研究所
(兼)東北大学材料科学高等研究所 (WPI-AIMR)
(兼)東北大学大学院工学研究科
准教授 山本 英明
Tel: | 022-217-6102 |
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E-mail: | hideaki.yamamoto.e3@tohoku.ac.jp |
報道に関すること
東北大学電気通信研究所
総務係
Tel: | 022-217-5420 |
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E-mail: | riec-somu@grp.tohoku.ac.jp |