ペロブスカイト型酸化物中への窒素導入形態の定性・定量分析に成功

2024年07月02日

国立大学法人東北大学
佐賀県立九州シンクロトロン光研究センター

ペロブスカイト型酸化物中への窒素導入形態の定性・定量分析に成功

─ 高性能な可視光応答型光触媒開発の後押しに ─

発表のポイント

  • 東北大学が独自開発した超高温・高感度昇温脱離(TPD)装置(注1)を用いて、可視光に応答する光触媒として応用が期待されているペロブスカイト型酸化物(注2)中にドープ(添加)された窒素種の分析を行いました。
  • 従来法では困難な窒素ドーパント(注3)の導入形態の違いを識別することに成功しました。
  • 可視光応答する窒素ドープペロブスカイト型光触媒の開発を加速させることが期待されます。

概要

防汚や抗菌効果を持つ光触媒材料は環境浄化システムとして利用されています。従来型の光触媒である酸化チタンは紫外線下で働くため、屋内など紫外線が弱い場所では十分な効果を発揮しません。そのため可視光でも機能する光触媒材料が求められています。窒素ドープペロブスカイト型酸化物は、可視光応答性の光触媒として高い特性が得られることから注目されています。この際、ドーパントである窒素は酸化物格子間に侵入したり、酸素と置換されたりするなど、様々な形態で存在します。そのような窒素の導入形態は光触媒性能に直結するため、精密な定性・定量分析法の確立が極めて重要です。しかしながら、従来法として用いられるX線光電子分光法(XPS)(注4)は表面近傍の情報しか得られず、材料内部の窒素の状態を調べることはできません。また、異なる窒素の導入形態の判別も困難でした。

東北大学多元物質科学研究所大学院生の清水俊介氏、吉井丈晴助教、大学院生の西川銀河氏(当時)、大学院生のJingwen Wang氏(当時)、Shu Yin教授、同大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)の西原洋知教授、佐賀県立九州シンクロトロン光研究センターの小林英一主任研究員らからなる研究グループは、東北大学が独自に開発してきた超高温・高感度TPD装置を用いて、ペロブスカイト型酸化物中の窒素ドーパントの定性・定量分析に成功しました。TPD法により、従来法であるXPSのみでは判別困難な、材料内部の窒素の導入形態の違いを見分けることができます。本技術により、窒素の導入形態がより詳細に分析可能となり、高性能な窒素ドープペロブスカイト型光触媒の開発が加速されることが期待されます。

本研究成果は2024年6月27日(グリニッジ標準時)、化学分野の専門誌Chemical Scienceに掲載されました。

詳細な説明

研究の背景

光触媒は、環境浄化や防汚・防曇・殺菌などの用途、さらには水分解による水素製造や光―電気エネルギー変換デバイスの材料としても注目されています。ペロブスカイト型光触媒であるチタン酸ランタン(La2Ti2O7)は、高い安定性と強い酸化還元能を有することなどから、有望な光触媒として期待されています。とりわけ、窒素をドープしたLa2Ti2O7は、可視光下で利用可能であることから注目されています。この際、ドーパントである窒素は酸化物格子間に侵入したり、酸素と置換されたりするなど、様々な形態で存在します。このような、窒素の導入形態が光触媒性能に大きく影響することが知られています。したがって、La2Ti2O7中の窒素ドーパントを精密に定性・定量分析することは、高効率な光触媒開発において非常に重要です。

本研究グループは、炭素材料分析用の超高温TPD装置を独自開発してきました(参考文献1)。TPD法は試料の加熱によって脱離したガス種を検出する方法です。TPD装置を用いて炭素材料にドープされた窒素の全量だけでなく、その化学結合状態を高精度かつ超高感度で決定してきました。

今回の取り組み

本研究では、東北大学が開発した超高温TPD装置を酸化物分析に適した装置構造へ改良することで、酸化物バルク中にドープされた窒素の導入形態を見分けつつ定量することに成功しました。

まず、分析のモデル材料として、窒素ドープLa2Ti2O7ナノ粒子を異なる手法で2種合成しました。白色で可視光下での光触媒活性が低いLa2Ti2O7_Aと、灰色で高い光触媒活性を示すLa2Ti2O7_Bを準備しました(図1(a)および(b))。従来法であるXPS分析法では、両者の光触媒活性が大きく異なるにも関わらず、399 eV付近にピークトップを持つ類似したスペクトルが得られました(図1(c)および(d))。一方、TPD法を用いて分析すると、図1(e)および(f)で示すように、窒素由来の脱離ガス種とその脱離温度が全く異なることが分かりました。La2Ti2O7_Aでは、一酸化窒素(NO)と窒素(N2)が400 ℃付近で脱離したのに対し、La2Ti2O7_BではN2のみが700 ℃から1400 ℃の高温域で脱離しました。よって、TPD法を用いることで、窒素の導入形態の違いをより明確に観測できることが分かりました。また、それぞれの試料から脱離した全窒素量を算出すると、CHN元素分析法(注5)により求めたLa2Ti2O7_AおよびLa2Ti2O7_B中の窒素量とよく一致しました。このことからTPD法により、ナノ粒子試料全体の窒素が正確に定量されたことが分かりました。


図1. (a)La2Ti2O7_Aと(b)La2Ti2O7_Bの試料写真。(c)La2Ti2O7_Aと(d)La2Ti2O7_BのXPSスペクトル。(e)La2Ti2O7_Aと(f)La2Ti2O7_BのTPDプロファイル。

さらに、XPS法、X線吸収分光法(XAS)(注6)、赤外分光法(注7)を用いた包括的な分析により、TPD法におけるLa2Ti2O7_AおよびLa2Ti2O7_B中の窒素の脱離過程を詳細に検討しました。その結果、脱離したガスの種類と温度の情報から、酸化物中での窒素の導入形態を識別可能であることが示されました。具体的には、図1(e)で見られたN2およびNOの脱離は、La2Ti2O7_Aに含まれる有機窒素不純物に由来することが分かりました。一方、図1(f)で見られたN2の脱離は、酸化物格子間に侵入した「格子間窒素」および酸化物格子中の酸素を置換した「置換型窒素」に割り当てられることが分かりました。これらは脱離温度域が異なるため、脱離温度により識別することが可能です。格子間窒素は図1(f)中のFit Peak 1に、置換型窒素はFit Peak 2に対応します。以上のように、TPD法を用いることで窒素種の導入形態を見分けつつ個別定量が可能であることが明らかになりました。

今後の展開

今後、TPD法が、XPS法などの従来法と相補的に使用されることで、材料内部も含めた窒素の導入形態がより詳細に分かるようになり、窒素ドープペロブスカイト型光触媒開発の加速が期待されます。さらに、TPD法によって分析できる元素は窒素に限定されません。水素、炭素、硫黄、リン、フッ素などの軽元素を酸化物中にドープすることで、様々な物性・機能発現が報告されています。TPD法は、これらの評価手法としても利用できる可能性があり、学術と産業の両面で有用な分析手法として期待されます。

参考文献

謝辞

本研究は、JST さきがけ(JPMJPR23QA)、JST SICORP(JPMJSC2112)、科学研究費補助金(JP16H06439、JP20H00297)、「人・環境と物質をつなぐイノベーション創出ダイナミック・アライアンス」の共同研究プログラムの支援を受け実施しました。また、XAS分析は佐賀県立九州シンクロトロン光研究センターのBL12の放射光を用いて実施されました(No. 137-2301111P)。

用語解説
注1. 昇温脱離(TPD)装置
試料を加熱し、脱離した化学物質を質量分析計により同定する分析手法(Temperature Programmed Desorption法、TPD法)を用いる装置。東北大学では2100 ℃まで昇温可能な装置を独自開発し、炭素材料中の窒素種を10 ppmレベルの高精度で分析可能とした。詳細は参考文献1を参照。
注2. ペロブスカイト型酸化物
結晶構造の一種であるペロブスカイト構造を有する酸化物。
注3. ドーパント
半導体などの物質中にドープ(添加)された異種元素のこと。
注4. X線光電子分光法(XPS)
試料にX線を照射することで放出される電子(光電子)の運動エネルギーを測定し、試料に存在する元素の種類・存在量および化学結合状態を解析する手法。表面敏感な分析手法であることを特徴とする。
注5. CHN元素分析法
試料中の炭素(C)、水素(H)、窒素(N)を定量する分析法。試料を酸素雰囲気下で燃焼し、発生したガスを還元することで生じる二酸化炭素(CO2)、水(H2O)、窒素(N2)を定量することで、試料中のC,H,N含有量に換算する。
注6. X線吸収分光法(XAS)
試料にX線を照射し、X線の吸収率を測定する手法。特定の元素の内殻電子を非占有状態へと遷移させることで、元素選択的に電子状態を調べることができる。測定には高強度のX線が必要なため、一般的に加速器が生み出す放射光を用いて測定される。
注7. 赤外分光法
試料に赤外光を照射し、その透過または反射光を分光し吸収スペクトルを取得する手法。試料の化学構造を計測できる。

論文情報

タイトル: Unlocking the chemical environment of nitrogen in perovskite-type oxides
著者: Shunsuke Shimizu, Takeharu Yoshii*, Ginga Nishikawa, Jingwen Wang, Shu Yin, Eiichi Kobayashi, and Hirotomo Nishihara*
掲載誌: Chemical Science
DOI: 10.1039/d4sc01850h新しいタブで開きます

問い合わせ先

研究に関すること

東北大学多元物質科学研究所
(兼)材料科学高等研究所(WPI-AIMR)
助教 吉井丈晴(研究者プロフィール

Tel: 022-217-5627
E-mail: takeharu.yoshii.b3@tohoku.ac.jp

報道に関すること

東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR) 広報戦略室

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E-mail: aimr-outreach@grp.tohoku.ac.jp