機械学習活用による量子ドットの電荷状態推定と可視化に基づく更なる性能改善を実証
機械学習活用による量子ドットの電荷状態推定と可視化に基づく更なる性能改善を実証
─ 量子コンピューターの大規模化への貢献に期待 ─
発表のポイント
- 半導体量子ドット(注1)の電荷状態を調べられる電荷状態推定器を、人工知能(AI)に含まれる機械学習の手法で、画像の特徴抽出などに用いる畳み込みニューラルネットワーク(CNN)(注2)によって実現しました。
- これまでブラックボックスとなっていた電荷状態推定器の判断根拠を可視化でき、推定器の性能改善の指針となることを示しました。
- この推定器を活用することで半導体スピン量子ビット(注3)のパラメーターを自動で調整できることが期待されます。将来的に多数の量子ビットを人の手で調整することが難しくなる場合でも、本技術が自動調整を可能にし、量子コンピューターの大規模化に貢献することが期待されます。
概要
集積性や既存の半導体技術との親和性の高さなどの観点から、半導体スピン量子ビットは量子コンピューター(注4)の構成要素として期待されています。大規模な量子コンピューターに向けては、多数の量子ビットを連動させ、制御する必要がありますが、その際に制御パラメーター調整の自動化が重要です。
東北大学大学院工学研究科の武藤由依大学院生(電気通信研究所所属)、同大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)の篠﨑基矢特任助教と大塚朋廣准教授(電気通信研究所兼任)、同大学未踏スケールデータアナリティクスセンターの志賀元紀教授(大学院情報科学研究科兼任)らは、2つの量子ドットが静電的に結合した二重量子ドットのシミュレーションデータをCNNに学習させることで、電荷状態の自動推定器を実現し、実際の実験データにおける電荷状態推定を実証しました。またGrad-CAM(Gradient-Weighted Class Activation Mapping)(注5)と呼ぶ技術を用いることで、推定器の判断根拠を可視化し、更なる性能改善が可能であることを実証しました。今後は本推定手法とパラメーターの自動最適化手法を組み合わせて量子ドット調整自動化を進め、量子コンピューターの大規模化に貢献することが期待されます。
本研究成果は、2024年4月15日(現地時間)に米国物理学協会の専門誌APL Machine Learningにオンライン掲載されました。
詳細な説明
研究の背景
量子コンピューター実現に向け様々な固体量子ビットが研究されている中で、特に半導体スピン量子ビットは集積性や従来の半導体技術との親和性の観点から期待されています。
半導体スピン量子ビットでは、量子ドットと呼ばれる電子の箱の中に閉じ込めた電子のスピン状態をデータの最小単位であるビットとして扱います。量子ドットをこのようなビット状態に設定するためには、デバイス上に配置された複数のゲート電極電圧をうまく調整する必要があります。これまでこの調整は熟練の実験者による人力作業で行われてきました。
しかし将来の大規模量子コンピューターの実現に向けて、今後さらに量子ビットの数を増やしていく上では、調整する量子ビットの数が増えるほど制御しなければならないパラメーターが増えてしまい、調整が複雑化します。これにより調整完了までに時間がかかってしまう、もしくは調整自体が不可能になってしまうことが懸念されているため、このパラメーター調整を自動化することが課題となっていました。
今回の取り組み
研究グループは、二重量子ドットにおける電荷状態の自動推定を実証しました。二重量子ドットにおいてスピン量子ビットを作るためには、各量子ドット中の電子数を1にする必要があります。この電子数を確認するための手法として、電荷センサがあります。この電荷センサを用いて電荷状態安定図(注6)を取り、図中から各量子ドットで電子数が1となるゲート電圧値の組み合わせを見つけ出し、その電圧値に調整します。この調整を自動化するためには、電荷状態安定図の各領域で電荷状態を推定する推定器が必要です。そこで本研究ではCNNを用いて、電荷状態安定図中に表れる電荷遷移線(注7)と呼ばれる線の表れ方の違いをもとに電荷状態を分類できる推定器を構築しました。
推定器のための学習データはConstant Interaction model(CI model)による軽量なシミュレーションモデルを使って用意しました。そしてデータの簡単化やノイズ耐性付与のための前処理を施し、CNNに学習させることで推定器を構築しました(図1(a))。
次にこの推定器を用いて実験データの電荷状態推定を行いました(図1(b))。推定器に推定させた結果、ほとんどの電荷状態は比較的推定がうまくできた一方で、ある電荷状態については間違いが他より多く目立つという結果になりました。
この原因を考察するために、ブラックボックスであった推定器の判断根拠をGrad-CAMを用いて可視化しました。まずは推定が比較的うまくできていた電荷状態の図を可視化すると、推定器は電荷遷移線に着目して電荷状態を判断していることが分かりました(図2)。これは人間と同じ判断根拠です。このことから推定器は、人による電荷状態推定の際の動作をうまく再現できていると言えます。
次に推定ミスが多かった電荷状態についても同様に可視化すると、偶然連なったノイズの箇所がGrad-CAMにより色濃く強調されており(図3上)、推定器はこれを電荷遷移線と見間違えていた可能性があります。そこで、学習データ数を工夫して推定器を再構築しました。その結果、間違いが多かった電荷状態の推定精度を改善でき、その他の電荷状態についても変わらず良い推定結果となりました(図3下部)。
今回用いた実験結果では約93%の精度が得られ、そのエラーのほとんどは電荷状態の境界近傍に集中しています。このような境界近傍における多少のエラーは今後行うパラメーター最適化の際にはあまり障害にならないと考えられます。これらの結果はスピン量子ビットのためのパラメーター自動調整の可能性を切り拓くものとなります。また、これまでブラックボックスとなっていた判断根拠を可視化することで、推定器の性能改善の指針となることを実証しました。
今後の展開
本研究で提案した手法により、二重量子ドットの電荷状態安定図から電荷状態を自動的に推定する推定器を得ることができました。この推定器を活用することで半導体スピン量子ビットのためのパラメーター自動調整を実現することができると考えられます。さらにこの手法を発展させていくことで、将来的には人力での調整が困難なレベルの大規模量子ビットにおけるパラメーター自動調整の実現が期待されます。
図1. (a) 電荷状態推定器学習までの流れ。CNNの学習データはCIモデルによるシミュレーションで用意。データに前処理を施し簡単化・ノイズ付与したものをCNNに学習させることで推定器を構築。(b) 実験データの電荷状態を推定するまでの流れ。こちらも前処理を施してから推定器に入力し、電荷状態推定を行う。
図2. 電荷状態推定の結果が正解だった領域の判断根拠をGrad-CAMで可視化した図。電荷遷移線の箇所が色濃く強調されている。
図3. (上) 推定ミスが多かった電荷状態における不正解領域の判断根拠を可視化した図。ノイズが偶然連なった箇所が色濃く強調されており、電荷遷移線と誤認している可能性が考えられる。 (下) 改善後の推定器による実験データの電荷状態推定結果。実験データ上に推定結果を色で表示している。十分な精度の推定器結果が得られた。
謝辞
本研究の一部は、JSPS科学研究費(JP20H00237, JP21K18592, JP23H04490, JP23H01789, JP23KJ0200)、東北大学人工知能エレクトロニクス卓越大学院プログラム、卓越研究員事業、および東北大学電気通信研究所共同プロジェクト研究等の支援を得て行われました。
用語解説
- 注1. 半導体量子ドット
- 電子が三次元的に閉じ込められた寸法が数十ナノメートル程度(nm:ナノは10億分の1)の半導体。量子箱とも言う。
- 注2. 畳み込みニューラルネットワーク(CNN)
- 掛け算の結果を順次加算する畳み込み演算(積和演算)により、画像から様々な特徴を抽出するためのネットワーク。画像分類等に用いられる。
- 注3. 半導体スピン量子ビット
- 量子コンピューターの計算素子である量子ビットの実装法の1つ。量子ドット中に電気的に閉じ込められた電子のスピンをビットとして活用する。
- 注4. 量子コンピューター
- 量子力学の現象を情報処理技術に適用し、従来型の古典コンピューターでは容易に解くことのできない複雑な計算をこなすことができるコンピューター。
- 注5. Grad-CAM(Gradient-Weighted Class Activation Mapping)
- CNNによる画像分類の予測時に、画像中で重要な特徴領域を可視化する技術。
- 注6. 電荷状態安定図
- 量子ドットのゲート電極電圧を変化させたときの電荷状態を表す図。各量子ドット中の電子数に応じてセンサ信号が変化するので、この図を確認することでゲート電極電圧を操作した際の各量子ドット中の電子数が分かる。
- 注7. 電荷遷移線
- 電荷状態安定図中で、量子ドット中の電子数が変化した際に電荷センサ信号が変わることによって、電荷状態が遷移する地点を示す線。
論文情報
タイトル: | Visual explanations of machine learning model estimating charge states in quantum dots (量子ドット電荷状態を推定する機械学習モデルの判断根拠可視化) |
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著者: | Yui Muto, Takumi Nakaso, Motoya Shinozaki, Takumi Aizawa, Takahito Kitada, Takashi Nakajima, Matthieu R. Delbecq, Jun Yoneda, Kenta Takeda, Akito Noiri, Arne Ludwig, Andreas D. Wieck, Seigo Tarucha, Atsunori Kanemura, Motoki Shiga, and Tomohiro Otsuka* |
掲載誌: | APL Machine Learning |
DOI番号: | 10.1063/5.0193621 |
問い合わせ先
研究に関すること
東北大学 材料科学高等研究所(WPI-AIMR)
(兼)東北大学 電気通信研究所
(兼)東北大学 大学院工学研究科
(兼)東北大学 Tohoku Quantum Alliance (TQA)
(兼)東北大学 先端スピントロニクス研究開発センター
准教授 大塚 朋廣(研究者プロフィール)
Tel: | 022-217-5509 |
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E-mail: | tomohiro.otsuka@tohoku.ac.jp |
報道に関すること
東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR) 広報戦略室
Tel: | 022-217-6146 |
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E-mail: | aimr-outreach@grp.tohoku.ac.jp |