レアメタルを用いない新しい燃料電池用触媒デザインを提案
レアメタルを用いない新しい燃料電池用触媒デザインを提案
─ 高い触媒活性も確認、水素社会の発展に期待 ─
発表のポイント
- レアメタルの代わりに資源豊富な鉄を使った、燃料電池の正極における酸素還元反応(Oxygen Reduction Reaction, ORR)(注1)用の高活性な金属錯体触媒を発見しました。
- 炭素上に吸着した触媒が独特の「ダンスパターン」を形成することを計算実験から予測しました。
- 触媒活性の分子構造・電位・pH依存性を実験的・理論的に予測しました。
- 白金炭素(Pt/C)に替わる触媒探索を行った本研究は、より高性能・低環境負荷・低コストな燃料電池の開発に貢献することが期待されます。
概要
持続可能な発展を実現する水素社会において、燃料電池は中心的な役割を果たすことが期待されています。燃料電池の正極で起こる酸素還元反応(Oxygen Reduction Reaction, ORR)は燃料電池の性能を決定する支配要因であり、その反応効率を向上させる触媒として白金炭素(Pt/C)が用いられています。しかしながら資源制約や地政学的理由、そして高コストであることから、白金(Pt)を用いない触媒が求められていました。
東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)のHao Li(ハオ リー)准教授(ジュニア主任研究者)と藪浩教授(主任研究者、同研究所水素科学GXオープンイノベーションセンター副センター長)、北海道大学、及びAZUL Energy株式会社(仙台市、伊藤晃寿社長)からなる研究グループは、高価なPtを用いないM-N-C触媒(注2)の一種で青色顔料として知られる金属アザフタロシアニン誘導体触媒(注3)を合成しました。その触媒活性を水素イオン濃度(pH)に対して系統的に測定し、電場とpHの効果を組み合わせたシミュレーションで性能をベンチマークすることで、実験・理論の両面から高い触媒活性を示すORR触媒の探索指針を見出しました。
本研究成果は、現地時間の3月15日に英国化学会の雑誌であるChemical Science誌のオンライン速報版に掲載されました。
図1. 「ダンスパターン」を示す触媒の分子構造と炭素上での吸着構造。それぞれの分子の外縁部についた官能基の違いが起こす、炭素上の吸着パターンの変化を明らかにした。
詳細な説明
研究の背景
水素社会の実現において燃料電池は中心的な役割を果たすエネルギーデバイスの一つです。燃料電池の正極で起こる酸素還元反応(Oxygen Reduction Reaction, ORR)は燃料電池の性能を左右する重要な反応で、その効率を向上させる触媒として白金炭素(Pt/C)が用いられています。しかしながら資源制約や地政学的理由、高コストであることから、Pt/Cの代替触媒が求められていました。
白金ナノ粒子をカーボンブラックに担持したPt/C代替触媒として金属を窒素原子で錯体化し、炭素中に導入したM-N-C触媒が注目されています。その中でもM-N-C構造を分子内に有する金属フタロシアニン誘導体は、分子設計可能なことから、次世代のORR触媒として期待されています。
藪教授らの研究グループは、金属フタロシアニン誘導体の一種である鉄アザフタロシアニンを炭素に担持することで、アルカリ条件で高い活性を示す代替触媒の開発に成功しています(参考文献1)。実デバイスへ応用するには、更なる触媒活性向上や、異なるpH条件で高い活性を示す触媒を探索する必要があります。しかしながら材料の構造とその化学活性を結びつけることが難しく、分子設計は困難でした。
Hao Li准教授らの研究グループでは、これまでpH依存性マイクロキネティックモデル(注4)と、電場-pH連動シミュレーションを用いて、様々な電気化学触媒の活性をシミュレーションし、その活性の電場依存性・pH依存性を明らかにしてきました(参考文献2)。
本研究は、藪教授とHao Li准教授の研究グループによる共同研究です。多種の鉄アザフタロシアニン(Fe-AzPc)の誘導体を合成し、電場とpHが制御された環境においてその触媒活性の測定を行いました。触媒効果の変化をシミュレーション(第一原理計算)で系統的にベンチマークすることで、実験・理論を組み合わせた高性能な触媒性能を有するORR触媒の探索を目的としました。
今回の取り組み
本研究では、まず様々な置換基を持つ金属アザフタロシアニン誘導体を合成し、酸性・アルカリ性の各pHでそのORR活性を測定しました。その結果、アルカリ性では比較的どの触媒も高い活性を示した一方で、酸性では触媒置換基の差が大きくなることが判明しました(図2)。
電場とpH効果を組み合わせた新しい方法を用いて、Fe-AzPcの燃料電池における性能をベンチマークしました。今回合成したFe-AzPc誘導体は特徴的な長い置換基を有しています。この置換基は炭素上に吸着すると、二次元幾何学構造から離れ、まるで舞台上の「ダンサー」のような三次元立体構造をとることが明らかとなりました(図1)。
このような構造は異なるpH下でのORR効率に大きな影響を与えると考えられますが、従来の単純な理論計算では構造特性と性能との相関を明らかにすることは困難でした。本研究では、独自に開発したpH依存性マイクロキネティックモデリングと、電場-pH連動シミュレーションを行い、炭素担持Fe-AzPcsの周囲機能基を変えて、pH依存性のORR性能を分析しました。特に今回は650以上の原子を持つ複雑な長鎖「ダンスパターン」を備えた大きな分子構造を理論計算に取り込み、それらのORRでの性能を分析することに成功しました(図3)。
実験的なORRデータとの比較から、pH-電場連動マイクロキネティックモデリングが、Fe-AzPc触媒における様々なpHレベルでの観測されたORR効率と非常によく一致することが示されました(図4)。中でもFeサイトでの電荷移動を評価することが、適切な置換基を選定する上で実用的なアプローチであることが示唆されました。これらの結果から、実験・理論を組み合わせることで、高活性なORR触媒を探索する指針を得ることができました。
今後の展開
本研究で明らかになったORR触媒の分子設計指針をベースにすることで、より高性能な触媒設計が可能になります。これらの触媒をPt/Cの代替触媒として活用することで、より高性能で低環境負荷・低コストな燃料電池の実現につながることが期待されます。
参考文献
- H. Yabu*, K. Nakamura, Y. Matsuo, Y. Umejima, H. Matsuyama, J. Nakamura and K. Ito “Pyrolysis-free Oxygen Reduction Reaction (ORR) Electrocatalysts Composed of Unimolecular Layer Metal Azaphthalocyanines Adsorbed onto Carbon Materials” ACS Applied Energy Materials, 4(12), 14380-14389 (2021).
- C. Liu, Z. Yu, F. She, J. Chen, F. Liu, J. Qu, J. M. Cairney, C. Wu, K. Liu, W. Yang, H. Zheng, Y. Chen, H. Li and L. Wei, Heterogeneous molecular Co–N–C catalysts for efficient electrochemical H2O2 synthesis, Energy Environ. Sci., 2023, 16, 446-459.
図2. 各触媒のORR活性を評価したリニアスイープボルタンメトリ(LSV)結果。電流が流れ出す電位が高い方が活性の高い触媒であることを示す。(a)pH=1、(b)pH=13。
図3. 理論計算から算出した異なるpH条件下での触媒活性比較。(a),(b)は異なる電位において触媒の活性を左右する反応中間体であるHO*の吸着エネルギーを示す。これを基に各触媒のpH=1,13での触媒活性をシミュレートした結果が(c), (d)。
図4. 実験と理論計算から得られた触媒活性の相関。異なるpH環境での結果がよく相関していることがわかる。
謝辞
本研究の一部はShanghai Jiao Tong University Outstanding Doctoral Student Development Fund、National Natural Science Foundation of China (No. 22309109)、日本学術振興会科学研究費基盤研究(A)(JP23H00301)・挑戦的研究(萌芽)(JP22K19077)、科学技術振興機構未来社会創造事業(JPMJMI22I5)、文部科学省マテリアル先端リサーチインフラ事業、東北大学金属科学研究所MASAMUNE-IMR (Project No. 202212-SCKXX-0204)、東京大学物性研究所、ヒロセ財団、WPI-AIMR Fusion Researchの支援を受けて行われました。
用語解説
- 注1. 酸素還元反応(Oxygen Reduction Reaction, ORR)
- 空気中の酸素を電気的に還元し、過酸化水素(H2O2)あるいは水酸化物イオン(OH-)に変換する反応。燃料電池や金属空気電池における放電時の正極反応であり、発電効率を決める重要な反応の一つ。反応を効率良く触媒するために通常はPt/C等が使用されている。
- 注2. M-N-C触媒
- Pt/Cにおける白金ナノ粒子の代わりに炭素網面中に窒素で錯化された遷移金属(特に鉄やコバルトなど)を導入することで、これらの金属がORR反応の触媒活性サイトになるように設計された炭素触媒。カーボンアロイ触媒の一種であり、金属錯体と炭素源となる高分子などを高温焼成することで得られる。
- 注3. 金属アザフタロシアニン誘導体触媒
- 青色顔料として知られる金属フタロシアニンのベンゼン環を窒素を含有するピリジン環に置換した分子であり、研究グループは特に鉄を中心金属として持つ鉄アザフタロシアニンがORR触媒として高い活性を示すことを以前の研究で明らかにしている(参考文献1)。
- 注4. マイクロキネティックモデル
- 密度汎函数理論(DFT)や遷移状態理論(TST)を組み合わせて、触媒反応における反応中間体の触媒への吸着状態や律速段階をシミュレートする理論モデル。
論文情報
タイトル: | Benchmarking pH-Field Coupled Microkinetic Modeling Against Oxygen Reduction in Large-Scale Fe-Azaphthalocyanine Catalysts |
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掲載誌: | Chemical Science |
著者: | Di Zhang, Yutaro Hirai, Koki Nakamura, Koju Ito, Yasutaka Matsuo, Kosuke Ishibashi, Yusuke Hashimoto, Hiroshi Yabu*, and Hao Li* *責任著者:東北大学材料科学高等研究所 准教授 Hao Li・教授 藪 浩 |
DOI番号: | 10.1039/D4SC00473F |
問い合わせ先
研究に関すること
東北大学材料科学高等研究所 (WPI-AIMR)
教授 藪 浩(やぶ ひろし)
Tel: | 022-217-5996 |
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E-mail: | hiroshi.yabu.d5@tohoku.ac.jp |
報道に関すること
東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR) 広報戦略室
Tel: | 022-217-6146 |
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E-mail: | aimr-outreach@grp.tohoku.ac.jp |