Liイオン電池より大容量で電圧を大幅に高めたレアメタルフリー空気電池を開発

2023年04月27日

国立大学法人東北大学
AZUL Energy株式会社

Liイオン電池より大容量で電圧を大幅に高めたレアメタルフリー空気電池を開発

補聴器などに限られた用途が電気自動車やドローンに拡大する可能性示す

発表のポイント

  • 白金触媒よりも高い重量活性を示す独自のレアメタルフリー空気電池用正極触媒を開発
  • 開発した触媒は白金触媒が劣化する強塩酸環境下でも高い触媒活性を維持できることを発見
  • 正極側に酸性電解質、負極側にアルカリ電解質を配置したタンデムセルにより、2 V以上の電圧(最大2.25 V)を発生させることに初めて成功

概要

亜鉛空気電池はその容量の大きさから、次世代エネルギーデバイスとして期待されています。しかしながら、亜鉛空気電池は電圧が1.4 V程度で、3.7 Vを発生するリチウムイオン電池などと比べて低く出力も小さいため、低出力で長時間駆動する補聴器など、限られた用途にしか用いられてきませんでした。

東北大学材料科学高等研究所の藪浩教授(主任研究者、同研究所水素科学GXオープンイノベーションセンター副センター長、研究当時同大学多元物質科学研究所兼任)ら、および東北大学発ベンチャーであるAZUL Energy株式会社(仙台市、伊藤晃寿社長)からなる研究グループは、独自に開発した正極触媒と酸性・アルカリ性電解質をタンデムに配置したセルを用いることにより、開放電圧が2 V以上で高い出力を有する亜鉛空気電池を実現できることを見出しました。本成果は電気自動車やドローンなどに金属空気電池を適用する際のボトルネックとなっていた電圧や出力不足の問題を解決する端緒を開く研究成果であると考えられます。

本研究成果は、現地時間の2023年4月24日に米国物理学会出版の新しい科学誌「APL Energy」のオンライン速報版に掲載され、本誌のFeatured Articleにも選ばれました。


図1. 本研究で開発したAZUL触媒電極と酸性・アルカリ性電解質タンデム型亜鉛空気電池セルの模式図、および出力・放電特性。

詳細な説明

1. 研究の背景

近年電気自動車(EV)やドローンなどの普及に伴い、大容量で高出力な電池の開発は走行・飛行距離の長距離化や電費の効率化の実現において重要な研究開発課題となっています。二次電池のエネルギー密度と出力密度の関係を示すラゴンプロット注1(図2)に示される通り、亜鉛空気電池に代表される金属空気電池はリチウムイオン電池(Lithium-Ion Battery, LIB)に比べ大きな容量を有することから、次世代のエネルギーデバイスとして期待されています。しかしながら亜鉛空気電池の電圧は1.4 V程度であり、3.7 VのLIBに比べ駆動電圧が低く出力も低いため、低出力で長時間駆動する補聴器など、限られた用途にしか用いられてきませんでした。そのため、上記のデバイスに金属空気電池を適用するためには、駆動電圧を上げ、高出力化することが求められてきました。

亜鉛空気電池の電圧は負極における亜鉛が電解液に溶解する電位と、正極における酸素還元反応(Oxygen Reduction Reaction, ORR)注2の電位差で決まります。補聴器などに用いられる強アルカリ電解質中では理論的には約1.9 V程度の電圧が生じますが、ORR反応は進みづらく、過電圧が大きいため、通常1.4 V程度の電圧しか出力できません。そのため、ORR反応活性の高い白金炭素(Pt/C)触媒などの貴金属触媒を用いて、電圧を上げる検討などがなされていますが、資源制約があり、高価な白金を使用するため代替触媒が求められていました。

一方、各電極における反応電位は用いる電解質の水素イオン濃度(pH)に強く依存します。横軸にpH、縦軸に反応電位をプロットしたPourbaix(プールベ)図注3(図3)によると、亜鉛の溶解電位はアルカリ条件下で最も低くなり、酸素の酸化還元電位は酸性条件下で最も高くなることがわかります。このことは、亜鉛負極側の電解液をアルカリ性に、正極側を酸性条件にすることが最も大きな電圧を与えることを示しています。

これまで研究グループでは、レアメタルフリーで高いORR活性を示す白金代替の高機能触媒「AZUL」(図1左)の開発を報告しています※1。本触媒は青色顔料の一種である鉄アザフタロシアニンを炭素上に分子吸着した電極触媒であり、アルカリ環境下でPt/Cに匹敵する性能を示すことが明らかとなっています。

そこで、正極にAZUL触媒を使用し、正極側に酸性電解質を、負極側にアルカリ電解質を設置できるタンデム型セルを作製することができれば、レアメタルフリーで高い出力電圧を持つ亜鉛空気電池が実現できるのではないかと考えました。

2. 研究内容と成果

研究グループはまずAZUL触媒単体の活性評価を行いました。リニアスイープボルタモグラム(LSV)測定結果から、触媒単体のORR活性を触媒回転頻度(TurnOver Frequency, TOF)注4で比較したところ、AZUL触媒は3.5~6.1倍Pt/Cよりも重量活性が高いことが判明しました(図4)。これは、同じ量の鉄アザフタロシアニンとPtを用いたとしても、AZULの場合鉄アザフタロシアニン分子一つが触媒活性点として機能するのに対し、Ptはナノ粒子化されており、表面に露出した原子しか反応に寄与できないためであると考えられます。

次に、AZUL触媒の亜鉛空気電池への適用性について検討を行いました。AZUL触媒とPt/C触媒を正極のカーボンシートに塗布し、3Dプリンタを用いてアルカリ電解質を用いた亜鉛空気電池セルを作製して出力特性と放電特性を評価したところ、AZUL触媒を用いた亜鉛空気電池セルは1/2〜1/3の触媒量でPt/Cと同等の性能を示すことがわかりました(図5)。この結果は正極触媒の高い重量活性を反映していると考えられます。

さらに、電解液室を二つにし、その界面をアニオン交換膜注5で隔てることで、酸性・アルカリ性電解質をタンデムに配置したタンデム型セルを作製し、AZUL触媒正極、Pt/C正極を用いた亜鉛空気電池を作製しました。酸性電解質として3.5 M 塩酸を、アルカリ性電解質として6.0 M 水酸化カリウム水溶液を用いて、出力特性と放電特性を評価したところ、AZUL触媒を用いたセルにおいて、開放電圧最大2.25 V、最大出力318 mW/cm2、最大容量1,139 mWh/g(Zn) (Wh/kg(Zn)、負極の亜鉛重量あたりの容量)を達成しました(図6)。これはこれまで報告されているレアメタルフリー正極触媒を用いた亜鉛空気電池の中で最も高電圧・高出力です。

また、Ptなどの貴金属は強塩酸水溶液中で塩化物となり分解するため、十分な触媒活性が得られず、性能が低下しやすいのに対し、金属錯体系の触媒分子を用いたAZUL触媒は強塩酸水溶液中でも安定であり、安定した放電特性を示しました。このことは、AZUL触媒が酸性環境下においてもレアメタルフリーの白金代替触媒として有効であることの証左となります。

今後、研究グループでは、セルのスタック化や大面積化などを通して、ドローンなどの輸送デバイスに適用可能な金属空気電池の開発を進めていく予定です。

説明図


図2. ラゴンプロット。横軸にエネルギー密度(容量)、縦軸に出力密度をプロットしている。

図3. Pourbaix(プールベ)図。横軸にpH、縦軸に反応電位をプロットしている。亜鉛の溶解((i), (iii), (v)の境界)と酸素と水の酸化還元電位(オレンジ線)がそれぞれ負極と正極における反応電位を示す。アルカリ性(a)、酸性(b)条件よりも、負極をアルカリ性、正極を酸性にすること(c)で大きな電位を取れることがわかる。

図4. 各触媒のTOF電位依存性とTOFの比。Pt/C(オレンジ線)に比較し、AZUL(青線)がどの電位においても高いTOFを示していることがわかる。黒線はそれぞれのTOFの比を示す。

図5. アルカリ電解質(6.0 M 水酸化カリウム水溶液)を用いた亜鉛気電池の模式図と写真(a)およびPt/C(b)、AZUL(c)を正極触媒に用いたセルの電流-電圧特性。

図6. タンデム型セルの模式図と写真(a)、Pt/CおよびAZULを正極触媒に用いたタンデム型セルの電流-電圧特性(b)および放電特性(c)。

参考文献

※1 H. Yabu*, K. Nakamura, Y. Matsuo, Y. Umejima, H. Matsuyama, J. Nakamura and K. Ito, “Pyrolysis-free Oxygen Reduction Reaction (ORR) Electrocatalysts Composed of Unimolecular Layer Metal Azaphthalocyanines Adsorbed onto Carbon Materials”, ACS Applied Energy Materials, 2021, 4(12), 14380-14389.

用語解説
注1)ラゴンプロット
エネルギーデバイスにおけるエネルギー密度(横軸)と出力密度(縦軸)の関係を示したグラフのこと。出力密度(W/kg)は、単位質量(kg)あたりどれだけのパワー(W)を引き出せるか、エネルギー密度(Wh/kg)は、単位質量(kg)あたりどれだけエネルギー(Wh)を蓄えられるかを示す。1968年に米国の冶金学者であるDavid V. Ragonが提案した。
注2)酸素還元反応(Oxygen Reduction Reaction, ORR)
空気中の酸素を電気的に還元し、過酸化水素(H2O2)あるいは水酸化物イオン(OH-)に変換する反応。燃料電池や金属空気電池における放電時の正極反応であり、発電効率を決める重要な反応の一つ。反応を効率良く触媒する為に通常はPt/C等が使用されている。
注3)Pourbaix(プールベ)図
水中における化学種の存在領域を電極電位とpHの2次元座標上に図示したもので、1938年にMarcel Pourbaixが発表した。
注4)触媒回転頻度(TurnOver Frequency, TOF)
一つの触媒サイト (活性点) にて単位時間あたりに基質を生成物に変換できる分子数を示す。電気化学反応においては、下の式で求められる。
電流値 [A·gcatalyst-1] = TOF [electrons·sites-1·s-1] X 触媒サイト密度 [sites·gcatalyst-1] X 電気素量 [C·electrons-1]
(今回の計算では触媒サイト密度に触媒分子あるいは原子密度を用いた。)
注5)アニオン交換膜
陰イオンを主に通す膜であり、水酸化物イオンや塩化物イオンなどを透過する。

論文情報

著者: Kosuke Ishibashi, Koju Ito, Hiroshi Yabu*
論文タイトル: Rare-metal-free Zn-Air Batteries with Ultrahigh Voltage and High Power Density Achieved by Iron Azaphthalocyanine Unimolecular Layer (AZUL) Electrocatalysts and Acid/Alkaline Tandem Aqueous Electrolyte Cells
雑誌名: APL Energy
DOI番号: 10.1063/5.0131602新しいタブで開きます

問い合わせ先

研究に関すること

東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)
教授 藪 浩(やぶ ひろし)

Tel: 022-217-5996
E-mail: hiroshi.yabu.d5@tohoku.ac.jp

報道に関すること

東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR) 広報戦略室

Tel: 022-217-6146
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