Physical Review B (オンライン版) にAIMRの研究成果が掲載

2023年02月06日

「ダビデの星」秩序を持つ原子層金属を発見

-ダビデの星の並び方が電子の流れ易さの決め手に-

発表のポイント

  • 原子数個の厚さしか持たないNbTe2薄膜を作製し、「ダビデの星」型の周期的に電荷が配列した構造を発見
  • ダビデの星の配列パターンが同族物質のNbSe2とは異なることを発見
  • ダビデの星の配列パターン制御による新規物性の創発に期待

概要

電子同士の強い反発によって絶縁体化する「モット絶縁体」注1)は、高温超伝導の舞台となる銅酸化物で実現することが知られていますが、一部の原子層物質では、原子がより集まってできる“ダビデの星”と呼ばれる構造が隙間なく配列することでも現れることが知られていました。

東北大学大学院理学研究科の菅原 克明 准教授、材料科学高等研究所(AIMR)の佐藤 宇史 教授らの研究グループは、AIMRの岡 博文 助教、大学院理学研究科の福村 知昭 教授らと共同で、分子線エピタキシー法注2)を用いて2テルル化ニオブ(NbTe2)の原子層薄膜を作製し、その電子構造注3)をマイクロARPES(角度分解光電子分光)注4)とSTM(走査トンネル顕微鏡)注5)を用いて調べました。

その結果、ダビデの星が密に整列することでモット絶縁体になる原子層2セレン化ニオブ(NbSe2)とは異なり、原子層NbTe2はダビデの星が隙間を空けながら規則的に配列した金属となることを初めて明らかにしました。今回の成果は、ダビデの星の配列パターンにより原子層物質の伝導性を制御できることを示したものであり、原子層材料における新たな物性創発やデバイス化への道を拓くと期待されます。

本研究成果は、アメリカ物理学会発行の学術雑誌Physical Review Bに2023年1月17日にオンライン掲載されました。また重要な研究成果として、Editors’ Suggestion にも選ばれました。

詳細な説明

研究の背景

鉛筆の芯で用いられるグラファイトを極限まで薄くしたグラフェンが、グラファイトには無い様々な性質を持つことが明らかになったことで、グラファイトのような層状物質を極限まで薄くして新機能を発現させる取り組みが世界各地で行われています。層状物質の1つであるNbTe2は、二オブ原子(Nb)とテルル原子(Te)の層が積み重なった構造をしており、正八面体型(1T)の構造ユニットを持ちます(図1a)。金属的な電気伝導を示すとともに1 K以下で超伝導になる物質としても知られています。一方、NbTe2をグラフェンのような薄い2次元シート(原子層)注6)にしたときの性質は未解明でした。また、NbTe2のTeをセレン原子(Se)に置き換えた原子層NbSe2は、ダビデの星と呼ばれる特殊な構造(図1b)を形成することでモット絶縁体となることが知られていますが、このメカニズムも未解明でした。

研究の内容

今回、東北大学の研究グループは、MBE法を用いて原子層NbTe2の電子構造を、放射光からの紫外光のスポットサイズを10 µm程度に絞って精密観測できるマイクロARPES(図2a)およびSTM(図2b)を用いて観測しました。さらに、周期表で同族の元素から構成される原子層NbSe2も作製して電子状態の違いを比較しました。その結果、原子層NbSe2はエネルギーギャップ注7)を持つ絶縁体(図3b)になるのに対して、原子層NbTe2は金属(図3a)になることを見出しました。さらに、ダビデの星構造は、原子層NbSe2では隙間無く密に配列するに対して(図3d)、原子層NbTe2では隙間をもって配列する(図3c)ことを突き止めました。これらの配列パターンの違いは全く予想外の結果であり、同じ結晶構造を持つ原子層材料において単にTe原子とSe原子を入れ替えるだけで電気伝導特性を切り替えられることを示しています。加えて、ダビデの星の配列パターンが伝導電子を制御する鍵となることも示しています。

今後の展望

本研究は、先端電子計測手法を用いて原子層NbTe2の電子状態を明らかにしたものです。本研究によって、これまでモット絶縁体になるために必須と考えられてきたダビデの星構造が、実は多様な配列パターンを持つことがわかり、さらに、ダビデの星構造が安定しつつもモット絶縁体が壊れた金属となる特殊な状態が存在することも明らかになりました。本研究を契機にして、ダビデの星の配列パターンに着目したモット絶縁体の制御や新規物性創発を目指した研究が進展すると期待されます。また、原子層モットトランジスタなどの次世代電子デバイス材料の開発にもつながると期待されます。

本成果は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業さきがけ「原子・分子の自在配列と特性機能」(研究総括:西原寛)における研究課題「MBE・原子置換・パターニングを融合した新原子層材料の創製」(JPMJPR20A8)(研究代表者:菅原克明)、JST戦略的創造研究推進事業CREST「トポロジカル材料科学に基づく革新的機能を有する材料・デバイスの創出」研究領域(研究総括:上田正仁)における研究課題「ナノスピンARPESによるハイブリッドトポロジカル材料創製」(JPMJCR18T1)(研究代表者:佐藤宇史)、日本学術振興会科学研究費助成金などの支援を受けて行われました。

論文情報

雑誌名: Physical Review B
論文タイトル: Charge order with unusual star-of-David lattice in monolayer NbTe2
著者: Taiki, Taguchi, Katsuaki Sugawara*, Hirofumi Oka, Tappei Kawakami, Yasuaki Saruta, Takemi Kato, Kosuke Nakayama, Seigo Souma, Takashi Takahashi, Tomoteru Fukumura, and Takafumi Sato*
*責任著者
DOI番号: 10.1103/PhysRevB.107.L041105新しいタブで開きます
用語解説
※1 モット絶縁体
電子間の斥力相互作用によって、電子が原子の周りに局在して絶縁体となったものです。ダビデの星を形成する場合、その内部に電子が閉じ込められ、モット絶縁体となることが知られています。
※2 分子線エピタキシー法
超高真空槽内に設置したいくつかの蒸着源(材料)を加熱等により蒸発させ、対向した基板上に薄膜を堆積させる手法です。膜厚を原子レベルで制御した高品質な単結晶薄膜が作製できます。
※3 電子構造(電子状態)
固体中の電子は、特定の運動量(質量と速度の積)とエネルギーを持つことが知られています。固体中における電子の運動量とエネルギーの関係で描き出された構造を、電子エネルギーバンド構造、または単に「バンド構造」と呼びます。バンド構造は物質の結晶構造や構成元素によって様々に変化するため、それに伴って電気伝導や磁性などの物質固有の性質が決まります。
※4 角度分解光電子分光(ARPES)
物質の表面に紫外線やX線を照射すると、表面から電子が放出されます(外部光電効果)。放出された電子は光電子と呼ばれ、その光電子のエネルギーや運動量を測定することで、物質中の電子状態が分かります。この光電効果は、1905年に、アインシュタインの光量子仮説によって理論的に説明されました。
※5走査トンネル顕微鏡(STM)
先が非常に鋭い探針(プローブ)を試料表面に接近させ、プローブと試料表面間に電圧をかけると、両者間にトンネル電流が流れます。この微少なトンネル電流の空間分布を観測する事で、表面形状や局所電子状態を観測する実験手法です。
※6 原子層物質
原子数個程度の1nm(ナノは10の-6乗)以下の厚さしか持たない2次元シート状物質の総称。原子層物質で最も有名ものは、炭素が二次元の蜂の巣状に並んだグラフェンです。グラフェンの様々な機能性を活用した応用研究が世界各地で強力に進められています。最近では、グラフェンを超える性質をもつ原子層物質の探索も盛んに行われています。
※7 エネルギーギャップ
電子が占有する最高のエネルギー準位と、電子が非占有となる最低のエネルギー準位の間のエネルギー差のことで、電子の存在が許されないエネルギー範囲です。モット絶縁体の場合、電子間の強い斥力相互作用によってエネルギーギャップを形成します。半導体を電子デバイスとして利用する際にも重要となります。

説明図


図1: (a)MX2の結晶構造の例。(b) 単層NbTe2で形成される「ダビデの星」の模式図。複数のNb原子が、あたかもダビデの星ように、特定のNb原子を中心により集まり整列します。

図2: (a) マイクロARPESの概念図。高輝度紫外線を物質表面に照射することで放出された光電子のエネルギーと運動量を精密に測定することで、物質の電子構造を決定できます。さらに光のスポットサイズをミクロン単位まで小さくすることで、原子層物質などにおける局所電子構造の決定が可能になります。(b) STMの概念図。探針と試料間に発生する微弱なトンネル電流を測定することで、表面形状や局所電子状態が観察できます。

図3: (a)原子層NbTe2 および(b)原子層NbSe2における光電子強度。(c)原子層NbTe2 および(d)原子層NbSe2で生じるダビデの星の模式図。NbTe2では、NbSe2とは異なりダビデの星が密に配列しないため、電子は自由に層内を移動でき、金属的な性質を示します。

問い合わせ先

研究に関すること

東北大学大学院理学研究科物理学専攻
准教授 菅原 克明(すがわら かつあき)

Tel: 022-217-6169
E-mail: k.sugawara@arpes.phys.tohoku.ac.jp

東北大学材料科学高等研究所
教授 佐藤 宇史(さとう たかふみ)

Tel: 022-217-6169
E-mail: t-sato@arpes.phys.tohoku.ac.jp

報道に関すること

東北大学大学院理学研究科
広報・アウトリーチ支援室

Tel: 022-795-6708
E-mail: sci-pr@mail.sci.tohoku.ac.jp

東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR) 広報戦略室

Tel: 022-217-6146
E-mail: aimr-outreach@grp.tohoku.ac.jp