安価で高性能な燃料電池・空気電池用非白金触媒を実現

2021年12月16日

東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)
東北大学多元物質科学研究所
北海道大学電子科学研究所
電気通信大学
AZUL Energy株式会社

安価で高性能な燃料電池・空気電池用非白金触媒を実現

炭素に担持した金属錯体触媒分子を最適化

発表のポイント

  • 青色顔料の一種である金属錯体を分子レベルで炭素に担持することで白金と同等以上の酸素還元触媒活性を実現。
  • 安価なカーボンブラックを用い、多段階で高コストな焼成などの高温プロセスを用いずに常温のウェットプロセスで電極触媒を作製できる。
  • 金属錯体分子の構造およびエネルギー状態と触媒性能の相関を実験と理論の両面から解明。

概要

燃料電池や金属空気電池などの正極において空気中の酸素を還元する酸素還元反応を促進する触媒として、白金やマンガン酸化物に代わる安価で高性能な電極触媒の開発が求められています。

東北大学材料科学高等研究所の藪浩准教授(ジュニアPI, 東北大学ディスティングイッシュトリサーチャー、同多元物質科学研究所兼任)、北海道大学電子科学研究所の松尾保孝教授、電気通信大学の中村淳教授、および東北大学発ベンチャーであるAZUL Energy(株)(伊藤晃寿社長)からなる研究グループは、安価なカーボンブラックと青色顔料であるアザフタロシアニン系金属錯体を組み合わせることで、燃料電池や金属空気電池の正極反応である酸素還元反応を白金と同等以上に触媒する電極触媒の開発(図1)とその原理解明に成功しました。燃料電池などの低コスト化と高性能化に大きく貢献できるものと期待できます。

本研究成果は、現地時間の12月15日に米国科学誌「ACS Applied Energy Materials」のオンライン速報版に掲載され、掲載誌のSupplementary Coverにも採択されました。

詳細な説明

1. 研究の背景

燃料電池や金属空気電池の正極において空気中の酸素を還元する酸素還元反応(Oxygen Reduction Reaction, ORR)は効率を左右する重要な反応です。酸素還元反応は自然には進みづらいため、反応を促進するための電極触媒が一般的に用いられています。燃料電池では白金を担持した炭素触媒が主に使用されています。また、補聴器用の金属空気電池などでは安価なマンガン酸化物が電極触媒として用いられています。しかし、白金は高価で資源制約があります。また、マンガン酸化物は安価な一方、性能が不十分であり、高い酸素還元反応効率が必要な燃料電池への適用や金属空気電池の高出力化には不向きでした。そのため、白金やマンガン酸化物に代わる安価で高性能な電極触媒の開発が求められていました。

これまで触媒活性点となる元素を含む原料を高温で焼成することで炭化したカーボンアロイや、ナノチューブやグラフェン等のナノ炭素を用いた電極触媒が提案されてきました。しかしながらこれらの手法は不活性ガス下での高温プロセス等が必要であり、プロセスコストが高いという課題がありました。また、複雑な炭化の過程によりその化学構造を制御することが難しい上、得られた触媒の構造と活性の相関を理解するのに多大な労力が必要でした。

2. 研究内容と成果

これまで研究グループでは、青色顔料の一種である鉄アザフタロシアニンを多層カーボンナノチューブ(MultiWall Carbon NanoTube, MWCNT)に担持することにより、アルカリ条件下で白金炭素触媒と同等以上の触媒性能が得られることを見出しています※1。本触媒は自然界に存在するヘモグロビンやシトクロムcに含まれるヘム注1に類似した構造を有しており、中心の鉄原子が触媒活性点として機能します。本研究成果は遷移金属である鉄を用いた高効率な電極触媒の開発につながる成果である一方、MWCNTは高価であり、また触媒の分子構造が性能に与える影響については系統的な研究が待たれていました。

今回研究グループは、鉄だけでなくニッケルや銅を中心金属とするアザフタロシアニンや、同じ鉄を含むアザフタロシアニンでも窒素原子の導入位置を変えた異性体触媒分子を合成し(図2)、これらを安価なカーボンブラックの一種であるケッチェンブラック(Ketjen Black, KB)注2に担持することで、そのORR触媒性能を系統的に評価しました。その結果、異性体を含む鉄アザフタロシアニンをKBに担持させた電極触媒が最も高性能であり、ニッケルや銅では還元反応の中間体である過酸化水素が多く生じることが明らかとなりました。

これら触媒のエネルギー状態の指標であるイオン化ポテンシャルを紫外光電子分光(Ultraviolet Photoelectron Spectroscopy, UPS)注3により測定したところ、触媒分子結晶と炭素に担持した状態では、鉄アザフタロシアニンのエネルギー状態が異なり、炭素担持状態でORRに好適な状態に調整されていることが明らかとなりました(図3)。

さらに理論計算による各電極触媒の性能に関する序列が実験と良く一致することも確認されました。

本研究で得られた高活性触媒は、安価な触媒分子とKBから高コストな焼成プロセスを必要とせず作製できるため、白金やマンガン酸化物に代わる触媒として燃料電池や金属空気電池などの低コスト化と高性能化に大きく貢献できるものと期待できます。

説明図


図1.炭素に担持した触媒分子の模式図と今回合成した電極触媒のORR触媒性能比較。

図2.今回合成した触媒分子

図3.炭素に担持した触媒分子のイオン化ポテンシャル(エネルギー状態の指標)と開始電位・半波電位の関係。

参考文献

※1 H. Abe, Y. Hirai, S. Ikeda, Y. Matsuo, H. Matsuyama, J. Nakamura, T. Matsue, H. Yabu, “Fe Azaphthalocyanine Unimolecular Layers (Fe AzULs) on Carbon Nanotubes for Realizing Highly Active Oxygen Reduction Reaction (ORR) Catalytic Electrodes”, NPG Asia Materials, 2019,11(1), 57.

用語解説
注1)ヘム
ヘムは、鉄原子の周りに4つの窒素原子に囲まれた金属錯体構造を中心とした生体分子で、ヘモグロビンやシトクロムcなどのタンパク質を構成するパーツの1つです。例えば血中に含まれるヘモグロビンでは、ヘム中の鉄原子と酸素分子が結合することで酸素を体内に運んでいます。
注2)ケッチェンブラック(Ketjen Black, KB)
炭素源を不完全燃焼させて得る中空状のカーボンブラックで、安価で導電性が高く、比表面積が大きいという特徴を持っています。
注3)紫外光電子分光(Ultraviolet Photoelectron Spectroscopy, UPS)
紫外線照射により放出される電子の運動エネルギーを測定することで、サンプルのイオン化ポテンシャル(仕事関数)を測定する事ができます。特に半導体においては、半導体表面のエネルギー状態を理解する上で有用です。

論文情報

著者名: Hiroshi Yabu*, Koki Nakamura, Yasutaka Matsuo, Yutaro Umejima, Haruyuki Matsuyama, Jun Nakamura, Koju Ito
論文題名: Pyrolysis-free Oxygen Reduction Reaction (ORR) Electrocatalysts Composed of Unimolecular Layer Metal Azaphthalocyanines Adsorbed onto Carbon Materials
雑誌名: ACS Applied Energy Materials
DOI番号: 10.1021/acsaem.1c03054新しいタブで開きます

問い合わせ先

研究に関すること

藪 浩
東北大学材料科学高等研究所

住所: 仙台市青葉区片平2丁目1−1
Tel: 022-217-5996
E-mail: hiroshi.yabu.d5@tohoku.ac.jp

報道に関すること

東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR) 広報戦略室

住所: 仙台市青葉区片平2丁目1−1
Tel: 022-217-6146
E-mail: aimr-outreach@grp.tohoku.ac.jp