昆虫の脱皮に学ぶ3次元ゲルプリンティング

2021年05月20日

東北大学 学際科学フロンティア研究所
東北大学 多元物質科学研究所
東北大学 材料科学高等研究所

昆虫の脱皮に学ぶ3次元ゲルプリンティング

~空気とゲルの界面を利用した硬化と表面機能化~

発表のポイント

  • 昆虫の脱皮に伴う硬化プロセスを硬化剤とゼラチンゲルを用いて再現
  • 空気とゲルの界面で反応が進むことを利用し、3次元ゲルプリンティングに成功
  • 硬化剤の特性をいかし、ゲル表面へのタンパク質の修飾および放出を制御することに成功

概要

昆虫の外殻には、クチクラと呼ばれる硬い層があり、外界からの異物混入や昆虫の形態維持といった機能を担っています。昆虫は成長に伴い脱皮した後、失ったクチクラ層を昆虫表皮に再形成することで、この機能を再度獲得します。

東北大学学際科学フロンティア研究所(大学院工学研究科兼務) 阿部博弥助教と同多元物質科学研究所(材料科学高等研究所兼務) 藪浩准教授(ジュニア主任研究者・ディスティングイッシュトリサーチャー)は、昆虫の脱皮に伴うクチクラ再形成に着目し、空気と反応する硬化剤とゼラチンゲルのみを用いて類似の硬化プロセスを再現することに成功しました。この再現プロセスは二次元・三次元の形状制御や、ゲル表面へのタンパク質の修飾・放出制御を可能とし、生分解性・生体適合性材料で構成されることから、再生医療分野への応用が期待できます。

本研究成果は、2021年5月5日(米国東部時間)に米国化学会誌 Langmuir にオンラインで掲載され(DOI: 10.1021/acs.langmuir.1c00364新しいタブで開きます)、Supplementary Coverとしても選出されました(阿部助教が作画)。

詳細な説明

昆虫はその表皮をクチクラと呼ばれる硬い外殻で覆うことで、外界からの異物混入やその形態を維持しています。昆虫が有するクチクラは硬く、茶色いことが特徴です。昆虫は成長に伴う脱皮によって新しいクチクラ層を形成しますが、脱皮後の外皮層は柔らかく、再硬化されることで硬い膜となります。再硬化の過程では、昆虫の外皮層に存在する酵素、空気中の酸素、ポリフェノール類、キチン繊維などが複雑に関連し合い硬い膜を得るとされています。具体的には、ラッカーゼがポリフェノール類の空気酸化を促進し、酸化されたフェノール類と複数のキチン繊維が橋渡し的に結合(架橋)することで強固な膜を形成します。

阿部助教らの研究グループは、昆虫の外皮層に存在するポリフェノール類やキチン繊維の代わりにドーパミンとゼラチンを使用することで、酵素を用いずに昆虫の硬化過程を再現することに成功しました。ドーパミンはフェノール類の一種であり、脳内の情報のやり取りをする神経伝達物質としても知られていますが、空気中の酸素と自ら酸化反応を起こしドーパミン同士が結合することで、いくつものドーパミンが連なったポリドーパミンを形成します。阿部助教らはドーパミン同士の自発的な結合過程に注目し、ゼラチンゲル(ゼリー)表面で反応を進行させることで、空気とゲルの界面で強固な複合膜を形成させることに成功しました(図1、2)。また、ゼラチンゲルが室温で複雑な形状を維持することを利用し、空気との接触面を工夫することで二次元や三次元の形状制御を可能としました(図3)。

得られた膜はゲル表面へのタンパク質などの分子修飾・放出制御(注1)が可能であり、さらにゼラチンをベースとしているために優れた生分解性・生体適合性を示すことから、薬剤徐放基材(注2)や再生医療分野への応用が期待できます。

図1 界面架橋反応の模式図。ゲル内に存在する架橋分子(図中 黄色粒子)が空気中の酸素と反応して酸化します(図中 緑色粒子)。酸化した架橋分子がゼラチン分子同士をつなぐ役割を果たし、架橋されたゼラチン、つまり硬化されたゼラチンの膜が空気と酸素の界面に形成されます。

図2 クチクラ形成の硬化・茶化過程を模倣した、ゼラチンーポリドーパミンの界面架橋反応。時間の経過と共に、空気とゲルの界面に茶色の膜が形成。回収後、何度も形成可能。

図3 3次元構造の作製方法。(a)ゼラチンとドーパミンを含む溶液中に犠牲層を3Dゲルプリンターなどで造形し、犠牲層を除去、空気酸化後、空気とゲルの界面形状に沿った三次元ゲルを得ることが可能。(b)血管構造を見立てたハイドロゲル管構造。

論文題目

Title: Bio-inspired Incrustation Interfacial Polymerization of Dopamine and Cross-linking with Gelatin toward Robust, Biodegradable Three-Dimensional Hydrogels
Journal: Langmuir (American Chemical Society)
Authors: Hiroya Abe and Hiroshi Yabu
DOI: 10.1021/10.1021/acs.langmuir.1c00364新しいタブで開きます
用語解説
注1. タンパク質の修飾・放出制御
タンパク質の多くが有している構造表面のアミノ基と本研究に用いた架橋剤が反応することで、タンパク質が膜に修飾されます。また、膜の形成に用いているゼラチンの分解反応により、修飾されたタンパク質を放出することが可能です。本研究では、フェノール類やゼラチン分解酵素を用いることでこれらの制御可能であることを確認しました。
注2. 薬剤徐放基材
医薬品に使われる酵素や抗体も上述のタンパク質の一つです。薬剤徐放基材はこれら医薬品の修飾・放出を制御により、体内で必要とされている場所や量に合わせて徐々に放出可能な機能を備えた足場材料のこと。

問い合わせ先

研究に関すること

東北大学学際科学フロンティア研究所
助教 阿部 博弥(あべ ひろや)

Tel: 022-795-3586
E-mail: hiroya.abe.c4@tohoku.ac.jp

報道に関すること

東北大学学際科学フロンティア研究所
鈴木 一行(すずき かずゆき)

Tel: 022-795-4353
E-mail: suzukik@fris.tohoku.ac.jp