光を用いた超高速・低エネルギーでの薄膜磁石の制御手法を開発

2020年10月16日

東北大学電気通信研究所
東北大学学際科学フロンティア研究所
東北大学材料科学高等研究所
東北大学スピントロニクス学術連携研究教育センター
東北大学先端スピントロニクス研究開発センター
東北大学国際集積エレクトロニクス研究開発センター

発表のポイント

  • 光を用いて薄膜磁石の極性を制御する新手法を開発
  • 光と磁石と電子スピンの相互作用に関する詳細な理解に基づく材料設計により超高速・低エネルギーでの磁化反転を実現
  • 省エネ化が喫緊の課題である情報ストレージ技術への応用が期待

概要

人類が生成する情報量は年々指数関数的に増加しており、そのデータを蓄積するストレージ技術の低エネルギー化が喫緊の課題です。その解決策として、電子の持つ電気的性質と磁気的性質(スピン)の同時利用に立脚するスピントロニクス技術の活用が期待されています。

東北大学電気通信研究所の五十嵐純太博士課程学生(日本学術振興会特別研究員)、深見俊輔教授、大野英男教授(現、総長)、学際科学フロンティア研究所の飯浜賢志助教はロレーヌ大学(フランス)との共同研究により、光と磁石と電子スピンの相互作用に関する詳細な理解に基づいて、30フェムト秒(1フェムト秒は1秒の1000兆分の1)のレーザーパルスで磁石の極性を反転できる新手法を開発しました。

今回開発した手法はハードディスクドライブの記録媒体へのデジタル情報の記録方法として利用でき、情報ストレージ技術の省エネ化へと繋がるものと期待されます。

本研究成果は2020年10月15日に欧州の科学誌「Advanced Science」のオンライン速報版で公開されました。

詳細な説明

人類が生成する情報量は年々指数関数的に増大しており、現在は年間でゼタバイト(ゼタは10の21乗)のデジタルデータが生成されています。これは1秒当たり1億冊の本の情報量に相当するデータが生成されていることを意味しています。今後も生成される情報量は増え続けるものと予測されますが、仮に情報を蓄えるためのストレージ技術の水準が変わらないとすると、2040年には情報ストレージが必要とする電力は人類が生み出せる全電力のレベルにまで達してしまうと言われています。このことから、情報ストレージ技術の省エネルギー化は、これからの情報社会が解決すべき重要課題と言えます。

今回、東北大学とロレーヌ大学(フランス)の研究者からなる共同研究チームは、デジタルデータの記録手法への応用が可能な、光を用いた強磁性体の磁化(磁石のN極/S極の方向)の新しい制御手法を開発し、その動作実証に成功しました。図1にその内容が模式的に示されています。試料はフェリ磁性体(注1)であるGdFeCo、非磁性体(注1)である銅、および強磁性体(注1)であるCo/Ptからなる積層構造で構成されています。ここにレーザーパルスを照射し、フェリ磁性層と強磁性層の磁化がどのように変化するかを、磁気光学効果(注2)を用いた顕微鏡で観察する実験が行われました。同様な材料系での実験は以前にも行われており、そこではフェリ磁性体の磁化方向の反転とそれに伴う強磁性層の磁化方向の反転が観測されていました。

今回研究チームは、系統的な実験をもとにこの現象のメカニズムを解明し、フェリ磁性体の反転の際に生成されるスピン流が非磁性層を伝播して強磁性層に到達し、それが強磁性層の磁化反転を誘起していることを突き止めました。そしてこの理解に基づきエネルギー効率を向上できるように材料をデザインして、フェリ磁性体を反転させずに強磁性層の極性を反転させる新しい方式を開発し、またこの場合に従来方法よりも高いエネルギー効率が達成できることを実証しました。発表した論文では30フェムト秒(1フェムト秒は1秒の1000兆分の1)の単一レーザーパルスを用い、低エネルギーで強磁性層の磁化を反転できることが示されています。

現在の情報ストレージ技術では、磁石材料で構成される磁気記録媒体における磁化の方向でデジタル情報が記録されており、その反転には磁界が用いられていますが、この方式には今後の省エネルギー化や大容量化に向けた課題が顕在化しています。今回開発した方法はこの技術を代替して課題を解決しうるものであり、情報ストレージ技術やそれを取り巻く情報社会を変革する技術へと発展することが期待されます。

東北大学とロレーヌ大学の間では2018年2月に大学間学術交流協定が締結され、2019年6月には学術協力を目的としたLetter of Intentが調印されています。2019年9月には長年に渡って研究交流の実績があるスピントロニクスや数学分野などを中心とした共同ワークショップが開催され、またこれまでに多くの学生の交換留学がなされるなど、研究交流から教育連携まで緊密な協力関係が構築されています。加えて東北大学では世界をリードする国際的な研究者を養成することを目的として国際共同大学院が設置されており、海外大学への学生の派遣や海外大学からの研究者の招聘、学生の受け入れを推進しています。今回の研究もこれら一連の枠組みを通して行われたものです。

図面

図1) 今回開発した光を用いた強磁性体の磁化の新しい制御手法の模式図。レーザーパルスが照射されるとフェリ磁性体が消磁され、スピン流が生成される。スピン流は非磁性体中を伝播し強磁性体へと到達し、その磁化を反転する。図面下側の像は磁気光学効果を利用して観察された強磁性体の磁化反転後の顕微鏡像。色の違いは磁化方向の違いを反映している。

用語解説
注1)フェリ磁性体、非磁性体、強磁性体
非磁性体とは、内部の磁気モーメントが一方向に揃う相互作用が弱く、磁石としての性質を示さない物質。強磁性体は物質内部の磁気モーメント間の相互作用により自発的にその方向が揃い、磁化が発現される物質。フェリ磁性体は主には磁気モーメントの大きさが異なる2種類以上の磁性発現元素から構成され、それらが互いに逆方向に向くことで全体として小さな磁化を持つ物質。GdFeCo合金はフェリ磁性体の典型例であり、Gd(ガドリニウム)とFe(鉄)Co(コバルト)の磁気モーメントが逆方向を向くことが知られている。
注2)磁気光学効果
光が磁性体に入射された際、反射または透過する光の偏光面や偏光状態が磁性体の磁化の状態に応じて変化する効果の総称。対象とする磁性体の磁化方向の観測や空間的な磁気構造の観察に利用できる。

掲載論文

Title: “Energy Efficient Control of Ultrafast Spin Polarized Current to Induce Single Femtosecond Pulse Switching of a Ferromagnet”
(単一フェムト秒パルスを用いた高エネルギー効率超高速スピン流生成による強磁性体の反転誘起)
Authors: Quentin Remy, Junta Igarashi, Satoshi Iihama, Grégory Malinowski, Michel Hehn, Jon Gorchon, Julius Hohlfeld, Shunsuke Fukami, Hideo Ohno and Stéphane Mangin
Journal: Advanced Science
DOI: 10.1002/advs.202001996新しいタブで開きます

問い合わせ先

研究に関すること

東北大学電気通信研究所
教授 深見 俊輔

Tel: 022-217-5555
E-mail: s-fukami@riec.tohoku.ac.jp

報道に関すること

東北大学 電気通信研究所 総務係

Tel: 022-217-5420
E-mail: somu@riec.tohoku.ac.jp