磁性体3次元らせん状ネットワークの複雑な磁気構造の可視化に成功

2020年04月27日

東北大学電気通信研究所
東北大学先端スピントロニクス研究開発センター
東北大学スピントロニクス学術連携研究教育センター
東北大学国際集積エレクトロニクス研究開発センター
東北大学材料科学高等研究所

磁性体3次元らせん状ネットワークの複雑な磁気構造の可視化に成功

~スピントロニクス物理と新概念情報処理に新展開~

発表のポイント

  • 3次元でらせん状のナノスケールネットワーク構造を有するジャイロイドを自己組織化の手法を用いて磁性体で形成することに成功
  • 電子線ホログラフィーを用いて形成した磁性ジャイロイドの磁気構造を解明
  • 音声等の時系列情報の処理に適した新概念コンピュータなどへの応用が期待

概要

国立大学法人東北大学電気通信研究所のJustin Llandro助教、深見俊輔教授、大野英男教授(現、総長)は、英国、ドイツ、スイスのチームとの共同研究により、3次元でらせん状のナノスケールネットワーク構造を有する『ジャイロイド』を磁性体で形成し、電子線ホログラフィーなどの手法を駆使してその複雑な磁気構造を明らかにしました。

磁性体からなる3次元のナノスケール人工構造体は様々な新奇スピントロニクス物理現象を発現することが予測され、今後の発展が期待される興味深い研究対象です。しかし実際にはそうした物理現象が創発されるような構造を形成するのは容易ではなく、また現象を理解して応用する上では、その磁気的な構造を明らかにすることが不可欠でした。今回研究チームは自己組織化の手法を用いることで、ナノスケールで3次元的にらせん状のネットワーク構造を有した『ジャイロイド』をNiとFeの磁性合金で形成することに成功しました。そして電子線ホログラフィーを用いてその磁気構造を可視化し、磁性ジャイロイドが非常に複雑な磁気構造を有していることを明らかにしました。得られた知見は、音声などの時系列情報の処理を得意とするリザバー計算機などの新概念コンピュータへの有用性を示唆するものであり、今後基礎・応用の両面で様々な展開が期待されます。

本研究成果は2020年4月6日に米国の科学誌「Nano Letters」のオンライン速報版で公開されました。

詳細な説明

背景 — 3次元らせん状ネットワーク 『ジャイロイド』 —

ナノスケールの人工構造の集合体は新奇物理現象を創発する可能性を有しており、物質科学における新たな研究対象として注目されています。磁性物理学、スピントロニクス(注1)の分野ではこれまでに、人工スピンアイスやマグノニック結晶などの2次元的なナノスケールの磁性構造物において、創発的な物理現象の観測が報告されてきました。これを3次元へと拡張することでより興味深い現象が現れるものと期待されますが、ここには2つの高い壁がありました。その1つはナノスケールで3次元的な構造物を形成すること自体の難しさであり、2つ目はその内部の磁気的な構造を同定することの難しさです。

今回、東北大学の研究チームは、英国、ドイツ、スイスのグループとの共同研究により、磁性体を用いて3次元でナノスケールのらせん状ネットワーク構造を有する『ジャイロイド』を形成し、その磁気構造を観察することに挑みました。図1に『ジャイロイド』の基本構造が示されています。ジャイロイドは2つの三叉路が捻じれて対となった細線構造(左)が組み合わさって単位胞(中)を形成し、それが周期的に繰り返されたネットワーク構造(右)を有します。構造は複雑ですが、図2に示したような高分子化合物からなる3次元的な鋳型を利用するプロセスを用いることで、自己組織化的に形成できます。ジャイロイドはらせん状の構造を有していることから、それに由来した興味深い物理現象が発現されると期待されます。例えば、これまでに光学の分野ではジャイロイドが位相幾何学的(トポロジカル)(注2)な物性を発現することが報告されています。磁性体においてもスピン波の伝搬や電子・スピンの輸送現象において特異な性質が発現されることが予測されますが、これまでは主には実験の難しさから、その報告例はほとんどありませんでした。

結果 — 磁性ジャイロイドの作製と磁気構造の可視化 —

研究チームは図2に示したような自己組織化の手法を用い、単位胞のサイズが42nmで、細線の直径が11nmの二重ジャイロイド、一重ジャイロイドを作製することに成功しました。この長さスケールは磁壁の幅やスピン波の波長と同程度であり、これにより興味深いスピントロニクス関連物理現象が発現されることが期待されます。材料には代表的な磁性体であるNiとFeの合金が用いられました。

作製した磁性ジャイロイドの磁気構造を電子線ホログラフィー(注3)と呼ばれる手法で観察しました。この手法を用いることでジャイロイド内の磁化、及びその内外の磁場分布を数ナノメートルの空間分解能で可視化できます。得られた像の一例が図3の左側に示されています。有限要素法を用いたマイクロマグネティクスシミュレーション(注4)も併用し、磁性ジャイロイド内の磁気的な構造を解析しました。その結果、磁性ジャイロイドは長いスケールで周期性のある単一かつ単純な磁気構造を形成しているのではなく、エネルギー的にはそれよりも高い複雑な(エントロピーの高い)磁気構造を形成していることが明らかになりました。図3の右側は得られたホログラフィー像を最もよく説明しうる磁気構造を表したものであり、複雑な磁気構造が形成されていることがよく分かります。

成果の意義と今後の展望

今回、磁性体を用いて3次元でらせん状のネットワーク構造を有するジャイロイドの形成とその磁気構造の可視化に成功したことで、今後の様々な展開が期待されます。例えば上述の通り3次元の周期的ならせん構造はトポロジカルホール効果などの位相幾何学的な性質に由来した新奇物理現象が創発される可能性を秘めています。またエントロピーの高い様々な磁気構造を安定してとれるという性質は、リザバー計算機などの新概念コンピュータ(注5)への応用の適性を示唆しています。本研究で得られた知見はこれらの展開への基礎を与えるものであり、すなわち本成果は3次元らせん状ネットワーク構造における新たな物理現象の発見とその機能性の開拓に向けた重要な第一歩と言えます。

本研究は、日本学術振興会・科学研究費助成事業・基盤研究(S) 19H05622、日本学術振興会・研究拠点形成事業、東北大学先端スピントロニクス研究開発センター・共同プロジェクト研究などの助成を受けて行われたものです。

図面

図1)ジャイロイドの構造。(左)70.5°の角度をなして捻じれた一対の三叉路構造。(中)一対の三叉路構造が組み合わさってできた単位胞の構造。(右)単位胞がx, y, z方向に2つずつ並んだネットワーク構造。

図2)自己組織化の手法を用いたNi-Feジャイロイドの作製方法。初めにポリ乳酸(PLA)とポリフロオロスチレン(PFS)を自己組織化させてジャイロイドのネットワークを形成した後、PLAを分解し、残ったPFSを鋳型にしてNi-Feを埋め込み、その後PFSを分解してNi-Feのジャイロイドを形成する。

図3)電子線ホログラフィー観察の結果と推定された磁気構造。(左)電子線ホログラフィー像。赤色の領域はジャイロイドがある部分に相当。(右)得られた電子線ホログラフィー像を最もよく説明しうる磁気構造。色は磁化(N極/S極)の方向を表し、ネットワーク内の白の矢印は各細線部分における平均的な磁化の方向。

用語解説
注1)スピントロニクス
電子の持つ電気的性質(電荷)と磁気的な性質(スピン)を同時に利用することで発現される物理現象を明らかにし、工学的に利用することを目指す学術分野。従来は不可能であった磁気的性質や磁化方向の電気的な検出や制御などが可能となる。
注2)位相幾何学(トポロジー)
数学の一分野で、物の形に注目する分野。連続変形に対して保たれる形状の性質(位相不変量;Topological number)を扱う。例えば位相幾何学においてはドーナツとマグカップは同じものとして扱われる。
注3)電子線ホログラフィー
電子顕微鏡法の一つであり、電子線の干渉を利用して試料の構造や電場、磁束密度を観察する手法。電子線の経路を2つに分け、一方は試料を透過させ、もう一方は真空を伝搬させ、両者を干渉させることで像を得る。電子線が試料を透過する際に感じるポテンシャルによって位相が変化することを利用する。
注4)マイクロマグネティクスシミュレーション
磁性体を細かくメッシュ状に刻み、メッシュ間の相互作用などを数値的に計算することで、安定な磁気構造や、磁気構造のダイナミクスを計算する手法。
注5)新概念コンピュータ、リザバー計算機
フォン・ノイマン型のアーキテクチャを採用する古典コンピュータでは扱うことが難しいと考えられている認識や予測などを効率的に処理する計算原理、計算機ハードウェアの開拓が喫緊の課題となっており、脳の構造や情報処理様式に着想を得た脳型コンピュータや、量子力学の原理を積極的に利用する量子コンピュータなどが注目されている。リザバー計算機とはリカレントニューラルネットワークの一種であり、入力層、リザバー層、出力層からなる。リザバー層には状態を短期間記憶する機能、同じ入力に対して同じ出力を出す機能(コンシステンシー)、異なる入力を区別する機能などが求められ、エントロピーの高い系を用いることが好ましい。

掲載論文

Title: “Visualizing Magnetic Structure in 3D Nanoscale Ni−Fe Gyroid Networks”
(3次元ナノスケールNiFeジャイロイドネットワークの磁気構造の可視化)
Authors: J. Llandro, D. M. Love, A. Kovács, J. Caron, K. N. Vyas, A. Kákay, R. Salikhov, K. Lenz, J. Fassbender, M. R. J. Scherer, C. Cimorra, U. Steiner, C. H. W. Barnes, R. E. Dunin-Borkowski, S. Fukami, and H. Ohno
Journal: Nano Letters
DOI: 10.1021/acs.nanolett.0c00578新しいタブで開きます

問い合わせ先

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教授 深見 俊輔

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