水素発生触媒のナノスケールの触媒活性サイトを電気化学的にイメージングすることに成功!

2019年12月02日

金沢大学
金沢大学ナノ生命科学研究所
東北大学
筑波大学
首都大学東京
高知工科大学
科学技術振興機構

水素発生触媒のナノスケールの触媒活性サイトを電気化学的にイメージングすることに成功!

~効率的な触媒開発に貢献~

金沢大学ナノ生命科学研究所の髙橋康史准教授,東北大学の末永智一特任教授,Johns Hopkins大学のMingwei Chen教授らの共同研究グループは,走査型プローブ顕微鏡の一種である走査型電気化学セル顕微鏡(SECCM)(※1)の高解像度化を行い,水素発生反応(HER)の触媒として期待されている遷移金属カルコゲナイドナノシート(※2)の触媒活性サイトを電気化学的にイメージングすることに成功しました。

水素ガスの効率的な生成技術は,再生可能エネルギーの観点や燃料電池自動車などの幅広い分野で注目が集まっています。二硫化モリブデン(MoS2)をはじめとする遷移金属カルコゲナイドナノシートは,非常に安価で大量に作製が可能であり,白金(Pt)に代わる水素発生反応の触媒として期待されています。しかしPtに比べ触媒能が低く,触媒能を向上させるための試みが世界で活発に行われています。そのほとんどは,材料全体の水素発生反応の効率から評価されており,電気化学的に活性な部分がどのように分布しているかは明確ではありませんでした。

本共同研究グループは,世界最高レベルの空間分解能を有するSECCMを開発し,MoS2ナノシート上に存在するHER活性サイトを,電流値のイメージとして可視化することに成功しました。さらに,SECCMによる観察で,局所的に電気化学的に硫黄の欠陥を形成し,触媒活性を亢進させることや,劣化が生じやすいサイトを可視化することに成功しました。

本研究で確立した技術は,効率的な水素発生触媒の開発に活用されることが期待されます。

本研究成果は,2019年11月28日にドイツ化学会誌『Angewandte Chemie International Edition』のオンライン版にAccepted Articleとして掲載されました。

研究の背景

燃料電池自動車の開発が活発に進められる中,水素ガスの需要は急速に高まっています。このような中で,MoS2をはじめとする遷移金属カルコゲナイドのナノシートは,非常に安価であり,Ptに代わる水素発生反応(HER)の触媒として期待されています。MoS2ナノシートのHER活性のさらなる向上には,活性サイトの可視化や,劣化のメカニズムの解明が不可欠です。しかし,従来のHER活性を測る電気化学計測法では,材料全体の平均化された応答しか得ることができませんでした。

研究成果の概要

本共同研究グループは,MoS2ナノシートのHER活性サイトを直接可視化できる分析技術であるSECCMを開発しました。SECCMでは,ナノスケールの電気化学セルをナノピペットにより局所的に形成し,そのピペットを用いて,試料表面を走査することで電気化学イメージを取得します。SECCMの解像度は,ナノピペットの開口に依存するために,ナノピペットの微細化と装置の改良により,世界最高の空間分解能を有するSECCMを開発し,MoS2ナノシート状のHER活性サイトを電気化学イメージングにより直接可視化しました(図1)。その結果,MoS2ナノシートの縁部分(エッジ)でHER活性が高いことが分かりました(図2)。また,MoS2ナノシートのHER活性と密接な関係のある硫黄(S)の欠陥を,SECCMにより電気化学的に形成すると,その部分のHER活性が亢進されることが確認できました(図3)。さらに,大気中で試料を保管した際にエッジ部分から優先的に劣化が進み,HER活性が平坦部分(テラス)よりも減少することを明らかにしました(図4)。また,これまでナノシートの層数と電気化学活性には,密接な関りがあるといわれてきましたが,実際には,層数に依存しないことを直接電気化学イメージングにより明らかにしました(図5)。

今後の展開

本研究により,触媒の活性サイトを電気化学的に直接可視化することが可能となり,HERにとどまらず,酸素発生サイトやプロトン伝導サイトなど,さまざまな電気化学プロセスの可視化に応用できるようになります。これにより,触媒開発の設計指針の提示や,劣化しづらい触媒開発につながると期待されます。

※本研究成果は,金沢大学ナノ生命科学研究所:髙橋康史准教授,福間剛士教授,太田真登氏,宮澤圭甫助教,東北大学産学連携機構イノベーション戦略推進センター:末永智一特任教授,同材料科学高等研究所(AIMR):熊谷明哉准教授,同学際科学フロンティア研究所:井田大貴助教,同工学研究科:珠玖仁教授,Johns Hopkins大学:Mingwei Chen教授,Ziqian Wang研究員,首都大学東京:宮田耕充准教授,小林佑氏,筑波大学数理物質系:伊藤良一准教授,高知工科大学:藤田武志教授,Imperial College London:Yuri Korchev教授との共同研究によるものです。

本研究は,下記の研究課題の一環として行われました。

  • 科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 さきがけ「電子やイオン等の能動的制御と反応」研究領域(研究総括:関根泰)
    研究課題「ナノスケールの電気化学イメージング技術の創成」(研究者:髙橋康史(金沢大学准教授))
  • 科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 さきがけ 「再生可能エネルギーからのエネルギーキャリアの製造とその利用のための革新的基盤技術の創出」研究領域(研究総括:江口浩一)
    研究課題「水素ステーション普及のための貴金属を使用しない大規模水素生産材料の開発」(研究者:伊藤良一(筑波大学准教授))
  • 科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 CREST「二次元機能性原子・分子薄膜の創製と利用に資する基盤技術の創出」研究領域(研究総括:黒部篤)
    研究課題「原子層ヘテロ構造の完全制御成長と超低消費電力・3次元集積デバイスの創出」(研究代表者:宮田耕充(首都大学東京准教授))
  • 科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 先端的低炭素化技術開発(ALCA)特別重点技術領域「次世代蓄電池」(ALCA-SPRING)
    研究課題「実用化加速推進チーム」(研究代表者:金村聖志(首都大学東京教授),研究参加者:末永智一(東北大学特任教授)「高解像界面イオン電導顕微鏡(IICM)を利用した充放電特性イメージング」)
  • 日本医療研究開発機構(AMED)医療分野研究成果展開事業(先端計測分析技術・機器開発プログラム)
    研究課題「超高解像度電気化学イオンコンダクタンス顕微鏡の開発」(研究代表者:末永智一(東北大学特任教授))
  • 日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業 若手研究(A)
    研究課題「界面イオン伝導顕微鏡の創成」(研究者:髙橋康史(金沢大学准教授))

また,文部科学省「世界トップレベル研究拠点プログラム」(WPI)の支援を受けて実施されました。

参考図

図1. SECCMによるMoS2ナノシート計測の概要

(a)SECCMを用いたMoS2ナノシートのHER活性サイトのイメージングの原理図。(b)ナノピペットとサンプルの接触部の拡大図。ナノピペットとサンプルとの間に形成されるナノスケールの電気化学セルを用いて,局所的な電気化学計測を実現した。

図2. SECCMを用いたMoS2ナノシートの電気化学イメージング

(a)SECCMを用いたMoS2ナノシートのHER由来の電流イメージ。計測範囲:15×15µm2。(b)MoS2のエッジ(赤)とテラス(緑),基板である高配向性熱分解グラファイト(HOPG)のステップ(灰)とテラス(白)を色分けした。(c)領域に依存したHER活性の指標となる過電圧の評価。領域ごとにシグナルを合わせて平均化した。縦軸はナノピペットで計測される電流密度を,横軸は印加した電圧を表している。(d)領域に依存したターフェルスロープ。縦軸は印加した電圧を,横軸はナノピペットで計測される電流密度を対数表示している。MoS2ナノシートのエッジは,非常に高いHER活性があることが,イメージや電気化学的な評価から明らかとなった。

図3. SECCMを用いた局所的な電気化学的な活性化

(a)SECCMによるMoS2ナノシートのHER由来の電流イメージと局所的な電気化学活性化(硫黄欠陥の電気化学的な生成)。点線で囲まれた領域を異なる電圧を印加しながらナノピペットを操作することで,選択した領域の活性化に成功した。計測範囲:10×10µm2。(b)過電圧イメージ。(c)ターフェルスロープイメージ。-1.4Vvs.可逆水素電極(RHE)でMoS2ナノシートを電気化学的に活性化することで,硫黄の欠陥が形成され,HERが亢進された。

図4. SECCMによる劣化したMoS2/WS2の電気化学イメージング

(a)SECCMによるフレッシュなMoS2/WS2と(b)大気暴露11カ月後の電気化学イメージ。計測範囲:10×10µm2。MoS2/WS2のエッジとテラスでの(c)領域に依存したHER活性の指標となる過電圧の評価。領域ごとにシグナルを合わせて平均化した。縦軸はナノピペットで計測される電流密度を,横軸は印加した電圧を表している。(d)領域に依存したターフェルスロープ。縦軸は印加した電圧を,横軸はナノピペットで計測される電流密度を対数表示している。劣化したMoS2/WS2では,エッジでのHER活性がテラスよりも低下していることがイメージより確認できる。

図5. MoS2/WS2のHER活性と層数の関係

(a)多層化したMoS2/WS2のSECCMによるHER由来の電流イメージ。計測範囲:6×6µm2。MoS2/WS2の層数ごとの(b)HER活性の指標となる過電圧の評価。層数ごとにシグナルを合わせて平均化した。縦軸はナノピペットで計測される電流密度を,横軸は印加した電圧を表している。(c)層数ごとのターフェルスロープ。縦軸は印加した電圧を,横軸はナノピペットで計測される電流密度を対数表示している。層数とHER活性にほとんど相関性がないことが分かる。

掲載論文

雑誌名:Angewandte Chemie International Edition
論文名:High Resolution Electrochemical Mapping of Hydrogen Evolution Reaction on Transition Metal Dichalcogenide Nanosheets
(遷移金属カルコゲナイドナノシートにおける水素発生サイトの高解像度電気化学イメージング)
著者名:Yasufumi Takahashi, Yu Kobayashi, Ziqian Wang, Yoshikazu Ito, Masato Ota, Hiroki Ida, Akichika Kumatani, Keisuke Miyazawa, Takeshi Fujita, Hitoshi Shiku, Yuri E Korchev, Yasumitsu Miyata, Takeshi Fukuma, Mingwei Chen, Tomokazu Matsue
(髙橋康史,小林佑,Ziqian Wang,伊藤良一,太田真登,井田大貴,熊谷明哉,宮澤圭甫,藤田武志,珠玖仁,Yuri Korchev,宮田耕充,福間剛士,Mingwei Chen,末永智一)
掲載日時:2019 年11 月28日にオンライン版に掲載
URL: 10.1002/anie.201912863新しいタブで開きます

用語解説
※1 走査型電気化学セル顕微鏡(SECCM)
電解液を充填したナノスケールのピペットを探針として用いて,ナノピペット先端を試料に近接させ,液滴状の電気化学セルを試料表面に形成し,この電気化学セルをナノスケールの反応場として利用することで電気化学計測を行う。ナノピペットを走査しながらこの計測行うことで,試料表面の電気化学活性を,電流や電位の電気化学イメージとして可視化する。
※2 遷移金属カルコゲナイドナノシート
遷移金属元素と,硫黄(S),セレン(Se),テルル(Te)などのカルコゲン元素とが結合した層状構造を持つ化合物であり,原子レベルの厚さで安定な層状結晶構造を有するもの。原子レベルの層状構造特有の積層時とは異なる電子状態を発現するため,触媒としての利用が期待されている。

本件に関するお問い合わせ先

研究内容に関すること

金沢大学ナノ生命科学研究所 准教授
髙橋 康史(たかはし やすふみ)

Tel: 076-234-4866
E-mail: yasufumi@se.kanazawa-u.ac.jp

JST事業に関すること

科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
中村 幹(なかむら つよし)

Tel: 03-3512-3525
E-mail: presto@jst.go.jp

報道に関すること

金沢大学総務部広報室広報係
嘉信 由紀(かしん ゆき)

Tel: 076-264-5024
E-mail: koho@adm.kanazawa-u.ac.jp

金沢大学ナノ生命科学研究所事務室
米田 洋恵(よねだ ひろえ)

Tel: 076-234-4556
E-mail: hiroe@adm.kanazawa-u.ac.jp

東北大学材料科学高等研究所(AIMR)広報・アウトリーチオフィス

Tel: 022-217-6146
E-mail: aimr-outreach@grp.tohoku.ac.jp

筑波大学広報室

Tel: 029-853-2040
E-mail: kohositu@un.tsukuba.ac.jp

首都大学東京企画広報課広報係

Tel: 042-677-1806
E-mail: info@jmj.tmu.ac.jp

高知工科大学広報課

Tel: 0887-53-1080
E-mail: kouhou@ml.kochi-tech.ac.jp

科学技術振興機構広報課

Tel: 03-5214-8404
E-mail: jstkoho@jst.go.jp