トポロジカル物質中の新型粒子を発見

2019年02月21日

東北大学 大学院理学研究科
東北大学 材料科学高等研究所(AIMR)
東北大学 多元物質科学研究所
高エネルギー加速器研究機構
ドイツ ケルン大学 物理学科

トポロジカル物質中の新型粒子を発見

–ディラック・ワイル粒子に次ぐスピン1および2重ワイル粒子–

概要

東北大学大学院理学研究科の佐藤宇史教授、博士課程後期1年 高根大地、同材料科学高等研究所の相馬清吾准教授、高橋隆教授、同多元物質科学研究所の組頭広志教授、高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所の堀場弘司准教授、およびケルン大学(ドイツ)の安藤陽一教授らの研究グループは、高輝度放射光を用いた光電子分光実験注1により、コバルトシリサイド(CoSi)の内部に、これまで他のトポロジカル物質注2で観測されていたディラック粒子注3やワイル粒子注4とは異なる新型の粒子「スピン1粒子注5」および「二重ワイル粒子注5」が存在していることを発見しました。これらの新型粒子は結晶がもつカイラルな特徴注6により形成されたもので、不純物や欠陥からの散乱に対して強いトポロジカルな性質を持っています。今後、これらの新型粒子が示す物質機能の開拓が進むとともに、放射光を駆使することでさらに新しい粒子の発見が期待されます。

本成果は、米国物理学会誌フィジカル・レビュー・レターズの注目論文 (Editors’ suggestion)に選ばれ、2019年2月20日(米国東部時間)に、オンライン公開されました。

研究の背景

グラファイトから単原子層を剥離したグラフェンにおいて「ディラック粒子」が発見され、これが2010年のノーベル物理学賞の対象となったことから、その後のディラック粒子の研究に火がつきました。ディラック粒子はもともと、1928年に英国の物理学者ポール・ディラックが相対論的なフェルミ粒子として提案したもので、クォークや電子などの基本的な素粒子は全てその一種です。グラフェンにおいては、ディラック粒子は質量がほとんど無いかのように物質中を高速で動くことができるため、その移動度はシリコンの10倍以上となり、極めて高い電気伝導・熱伝導性を示します。さらに最近、このディラック粒子の質量が完全にゼロとなった「ワイル粒子(図1)」を持つ物質が発見され大きく注目されています。ワイル粒子は、90年前に数学者ヘルマン・ワイルにより、ディラック方程式の解としてその存在が予測され、素粒子のニュートリノがその有力な候補でしたが、その実験的確証はまだ得られていません。一方で最近、このワイル粒子を内部にもつ物質(ワイル半金属など)が発見されたことで、長い間の謎であった、この粒子が示す物理現象の研究が現在精力的に進んでいます。さらに、ディラック粒子やワイル粒子を利用した次世代の低消費電力デバイスなどへの応用研究が世界中で急ピッチに進められています。

ディラック粒子やワイル粒子は、宇宙空間(真空状態)において存在する素粒子として提案されたものです。一方で、固体物質は規則的に並んだ原子の凝集体であり、真空状態に比べて多様な対称性を持っています。この対称性のうち、鏡映対称性をもたないカイラルな結晶構造を持つ物質において、ディラックやワイル粒子とも違う、真空状態では存在し得ないような粒子が存在することが、最近理論的に予言されました。そのような粒子として、粒子の内部自由度がディラック粒子とワイル粒子の中間にある「スピン1粒子」や、2つのワイル粒子が複合した「2重ワイル粒子」 (図1)など、高次の自由度をもつ新型の粒子があります。これらの粒子には、トポロジカル(位相幾何学的) な性質があり、物質の対称性が崩れるような大きな変化がない限り、粒子は極めて安定に存在し、不純物や格子欠陥により運動が阻害されにくいという優れた特徴があります。また、これらの新型粒子にはディラック・ワイル粒子にはない物性や機能が予想されており、機能性物質の探索に大きな広がりを与えるものとして期待され、これらの新型粒子を内包する物質の開拓が求められていました。

研究の内容

今回、東北大学、高エネルギー加速器研究機構、ケルン大学の共同研究グループは、新型粒子をもつ候補物質であるコバルトシリサイド(CoSi;図3a)の高品質単結晶を作製し、放射光施設フォトンファクトリー(Photon factory: PF)を用いて、軟X線注7を利用した角度分解光電子分光(図2)を用いて、CoSiの電子状態を精密に観測しました。軟X線により試料内部の電子状態を3次元的に詳しく測定した結果、(図3b)に示すように、「スピン1粒子」の特徴である平らなバンドと山型のバンドが一点で交差するバンド分散注8と、図3cに示すような「2重ワイル粒子」の特徴である入れ子になったX字型バンド分散を、それぞれ明確に分離して観測することに成功しました。研究チームはさらに、放射光のエネルギーを変化させてCoSiの表面電子状態についても調べ、この「スピン1粒子」と「2重ワイル粒子」をつなぐ表面フェルミアーク電子状態注9の観測にも成功しました(図4)。これは、「スピン1粒子」と「2重ディラック粒子」が、それぞれ異なるカイラリティを持つことを示しており、これらの粒子がトポロジカルに頑強な性質を持つことの有力な証拠となります。これらの結果より、CoSiが「スピン1粒子」と「2重ワイル粒子」をもつトポロジカル物質であることが実験的に確立しました。

今後の展望

今回の研究は、ディラック粒子のように現存する素粒子とは異なる、宇宙空間(真空状態)では存在し得ない新しい粒子が、現実の固体物質内に存在することを示したものです。今回発見した「スピン1粒子」は、ディラック・ワイル粒子と全く異なる粒子で、その基礎的な性質に大きな興味が持たれます。さらに、「スピン1粒子」と「2重ワイル粒子」は、それぞれ異なる符号のカイラリティを持つため、磁場と同じ方向に電流が生ずるカイラル磁気異常や、円偏光によりカイラルな電流を誘起する光ガルバニ効果といった興味深い現象が理論的に予想され、その実験的観測が期待されます。また、CoSiに類似したカイラルな物質は数多く存在しており、今回の発見を契機にして、放射光を用いた新しい粒子をもつ物質の探索が大きく進展することが期待されます。さらに、新しい粒子を用いた次世代の電子デバイス材料の開発にも大きな弾みがつくものと期待されます。

本成果は、科研費新学術領域研究(研究領域提案型)「トポロジーが紡ぐ物質科学のフロンティア」(領域代表者: 川上則雄)、同科研費基盤研究(A)「角度分解光電子分光による原子層薄膜における超伝導とスピン軌道相互作用の研究」(研究代表者: 佐藤宇史)、同基盤研究(B)「スピン分解ARPESによるフェルミオロジーに基づいた革新的原子層超伝導体の開発」(研究代表者: 高橋 隆)、高エネルギー加速器研究機構PF共同利用実験課題などによって得られました。

用語解説

(注1)高輝度放射光を用いた光電子分光実験
光電子分光実験とは物質に紫外線やX線を照射すると電子が表面から放出される「外部光電効果」を利用した実験手法です。放出された電子を「光電子」とよびます。その測定原理は1905年にアインシュタインが提唱した光量子仮説に基づいており、光電子の分析から物質中の電子のエネルギーや運動量を高精度で決定することができます。放射光とは、光の速度まで加速された電子が放出する電磁波のことで、高輝度放射光を光源に用いると、物質の電子状態を非常に高い精度で測定することができます。近年、高輝度放射光施設が世界中で建設されており、先端材料や次世代デバイスなどの研究に大いに活用されています。
(注2)トポロジカル物質
コーヒーカップを連続的に変形させるとドーナツの形にすることができますが、ボール型にすることはできません。このような連続的に変化させても変わらない性質を探ることで、図形の本質を探る数学の分野のことをトポロジーといいます。円や直線などの論理的位置関係から構成される従来の幾何学に対して、「やわらかい幾何学」とも呼ばれます。ここ最近、この考え方を物質中の電子状態に応用することで、バルク(物質内部)は絶縁体でありながら表面にディラック電子状態をもつ「トポロジカル絶縁体」などの新物質が発見され、その研究が大きく進展しています。トポロジカルな物質の特徴として、物質のトポロジーを変化させるようことがない限り、格子の欠陥や不純物などに運動が阻害されない電子状態が発現することが知られています。物質の中のディラック粒子やワイル粒子も、そのような電子状態の一種です。
(注3)ディラック粒子
今から約90年前に英国の物理学者ディラック(1933年ノーベル物理学賞)が提唱した相対論的効果を取り入れた「ディラック方程式」に従う粒子のことを指します。このような状態にある電子は非常に動きやすい上に、半整数量子ホール効果などの通常の電子系とは異なる量子効果を示すという特徴があります。ディラック粒子は、これまでグラフェンやトポロジカル絶縁体の表面などでその存在が確認されています。
(注4)ワイル粒子
ディラック方程式において、質量をゼロとしたとき得られるフェルミ粒子(半整数スピンをもつ粒子、電子もその一種)のことです。1929年、ドイツの数学者ヘルマン・ワイルにより提唱されました。素粒子としてのワイル粒子はまだ見つかっておらず、ニュートリノがその有力な候補でしたが、ニュートリノ振動の観測により、近年ではその可能性は低いと考えられています。最近、ヒ素化タンタル(TaAs)やリン化ニオブ(NbP)といった半金属結晶がワイル粒子をもつことが放射光による光電子分光実験で発見され、これらの物質は「ワイル半金属」と呼ばれています。
(注5)スピン1粒子、2重ワイル粒子
物質の中では結晶がもつ様々な対称性によって、ディラック粒子やワイル粒子とも異なる、さらに別種の粒子が発現することが最新の理論で提唱されています。スピン1粒子と2重ワイル粒子は、CoSiの結晶がもつカイラリティ(用語解説6)や対称性などから生み出される新粒子であると予測されていました。2重ワイル粒子はワイル粒子が2つ重なった複合粒子とみなせる粒子で、2つのワイル粒子が結晶中を同調して動きます。一方、スピン1粒子は、ディラック粒子とワイル粒子とも異なる新たな粒子で、その性質に大きな興味がもたれています。さらに、これらの粒子自身もカイラリティをもっていて、スピン1粒子が右巻きのときは2重ワイル粒子は必ず左巻きになります。この性質により、これらの粒子はトポロジカルに頑強な性質をもち、結晶中の不純物や格子欠陥により散乱されにくくなるほか、カイラル量子異常などの、ふつうの物質にはない特異な現象が発現すると予想されています。
(注6)カイラリティ
右手と左手の関係のように、ある現象を鏡に映したとき、それが元の現象とは一致しない現象のことで「掌性」とも言います。結晶や分子の構造にもカイラリティをもつものがあり、同一の化学式で「右手系」「左手系」の2種の構造が存在します。カイラリティにより、光学結晶では偏光の旋光性が左右で逆になったり、分子においては異なる反応性や活性が得られたりします。素粒子も内部自由度としてカイラリティをもっており、スピンの向きと運動量が同じときは「右巻き」、逆のときは「左巻き」の2種類の状態があります。
(注7)軟X線
X線とは一般に、X線管から得ることができるエネルギー5-20 keVの電磁波を差し、レントゲンやCTなど私たちの身の回りで良く使われます。X線管では線源の種類によって特定の波長しか得られないのに対し、任意の波長の電磁波を射出できる放射光では、さらに広いエネルギー範囲の電磁波を利用することができます。この範囲によってX線の呼び方が変わり、100 eV(電子ボルト)- 2 keV(キロ電子ボルト)を軟X線、2 keV - 5 keVをテンダーX線、20 keV - 100 keVを硬X線と呼称しています。エネルギーが上がるほど、X線の透過力も上がり物質の内部まで観察できるようになります。
(注8)バンド分散
電子は、ある運動量に対して任意のエネルギーをとることはできず、そのエネルギーは運動量の関数となります。物質の中では、電子は結晶格子による散乱と干渉を受けるために、運動量とエネルギーの関係は複雑化します。運動量の関数としてグラフ化したエネルギー曲線を、電子のエネルギーバンド分散、あるいは単にバンド分散とよびます。電子の状態は、バンド分散の形状や個数、エネルギー位置で一義的に決まります。物質の多くの性質は電子のバンド分散によって決まるため、これを測定することは、様々な物性の起源解明や物質機能の改良・制御において重要になります。
(注9)フェルミアーク
通常の3次元金属において、伝導を担う電子の運動量ベクトルをつなぎ合わせていくと、運動量空間内でフェルミ面という曲面が得られ、電子の運動状態の詳しい記述に用いられます。バルクでは、仮に磁場などにより電子が周回運動したときに、運動量ベクトルは周回ごとに元の値に戻るので、フェルミ面は閉曲面である必要があります。一方、物質の表面における電子は、バルクに逃げこむことも可能なので、表面電子状態のフェルミ面は閉じた形状である必要はありません。そのような「開いた」フェルミ面は、2次元である表面の運動量空間において孤(アーク)形状をとることから「フェルミアーク」と呼ばれています。

論文情報

Observation of Chiral Fermions with a Large Topological Charge and Associated Fermi-arc Surface States in CoSi
D. Takane, Z. Wang, S. Souma, K. Nakayama, T. Nakamura, H. Oinuma, Y. Nakata, H. Iwasawa, C. Cacho, T. Kim, K. Horiba, H. Kumigashira, T. Takahashi, Y. Ando, and T. Sato

Physical Review Letters 122, 076402 (2019) (Editors’ suggestion)
DOI: 10.1103/PhysRevLett.122.076402(新しいタブで開きます)
URL: https://journals.aps.org/prl/pdf/10.1103/PhysRevLett.122.076402(新しいタブで開きます)

2019年2月20日 オンライン公開(米国東部時間)

参考図

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図1:(a)ディラック・ワイル粒子、(b)スピン1粒子、(c)2重ワイル粒子における電子のエネルギー関係の模式図。ディラック・ワイル粒子で2本の直線的なバンドが交差するが、スピン1粒子ではさらに平坦なバンドが加わり、2重ワイル粒子では4本の直線バンドが交差する。いずれの場合も、すべてのバンドは一点で交わる。

pr_190221_02.jpg図2:軟X線角度分解光電子分光実験の概念図。物質に高輝度軟X線を照射し、放出された光電子のエネルギーと運動量(放出角度)を精密に測定することで、物質の電子状態を決定できる。

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図3:(a)CoSiの結晶構造。軟X線光電子分光により観測した、(b)スピン1粒子と、(c)2重ワイル粒子の電子バンド分散。赤点線は理論計算によるバンド分散の予測。

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図4:(a) CoSiの表面電子状態の光電子強度。赤丸は表面フェルミアークの実験点のプロット。ΓXMは表面に平行方向の運動量を指す。(b) スピン1粒子および2重ワイル粒子と、表面フェルミアークの位置関係。緑の矢印は、これらの粒子の運動量を表面に射影した様子を表す。表面フェルミアークは、スピン1粒子と2重ワイル粒子をつなぐような分散を示す。

問い合わせ先

[ 研究に関すること ]

東北大学大学院理学研究科 教授 佐藤 宇史(さとう たかふみ)

TEL : 022-795-6477
E-MAIL : t-sato@arpes.phys.tohoku.ac.jp


[ 報道に関すること ]

東北大学大学院理学研究科 広報・アウトリーチ支援室

TEL : 022-795-6708
E-MAIL : sci-pr@mail.sci.tohoku.ac.jp

高エネルギー加速器研究機構 広報室

TEL : 029-879-6046
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