数学を使って粉体が結晶になる際の構造の変化を解明
数学を使って粉体が結晶になる際の構造の変化を解明
概要
東北大学材料科学高等研究所(AIMR)の平岡裕章教授、東北大学大学院理学研究科・日本学術振興会特別研究員DCの竹内博志大学院生、およびオーストラリア国立大学のモハメド・サーダットファー博士を中心とした研究グループは、数学的手法を開発し、粉体の結晶化過程における新たな構造記述を発見することに成功しました。
粉体はエネルギー散逸性注1)を持っていますが、その結晶化過程は非常に複雑であり、構造を理解するために適切な記述法を開発することが長年求められていました。本研究グループは、トポロジー注2)を応用することで、結晶化過程における粉体中の空洞構造の統一的な記述法を開発することに成功しました。粉体はマクロスコピックな性質を持ち、さまざまな物質のモデルとなることから、空洞を適切に記述することが重要になる土壌問題や地質学などの諸分野への応用も期待されます。
本成果は、平成29年5月12日18時(日本時間)に「Nature Communications」オンライン速報版に掲載されます。
研究の背景
砂や食塩、小麦、あるいは海岸の小石のような、熱揺らぎ注3)を無視できるマクロな粉や粒が多数集まった系を粉体と呼びます。粉体は衝突に際してエネルギー散逸を伴うため、外からのエネルギーを与えなければ冷えて止まってしまいます。そのため、地震による地滑りや砂山の雪崩のように、一見固体のように振る舞いながらも突然液体のような流動性を示すなど、気体・液体・固体のいずれとも異なった振る舞いを持つことで知られています。ミクロな熱系の結晶化は、単純に冷却してエネルギーを奪うことで得られますが、マクロな非熱系である粉体の結晶化過程では、非晶質な構造を解消するためにその都度エネルギーが必要となるなど、その結晶化メカニズムは複雑であり、最も単純な同じ球の集まりからなる粉体の場合ですら未だ十分には解明されていません。従来の研究では、系の体積やその力学的な状態を特徴づける指標を元に、統計的な手法によって存在可能かつ安定な粉体の構造が議論されていました。しかしこれは低密度の粉体に限られており、高密度の粉体の構造やその性質、また系の適切な記述法については一層わかっていません。
研究の内容
東北大学材料科学高等研究所およびオーストラリア国立大学の研究グループは、球の集まりからなる粉体の実験データを3次元X線トモグラフィーで取得し(図1)、パーシステント図注4)と呼ばれる応用トポロジーの手法を用いることで、粉体の高密度におけるトポロジーの変化を捉えることに成功しました(図2)。パーシステント図とはパーシステントホモロジー注5)の表示法の1つで、粉体系に含まれる空洞を定量的に分類することが出来ます。また最近ではガラスや高分子材料の構造解析などにも応用されています。本研究では、数学的にパーシステント図を詳細に解析することで、粉体実験データに含まれる結晶構造のみならず、歪んだ四面体や八面体なども定量的に特徴づけることに成功しました。また、結晶化を特徴づける4つの変形メカニズムを明らかにし(図3)、さらにそれらの変形過程の解析的な表示も具体的に導出しました。これにより結晶化過程において粉体配置がどのように変化し結晶となるかを明らかにしました。
今後の展開
今回の数学的手法を用いた粉体の構造解析に関する成果は、粉体の基礎研究から応用研究までの広い分野に大きなインパクトを与えるものであり、今後パーシステント図を用いた粉体の結晶化の更なる特徴づけについて、理解が進むことが予想されます。また今回の成果は、自然界に現れる粉体系の力学的構造安定性、振動による凝集、地質の流動性など、物質の空隙を理解することが必要不可欠なさまざまな現象に対しても新たな知見を与えるものであり、さらに純粋な粉体に留まらない広範な物質の構造解析への応用も期待されます。
なお、本成果は、文部科学省 世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)、CREST「ソフトマター記述言語の創造に向けた位相的データ解析理論の構築」(研究代表者:平岡裕章)、イノベーションハブ構築支援事業「情報統合型物質・材料開発イニシアティブ(MI2I:"Materials research by Information Integration" Initiative)」、日本学術振興会特別研究員奨励費などの援助によって得られました。
用語解説
- 注1)エネルギー散逸性
- 運動過程においてエネルギーが摩擦などから熱に変換されることで不可逆的に失われていく性質です。
- 注2)トポロジー
- 物の形を連続変形した際に保たれる性質に着目した数学の一分野です。例えば輪ゴムとコーヒーカップは、互いにリング形状を保ちながら移り合うので同じものと見なされます。位相的データ解析に代表されるように、近年では数学的な研究に加えて、トポロジーを諸科学・産業へ応用する「応用トポロジー」と呼ばれる新分野が開拓されています。
- 注3)熱揺らぎ
- システムの熱平衡状態からのランダムな変動を表します。温度が高いほど熱揺らぎは大きくなり、また逆に低いほど小さくなります。
- 注4)パーシステント図
- パーシステントホモロジーの表現方法の1つです。二次元の散布図として表示され、データに含まれる穴の情報を定量的に特徴づけることを可能とします。
- 注5)パーシステントホモロジー
- 図形や画像、さらにはより一般の「データの形」をマルチスケールで特徴づける数学的手法です。位相的データ解析と呼ばれるトポロジーを応用したデータ解析手法の1つです。その起源は19世紀フランスの数学者ポアンカレによって考案されたホモロジーにあり、21世紀になってデータ解析への応用の可能性を指摘され新たな展開を迎えています。現在、数学研究のみならず諸科学への応用研究が急速に進められています。
論文情報
著者:Mohammad Saadatfar, Hiroshi Takeuchi, Vanessa Robins, Nicolas Francois, and Yasuaki Hiraoka
タイトル:Pore configuration landscape of granular crystallisation
掲載誌:Nature Communications
DOI: 10.1038/NCOMMS15082
参考図
図1:3次元X線トモグラフィーで取得した粉体の実験データ。円筒形の容器に粉体が充填されており、通常観察することが出来ない粉体の内部構造を自由に観察することが出来る。
図2:粉体密度60%〜73%の粉体データのパーシステント図。結晶化に伴い、パーシステント図の点は正四面体及び正八面体配置に対応する領域に収束することがわかる。球の色相は相対的な高さを表す。
図3:粉体のパーシステント図を特徴付ける4つの変形モデル。(a) 部分的に結晶構造が観察される粉体密度69%の粉体データのパーシステント図。曲線はそれぞれ(b)(c)の変形モデルに対応する。(b) 正四面体配置の変形モデル。(c) 正八面体配置の変形モデル。
問い合わせ先
研究に関すること
平岡 裕章
東北大学材料科学高等研究所(AIMR) 教授
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