スピンゼーベック効果の高効率化に新指針

2016年11月11日

東北大学原子分子材料科学高等研究機構(WPI-AIMR)
東北大学金属材料研究所

スピンゼーベック効果の高効率化に新指針

-音波とスピン波の共鳴現象-

概要

東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(WPI-AIMR)/金属材料研究所 齊藤英治研究室の吉川貴史博士課程学生(日本術振興会特別研究員)と齊藤英治教授、共同研究者のGerrit E.W. Bauer教授は、物質中の音波を利用してスピンゼーベック効果の信号を増大させる新原理を発見しました。
環境の温度差が電気を作り出す現象のことを熱電変換現象と呼びます。スピンゼーベック効果は、スピン流注1)を利用した新たな熱電変換現象であり、磁性絶縁体と金属を張り合わせた二層膜で生じます。磁性絶縁体に生じた温度差によってスピン流が流れ、そのスピン流が金属層に流れ込むことで電圧を生みます。スピンゼーベック効果を用いた素子は大面積化や薄膜化の容易さから、次世代の熱電変換素子として期待が寄せられています。
これまでスピンゼーベック効果の性能向上は、磁性体中のスピン流の担い手であるスピン波(マグノン注2))の性質に注目して行われてきました。スピン波が長い距離を伝搬するほどスピンゼーベック効果の出力は大きくなるため、その伝搬距離を実質的に伸ばす素子の多層化などが素子の出力向上に大きく貢献しました。
今回の研究では、物質中の音波(フォノン注3))が、スピンゼーベック効果の出力向上に寄与する可能性を示しました。これは物質中で音波とスピン波が同じ波長と振動数で伝搬している場合、スピン流の伝搬距離を伸ばすことができるために生じる現象です。この音波の積極的な利用は、スピンゼーベック素子に最適な材料選択や素子構造に新たな指針を与えるものであり、今後の実用化研究に重要な知見を与えると期待されます。
本研究成果は、 2016年11月10日(米国時間)に、米国物理学誌「Physical Review Letters(フィジカル・レビュー・レターズ)」オンライン版で公開され、注目論文(Editors' Suggestion)に選ばれました。
なお、ERATO齊藤スピン量子整流プロジェクトでは、東北大学がスピンゼーベック効果の基礎研究を進めつつ、日本電気株式会社による実用化開発を行っています。これまでにフレキシブルなスピンゼーベック素子、多層化による出力向上などを通じて、実用化に向けた前進を続けています。これまでの研究成果は、スピンゼーベックアソシエーションを通じて、多数の企業へ情報発信されています。

研究の背景と経緯

熱電変換現象は、環境の温度差が電気を作り出す現象です。スピンゼーベック効果は、スピン流を利用した新たな熱電変換現象であり、磁性絶縁体と金属を張り合わせた二層膜で生じます。まず、磁性絶縁体に生じた温度差によってスピン流が流れます。そのスピン流が金属層に流れ込むと、逆スピンホール効果注4)と呼ばれる現象によって、金属層に電圧が生じます。スピンゼーベック効果は大面積化や薄膜化の容易さから、次世代の熱電変換素子として期待が寄せられています。
これまでスピンゼーベック効果の性能向上は、磁性体中のスピン流の担い手であるスピン波(マグノン)の性質に注目して行われてきました。スピン波が長い距離を伝搬するほどスピンゼーベック効果の出力は大きくなるため、その伝搬距離を実質的に伸ばす素子の多層化などが素子の出力向上に大きく貢献しました。
今回の研究では、物質中の音波(フォノン)が、スピンゼーベック効果の出力向上に寄与する可能性を示しました。これは物質中で音波とスピン波が同じ波長と振動数で伝搬している場合、スピン流の伝搬距離を伸ばすことができるために生じる現象です。この音波の積極的な利用は、スピンゼーベック素子に最適な材料選択や素子構造に新たな指針を与えるものであり、今後の実用化研究に重要な知見を与えると期待されます。

研究の内容

本研究では、イットリウム鉄ガーネット(YIG:Y3Fe5O12)という磁性絶縁体を試料に用いました。YIGはキュリー温度注5)や絶縁性が高く、またマグノンが長距離伝搬可能であり、スピンゼーベック効果の観測において最も理想的な物質と考えられています。また、YIGはマグノン及びフォノンの波としての性質(分散関係注6)(図1))がよく調べられている物質としても知られています。
実験では、YIGに白金(Pt)薄膜を成膜し、スピンゼーベック効果によって生じた起電力信号を測定しました(図2)。すると、マグノンとフォノンの周波数と波数(波長)が合う(分散関係の交点近傍)ときに生じる共鳴現象によって、発電量の増大が観測されました。特に共鳴の効果が最も顕著になる条件下では、図2(c)に示したように発電量が最大値をとることが分かりました。 また、温度4 K程度の低温領域ではありますが、この共鳴現象を利用して、スピンゼーベック効果の発電量が数百パーセントも改善することが明らかとなりました。
共鳴条件では、マグノンとフォノンは波として混ざるようになります。この条件下では、スピン流の担い手はもはやマグノンとは言えず、マグノンとフォノンの両方の性質を持った新しい混成波になっています。マグノンはスピン流を運ぶ一方、フォノンはマグノンよりも長距離を伝搬します。そのため、この混成波はより長距離を伝搬するスピン流として、スピンゼーベック効果を増大させると考えられます。実際に混成波の影響を考慮したスピン流の理論計算によって実験結果は良く再現され、これにより、混成波によって生じた長寿命なスピン流がスピンゼーベック効果の起電力信号増大の起源であると結論付けました。

今後の展開

今回の研究により、マグノンとフォノンの共鳴効果(混成効果)を介して、マグノン流に比べて長寿命なフォノン流をスピンゼーベック効果に利用可能であることが示されました。これによって、次世代の熱電変換技術として注目されているスピンゼーベック効果の高効率化への新しい指針が得られました。
また本研究により、従来、スピン流輸送には介在しないと考えられてきたフォノンがスピン流の担い手になり得るということが明らかになりました。今後、本発見を皮切りに音波・フォノン流を積極的に利用したスピントロニクス注7)分野の新たな発展が期待されます。

参考図

pr_161111_01.jpg図1:(a)YIGのマグノンとフォノンの分散関係。フォノンには横波と縦波の二種類が存在する。マグノンの分散関係は磁場を印加すると磁場に比例して高周波側にシフトする。一方で、フォノンの分散関係は磁場によって変化しない。(b),(c) 共鳴現象によって生じたマグノンと横波フォノンの混成波の分散関係。

pr_161111_02.jpg図2:(a)YIGのマグノンとフォノンの分散関係の模式図。磁場値が2.6 T、9.3 Tのときに、マグノンの分散関係はそれぞれ横波フォノン、縦波フォノンの分散関係に一点で接し、このときマグノン-フォノン共鳴(混成波)の寄与が最大となる。 (b)起電力の磁場依存性。 (c)起電力が最大値をとる磁場付近の拡大図。

 

付記事項

本研究成果は科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)「齊藤スピン量子整流プロジェクト」、世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)などの一環で得られました。

用語解説

注1)スピン流
電子が持つ磁気的性質であるスピン(角運動量)の流れ。
注2)マグノン
磁性体の内部で整列したスピンの揺らぎ(スピン波)を量子力学的に扱い、粒子として表したもの。
注3)フォノン
結晶内部の音波を量子力学的に扱い、粒子として表したもの。
注4)逆スピンホール効果
スピン流を流すと、その流れる方向と、流れているスピンの向きに垂直な方向に電圧が生じる現象のこと。
注5)キュリー温度
磁性体材料が磁石ではない常磁性状態(スピンの向きがバラバラの状態)から磁石として機能する強磁性状態(スピンの向きがそろった状態)に転移する温度。YIGの場合、約300°Cである。
注6)分散関係
マグノンやフォノン等の粒子のもつ周波数と波数の関係は物質ごとによって決まっており、この関係を分散関係とよぶ。波数は波長の逆数に2πを乗じた量として定義される。
注7)スピントロニクス
電子の磁気的性質であるスピンを利用して動作する全く新しい電子素子(トランジスタやダイオードなど)を研究開発する分野のこと。

論文情報

“Magnon Polarons in the Spin Seebeck Effect”
Takashi Kikkawa, Ka Shen, Benedetta Flebus, Rembert A. Duine, Ken-ichi Uchida, Zhiyong Qiu, Gerrit E. W. Bauer, and Eiji Saitoh.
Physical Review Letters 117, 207203(2016).
doi: 10.1103/PhysRevLett.117.207203(新しいタブで開きます)

問い合わせ先

齊藤 英治(サイトウ エイジ)
ERATO 齊藤スピン量子整流プロジェクト 研究総括
東北大学原子分子材料科学高等研究機構/金属材料研究所 教授

住所 : 〒980-8577 宮城県仙台市青葉区片平2-1-1
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E-MAIL : eizi@imr.tohoku.ac.jp

報道担当

皆川 麻利江(ミナガワ マリエ)
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東北大学 金属材料研究所 情報企画室広報班

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