多孔質グラフェン電極の量産化が視野に

2016年10月11日

東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(WPI-AIMR)

多孔質グラフェン電極の量産化が視野に

-金属を使用しない水素発生装置への展開に期待-

概要

東北大学原子分子材料科学高等研究機構(WPI-AIMR)の伊藤良一准教授、陳 明偉教授と阿尻雅文教授らは、ワンステップで大量作製が可能な3次元構造をもつ多孔質グラフェン作製手法を開発し、またその多孔質グラフェンから水素発生電極を作製することに成功しました。
現在水素は二酸化炭素を排出しないクリーンエネルギーとして注目されており、さらに再生可能エネルギー電力(注1)を貯蔵・運搬するエネルギーキャリア(注2)の有力候補として期待されています。しかし、水素を発生させるために必要な水の電気分解装置は高価で希少な白金を水素発生電極として使用しており、より安価な代替電極の開発が望まれています。
本研究グループは、ニッケルナノ粒子を加熱することで多孔質化しそのまま連続してグラフェンを蒸着させるという新たな多孔質グラフェンの作製法を開発することで、作製工程とコストを削減することに成功しました。また曲率半径50ナノメートルで曲がったグラフェンの格子が化学ドーパント(注3)を吸収しやすい特性を利用して従来の2~3倍以上の化学元素種をドープする手法を開発し、従来のグラフェンでネックだった触媒特性の改善を行いました。この新たな多孔質グラフェンを用いることで効率よく水素を発生させる電極を開発しました。本グラフェン電極は、白金を使用しないことから安くて環境負荷が少なく、また大量生産への移行が視野に入るため、低コストな水の電気分解装置用電極への展開が期待されます。 本研究成果は、2016年10月10日(ドイツ時間)発行のドイツ科学誌「Advanced Materials」オンライン速報版で公開されました。

研究の背景と経緯

水素は排気ガスが一切出ない次世代エネルギー源として注目されています。また、水素はすぐに使用しなければならない電力と違って貯蔵・運搬が可能なエネルギーキャリアでもあり、燃料電池等を用いれば電力需要が高い時期に水素から再度電気を取り出すことが可能です。現在、水素は化石燃料と高温水蒸気を用いた水蒸気変成法を用いて主に生産されていますが、化石燃料等の既存エネルギーを大量消費していることが問題視されています。水素が真にクリーンなエネルギー媒体となるためには、電力系統に乗せにくい再生可能エネルギー電力などを用いて水の電気分解等で効率よく生産することが望まれています。本研究グループでは、希少な白金などの貴金属の使用を避け、金属を含まない炭素からなる多孔質材料を使用し、大量生産に移行しやすい生産プロセスを模索しながら水素発生電極の開発を行ってきました。

研究の内容

先行研究では理想的な状態を構築したモデル研究で基礎的な事象を理解し、様々なタイプの優れた炭素系水素発生電極が模索されてきました。本研究は、まず、量産化に移行させやすいように大量生産が可能なニッケルナノ粒子に着目しました。今回開発したナノ多孔質グラフェンの作成法は、ニッケルナノ粒子からナノ多孔質構造(注4)を作製しながら化学気相蒸着法(CVD)法(注5)を用いることでワンステップで多孔質グラフェンの作製が可能となり、作製工程の簡略化とそれに伴うコストを大幅に減らすことに成功しました。(図1)
次に化学的に安定なグラフェンの脆弱な触媒機能を向上させるために高い曲率を持つグラフェンに着目しました。これまでのグラフェンは2次元平面であったために、触媒活性の基点となる化学ドーパントの導入が難しいことが問題となっていました。本研究グループは高い曲率を持つグラフェンは幾何学的機械的に負荷が大きく構造が不安定なことに着眼し、化学ドーパントを加えることで構造不安定性を解消させるのと同時に、従来の2次元平面構造より2-3倍近い触媒活性点を導入する手法の開発に成功しました。
実際の工程として、ピリジン、チオフェンとトリフェニルホスフィンをグラフェンの前駆体として用いることで、ナノ多孔質構造上に窒素、硫黄とリン元素を同時に含有したグラフェンを蒸着(注6)し、化学ドープを施したナノ多孔質グラフェン電極を作製しました。このナノ多孔質グラフェンは窒素、硫黄、リン原子同士が固まることなく分散し、大きな比表面積(600m/g)と孔半径が25~100nmまで調節可能な構造体を持つ結晶性の高いグラフェンであることが分かりました。(図2)これは典型的な平板金属電極に比べると同体積で350倍程度まで表面積が増大していることが分かりました。
これらの化学ドープナノ多孔質グラフェンを電極として用い、酸性水溶液中で水素発生試験を行いました。(図3)金属を使用しない化学ドープした3次元ナノ多孔質グラフェン電極はドープ種類とそのドーピング量が増えるにつれて水素を発生させるために必要な電圧が減少しました。今のところこの水素発生能力は白金の3倍程度の電圧が必要ですが、更なる性能向上と生産プロセスの改善を続けることで、大量の白金を用いて高価で高性能な水素発生電極を作製するのではなく貴金属を使用しない安い材料構成で性能がそれなりに良く採算性が取れる持続可能な水素発生電極になると期待されています。
また、今回確立した3次元ナノ多孔質グラフェンの幾何学的な歪みが高いことを利用した化学ドープ濃度を向上させる手法は、炭素材料を用いた他のエネルギー分野(燃料電池や蓄電池など)に対して金属を使用しない触媒能力を高める指針を与えるものであり他の分野の材料開発に対しても非常に有用な材料設計指針であるといえます。

今後の展開

本作製方法は、従来の複数工程を必要とする多孔質グラフェンの作製プロセスを一気に省き、加熱すると多孔質化するナノ粒子の性質を利用した1ステップ多孔質グラフェンの作製手法であり、大量生産に向いているプロセスであるといえます。ニッケルだけではなく、鉄や銅などのナノ粒子を用いることで原理的に様々な多孔質化が可能となるため、水素発生電極のみならず、燃料電池用電極、スーパーキャパシタや蓄電池などといったエネルギー関連材料を可能にする先端材料として幅広い用途・応用展開が期待できます。今後は多孔質グラフェンの製品化を目指し企業と連携を進めていく予定です。

参考図

pr_161011_01.jpg図1 ナノ粒子を加熱することで多孔質化しそのまま連続してグラフェンを蒸着する工程。グラフェン蒸着後はニッケルを溶解させることでグラフェンの単離が可能。ナノ粒子を基盤に塗布することでフィルム形状のグラフェンの作製も可能となる。

pr_161011_02.jpg図2 化学ドープしたナノ多孔質グラフェンの電子顕微鏡像、元素マッピングと欠陥濃縮の様子。(a-b)ナノ多孔質グラフェンの電子顕微鏡像。(c)化学ドープナノ多孔質グラフェンの元素マッピング。測定した場所(白黒)、炭素(緑)、窒素(赤)、硫黄(紫)、リン(黄色)、酸素(青)。(d)曲率部に化学ドーパントが集中している模型図。曲がっている状態のグラフェンは機械的負荷によりエネルギー的に不利なため、化学ドーパントで負荷を緩和しようとし、その結果、化学ドーパントと欠陥の濃縮が起こっている様子。

pr_161011_03.jpg図3 化学ドープしたナノ多孔質グラフェンの水素発生試験結果。
G:化学ドープしていないナノ多孔質グラフェン、N:窒素ドープ、P:リンドープ、S:硫黄ドープ、SP:硫黄リンドープ、NS:窒素硫黄ドープ、NP:窒素リンドープ、NSP:窒素硫黄リンドープしたものをそれぞれ示している。

 

用語解説

注1)再生可能エネルギー電力
水力発電、風力発電、太陽光発電、地熱発電などの自然界の事象を利用して発電した電力。
注2)エネルギーキャリア
貯蔵できない電気を化学物質に変換し、エネルギーの貯蔵・運搬を可能にする化学媒体。例えば、水素、アンモニア、メタン、ギ酸、過酸化水素、アルコール、ジエチルエーテル、トルエンなどの化学物質が該当し、燃料電池などを用いてそれらの化学物質から再度電気が取り出せる物質を指す。
注3)化学ドーパント
グラフェンの格子内部に炭素以外の異種原子を入れ込んだとき、異種原子(窒素、硫黄、リンなど)を化学ドーパントという。

pr_161011_04.jpg図4 窒素、硫黄、リンを化学的にドープしたグラフェンが取りうるとされる構造。

注4)ナノ多孔質構造/ナノ多孔質金属
ナノ多孔質金属は物質の内部にナノサイズの細孔がランダムにつながったスポンジ構造体(ナノサイズの細孔を持つ多孔質構造体)のこと。例えば、図4の金の場合、ひも状の構造体が連続してつながって穴が開いている状態である。ナノ多孔質を持つ物質では、この穴とひも状構造が数ナノメートルサイズの状態で維持されている。また、ナノ多孔質グラフェンの場合、ひも状構造の表面に薄皮1枚残して中が中空になっている構造体を持つ。

pr_161011_05.jpg図5 ナノ多孔質金属の3次元立体図。

注5)化学気相蒸着(CVD)法
目的物質の前駆体を含んだガスを高温で加熱しながら流すことにより、化学的に薄膜する手法である。熱分解された分子は基盤表面上で化学反応を起こし、その反応によって1層から数層の膜を作製することができる。
注6)蒸着
有機物や金属などを気化・蒸発させて素材表面に薄膜を形成する手法。

論文情報

"Correlation between chemical dopants and topological defects in catalytically active nanoporous graphene”
著者:Yoshikazu Ito, Yuhao Shen, Daisuke Hojo, Yoji Itagaki, Takeshi Fujita, Linghan Chen, Tsutomu Aida, Zheng Tang, Tadafumi Adschiri, Mingwei Chen

付記事項

本研究は、東北大学原子分子材料科学高等研究機構の北條大介助教、藤田武志准教授らの協力を得て行いました。
本研究成果は以下の事業・研究領域によって得られました。

  • JST戦略的創造研究推進事業 さきがけ 研究領域:「再生可能エネルギーからのエネルギーキャリアの製造とその利用のための革新的基盤技術の創出」
    研究代表:伊藤良一(東北大学原子分子材料科学高等研究機構 准教授)
  • 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構 超ハイブリッド材料技術開発 (ナノレベル構造制御による相反機能材料技術開発)」
    PL阿尻 雅文(東北大学原子分子材料科学高等研究機構 教授)
  • 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構SIP(戦略イノベーション創造プログラム)/「フルイディック材料創製と3Dプリンティングによる構造化機能 材料・デバイス
    研究開発責任者 阿尻 雅文(東北大学原子分子材料科学高等研究機構 教授)
  • 経済産業省・産学連携イノベーション促進事業「超臨界ナノ材料技術に基づく新産業創成・産学協奏連携システムの世界拠点形成」
    運営代表者 阿尻 雅文(東北大学原子分子材料科学高等研究機構 教授)
  • 日本学術振興会 科学研究費補助金盤研究(S)「超臨界法による有機無機ハイブリッドナノ粒子合成・化工熱力学と単位 操作の確立」
    研究代表者 阿尻 雅文(東北大学原子分子材料科学高等研究機構 教授)
  • JST戦略的創造研究推進事業 CREST 研究領域:「エネルギー高効率利用のため の相界面科学」
    研究代表:陳 明偉(東北大学原子分子材料科学高等研究機構 教授)
  • 世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)

問い合わせ先

研究に関すること

伊藤良一(いとうよしかず)
東北大学原子分子材料科学高等研究機構(WPI-AIMR) 准教授

住所 : 〒980-8577 宮城県仙台市青葉区片平2-1-1
TEL/FAX : 022-217-5926/022-217-5926
E-MAIL : ito@wpi-aimr.tohoku.ac.jp

ナノ粒子に関すること

阿尻雅文(あじりただふみ)
東北大学原子分子材料科学高等研究機構(WPI-AIMR)
(兼)多元物質科学研究所
(兼)未来科学技術共同研究センター 教授

住所 : 〒980-8577 宮城県仙台市青葉区片平2-1-1
TEL/FAX : 022-217-6321/022-217-6321
E-MAIL : ajiri@tagen.tohoku.ac.jp

報道担当

皆川 麻利江(ミナガワ マリエ)
東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)広報・アウトリーチオフィス

TEL : 022-217-6146
E-MAIL : aimr-outreach@grp.tohoku.ac.jp