「ナノサイズのコマ」も「歳差運動」と「自転運動」の二種で回る
「ナノサイズのコマ」も「歳差運動」と「自転運動」の二種で回る
-理論が解き明かすカーボンナノチューブ分子ベアリングの回り方-
図1.カーボンナノチューブ分子ベアリング。ベアリング(赤)内部で回転子(灰)が軸(青)を中心に、あたかもコマのように軸回転している。上図が分光分析でわかっていた大まかな回転運動。下図が今回の理論研究から解明された回転運動の詳細。「歳差運動(左)」と「自転運動(右)」の二種が存在していることが明らかとなった。
発表概要
国立大学法人東北大学の磯部寛之教授(JST ERATO磯部縮退π集積プロジェクト研究総括)と河野裕彦教授らの共同研究グループは、最先端理論計算を駆使することで、世界最小のカーボンナノチューブ分子ベアリングの動きを精密に解明しました。具体的には、「歳差運動」と「自転運動」の二種の異なる回転様式が存在すること、低温では「歳差運動」が主体、高温ではそこに「自転運動」が加わることを解き明かしたものです。この新知見を分子設計に発展・活用することで、ナノサイズの分子運動が自在制御できるようになると期待させる成果となります。
発表内容
磯部教授らのグループは、2013年に「カーボンナノチューブ分子ベアリング」の大量合成を実現していました。有限長カーボンナノチューブ分子を外枠、フラーレンを回転子としたナノサイズのベアリングです。これまでの分光分析から、このカーボンナノチューブ分子ベアリング内では回転子が軸回転していることが明らかになっていました。回転子がナノサイズのコマのように回転していたのです。分光分析ではさらに、温度を変えることで回転運動になにかしらの変化が起こることまではわかっていましたが、これまでその詳細は未解明のままとなっていました。今回の理論研究により、この謎が解き明かされました。
今回の研究は、実験化学者と理論化学者の共同研究により、カーボンナノチューブ分子ベアリングの回転運動の詳細を明確にしたものです。研究グループは、はじめに密度汎関数法のなかで、カーボンナノチューブ分子ベアリングの理論分析に適した手法を探索しました。カーボンナノチューブ分子ベアリングは、湾曲したπ電子系が接触した独特な構造をもつため、どのような手法が適用できるのかでさえ知見がなかったためです。研究グループは十種を越える手法のなかから、平尾公彦教授(現 理化学研究所計算化学研究機構)らが開発した密度汎関数LC-BLYP法が最適であり、実験的な熱力学エネルギーを非常に精度良く再現することをつきとめました。
研究グループでは、この手法を活用し、遷移状態計算ならびに分子動力学法計算を行うことで、カーボンナノチューブ分子ベアリングの動きを再現しました。遷移状態の探索には、化学反応経路自動探索プログラムGRRMを用いたことが効果的でした。その結果、分子ベアリングの回転には「歳差運動」と「自転運動」という二種類の異なる動きがあること(図1、2)がわかりました。さらに、研究グループは、温度が低い(低エネルギー状態)ときには「歳差運動」が主に起こっており、温度を高く(高エネルギー状態)するにつれ、そこに「自転運動」が加わっていくことを見いだしました。この二種類の運動の存在と、その温度による変化が、これまでの分光分析の解析を困難にした原因だったのです。
実世界でのコマの動きでは、回し始め(高エネルギー状態)には、軸が直立した回転「自転運動」が主になりますが、回転が止まる頃(低エネルギー状態)には、首を振る「歳差運動」が主になります。今回の研究成果は、ナノサイズのコマでも、これと同じようなことが起こっていることを明らかにしたものです。ただし、今回の理論研究は、同時に、磯部教授らのナノサイズコマの回転には、摩擦(エネルギー障壁)がほとんどなく、一度エネルギーを与えると、なかなか回転が止まらないことを示しており、ナノサイズの世界でのみ起こる不思議な現象の一つをも明らかにしています。
今回の研究成果は、ナノサイズの分子機械の分子設計に新しい方向性を示すものであり、これからの化学合成とそれを活用した新しい機能性ナノ分子機械の登場をますます期待させる成果となります。
この研究は、JST戦略的創造研究推進事業ERATO「磯部縮退π集積プロジェクト」の一環として、また科学研究費助成事業、HPCI戦略プログラム (SPIRE) 、計算物質科学イニシアティブなどを使って行ったものであり、英国王立化学会の新しい旗艦誌「ケミカル・サイエンス」誌に近日中に正式掲載されます。なお、本研究はその重要性・新規性が審査員や編集者により認められており、近日、重要論文(Hot article)として同誌ブログ内で紹介される予定です。
研究者の氏名・所属:
磯部 寛之 |
JST ERATO磯部縮退π集積プロジェクト 研究総括 東北大学原子分子材料科学高等研究機構 主任研究者 東北大学大学院理学研究科 教授 |
---|---|
中村 公亮 (なかむら こうすけ) |
東北大学大学院理学研究科 博士後期課程学生 |
一杉 俊平 (ひとすぎ しゅんぺい) |
東北大学大学院理学研究科 助教 |
佐藤 宗太 (さとう そうた) |
JST ERATO磯部縮退π集積プロジェクト グループリーダ 東北大学原子分子材料科学高等研究機構 准教授 |
時子山 宏明 (とこやま ひろあき) |
和歌山大学システム工学研究科 研究員 |
山門 秀雄 (やまかど ひでお) |
和歌山大学システム工学研究科 准教授 |
大野 公一 (おおの こういち) |
量子化学探索研究所 所長・理事長 東北大学 名誉教授 |
河野 裕彦 (こうの ひろひこ) |
東北大学大学院理学研究科 教授 |
発表雑誌
英国王立化学会旗艦誌ケミカル・サイエンス(Chemical Science)
2015年2月18日 公開
(http://dx.doi.org/10.1039/c5sc00335k)
*Chemical Science誌の「重要論文(Hot Article)」として紹介される予定
**Chemical Science誌の論文はOpen Accessとなっており,どなたにも本文をご覧いただけます
論文名: | Theoretical studies on a carbonaceous molecular bearing: Association thermodynamics and dual-mode rolling dynamics |
---|
(和文:炭素性分子ベアリングの理論研究:会合熱力学と二つの回転運動)
用語解説
カーボンナノチューブ
飯島澄男教授(東北大学大学院理学研究科出身、現名城大学)が1991年に発見した、ダイヤモンド、非晶質、黒鉛、フラーレンに次ぐ5番目の炭素材料。グラフェンシートが直径数ナノ(10億分の1)メートルに丸まった極細チューブ状構造を有している。カーボンナノチューブはその丸まり方、太さ、端の状態などによって、電気的、機械的、化学的特性などに多様性を示し、次世代産業に不可欠なナノテクノロジー材料として、今なお、世界中で最も注目されている材料である。
有限長カーボンナノチューブ分子
磯部寛之教授らの有限長カーボンナノチューブ分子に関する先行研究については、以下のプレスリリースをご参照ください:
有限長カーボンナノチューブ分子のナノ分子ベアリングの結晶構造について(2014年5月27日)
li>http://www.tohoku.ac.jp/japanese/2014/05/press20140527-01.html
カーボンナノチューブの有限長指標(ものさし)について(2014 年1 月22 日)
- http://www.tohoku.ac.jp/japanese/2014/01/press20140122-01.html
- http://www.orgchem2.chem.tohoku.ac.jp/finite/
顔料からの伸長型有限長カーボンナノチューブの合成について(2013 年5 月22 日)
有限長カーボンナノチューブ分子を活用した溶液中のナノベアリングについて(2013 年1 月9 日)
世界初ジグザグ型カーボンナノチューブ分子の化学合成について(2012 年7 月18 日)
世界初らせん型カーボンナノチューブ分子の選択的化学合成について(2011 年10 月12 日)
密度汎関数法
電子密度から分子のエネルギーなどの物性を計算する理論的手法。現在、凝集系物理学や計算物理、計算化学の分野で実際に用いられる手法の中で、もっとも汎用性の高い手法の一つとなっている。
遷移状態
化学反応が起こるときもっともエネルギーを必要とする状態。この状態を知ることで化学反応の成否や経路を理解することができる。
分子動力学
分子の動きを理論的に解明する方法。化学反応経路を精確に捉えるために必須であるが、今回の研究のように非常に多くの原子が関係する場合、通常は、計算コストが高すぎ実施することが極めて困難となる。
化学反応経路自動探索プログラムGRRM
量子化学計算法を利用し、化学反応経路をコンピュータで自動的に探索する世界初の国産プログラム。2003年から開発が開始され、化学反応がどのように進んでいるかを簡便に明確にできる次世代プログラムとして世界から注目されている。
参考情報: http://grrm.chem.tohoku.ac.jp/GRRM/
添付図版
*添付図版は動画としてもご覧頂けますので以下のURLをご参照下さい
歳差運動: http://www.orgchem2.chem.tohoku.ac.jp/PrecMovie.gif
自転運動: http://www.orgchem2.chem.tohoku.ac.jp/SpinMovie.gif
図2.カーボンナノチューブ分子ベアリングの回転運動の詳細。外側のベアリング(赤)の中で、回転子が回転する。低温(低エネルギー状態)では、歳差運動のみだが、高温(高エネルギー状態)では、歳差運動に自転運動が加わる。
問い合わせ先
磯部 寛之
東北大学大学院理学研究科 化学専攻 教授
TEL : | 022-795-6585 |
---|---|
E-MAIL : | isobe@m.tohoku.ac.jp |
Lab HP : | http://www.orgchem2.chem.tohoku.ac.jp/ |
河野 裕彦
東北大学大学院理学研究科 化学専攻 教授
TEL/FAX : | 022-795-7720 |
---|---|
E-MAIL : | hirohiko-kono@m.tohoku.ac.jp |
JST事業に関すること
大山 健志(オオヤマ タケシ)
住所 : | 〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K's五番町 |
---|---|
TEL : | 03-3512-3528 |
FAX : | 03-3222-2068 |
E-MAIL : | eratowww@jst.go.jp |
報道担当
東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)
広報・アウトリーチオフィス
住所 : | 〒980-8577 宮城県仙台市青葉区片平2-1-1 |
---|---|
TEL : | 022-217-6146 |
E-MAIL : | outreach@wpi-aimr.tohoku.ac.jp |