シリセンの基盤電子構造解明

2014年12月22日

東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)
東北大学 大学院理学研究科

シリセンの基盤電子構造解明

-グラフェンを越えるシリセンの新機能開拓に道-

概要

東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)の高橋隆教授、一杉太郎准教授、菅原克明助教は、豊田中央研究所の中野秀之主任研究員らの研究グループと共同で、グラフェンを越えると期待されている新材料シリセンの層間化合物CaSi2を合成し、その電子状態の解明に世界で初めて成功しました。その結果、シリセンが見かけ上の質量がゼロとなる電子状態を持つことが明らかとなりました。この成果は、超高速電子デバイスへの応用が期待されているシリセンの基盤電子状態の理解と、その材料設計および機能開拓に大きく貢献するものです。
シリセンは、硅素(Si)が蜂巣格子状に組んで形成した一枚の原子シートで、炭素からなる同様な原子シートであるグラフェンを越える新材料として近年盛んに研究が行われています。しかし、単離したシリセン原子シートを合成することが難しく、これまでシリセンの電子状態は詳しく分かっていませんでした。本研究グループは、何層も積層させたシリセン層間にカルシウム(Ca)を挿入したCaSi2を合成することで、電子状態の測定に成功しました。
本成果は、平成26年12月16日(現地時間)にドイツ科学誌「Advanced Materials」オンライン版で公開されました。

研究の背景

シリセンは、硅素(Si)が蜂巣格子状に組んで形成した一枚の原子シートで、炭素からなる同様な原子シートであるグラフェン(図1a)を越える新材料として近年盛んに研究が行われています(図1b)。2010年のノーベル物理学賞の対象となったグラフェンは、原子シート中の電子が非常に高い移動速度を有するため、超高速電子デバイスや液晶ディスプレイなどへの応用が精力的に進められています。しかしながら、グラフェンはその電子状態に、半導体デバイス構築に必要なエネルギーバンドギャップ注1)を持たないため、超高速半導体デバイス開発への展開が大きく制限されています。一方シリセンは、グラフェンと同様な電子状態を形成し、さらに電界効果によってバンドギャップの形成とその制御が可能であると提案されており、グラフェンの欠点を克服した新たな新機能材料として、超高速電子デバイスへの応用が大きく期待されています。しかしながらシリセンは、その結晶構造にしわ状の凹凸構造(バックリング構造)と呼ばれるグラフェンとは異なる構造を持つため(図1b)、超高速電子の起源となるディラック・コーン注2)と呼ばれる特殊な電子状態(図2)を持つかどうか不明でした。また、単離したシリセン原子シートを合成することの難しさもこの問題の解明を遅らせていました。しかしながら、バックリング構造を持つシリセンにディラック・コーン電子状態が存在するかどうかは、シリセンがグラフェンを越える新機能材料として利用できるかどうかの大きな判断の基礎となることから、その電子状態の解明が急がれていました。

研究の内容

今回、東北大学および豊田中央研究所の研究グループは、何層も積層させたシリセン層間にカルシウム(Ca)を挿入した多層シリセン層間化合物CaSi2(図1c)の合成を行い、その電子エネルギー状態の測定を行いました。CaSi2の結晶中では、シリコン原子はシリセンと同じ蜂巣格子状のバックリング構造を持つ原子シートを形成していることが知られており、単独では測定が困難な単層シリセンの電子状態を測定することが出来ると考えられます。今回、光電子分光注3)(図3)と呼ばれる実験手法を用いてCaSi2の電子エネルギー状態を調べた結果、蜂巣格子状の原子配置に由来するパイ電子やシグマ電子(図1a)がCaSi2のシリセン層に分布して存在し、さらに観測されたパイ電子がディラック・コーン電子状態(図2)を形成していることを初めて見出しました。このことは、グラフェンでは存在しないバックリング構造を持つシリセンにおいても,超高速電子の起源となるディラック・コーン電子状態が安定して形成されていることを示すもので、今後のシリセンを基盤材料とする超高速電子デバイスの開発に大きく道を拓くものです。

今後の展開

本研究は、透明電極や超高速デバイスとして応用が進められているグラフェンを越えると期待されているシリセンの電子状態を、その層間化合物CaSi2を用いて明らかにしたものです。単独のシリセンと同じ結晶構造を持つCaSi2中のシリコン原子シートが、超高速電子の起源となるディラック・コーン電子状態を持つ事が明らかになりました。今後は、このCaSi2に対して、Ca原子の相対数を変化させて電子の数を調整し、またCaを他の元素に置換することで化学的な圧力を印加する事でディラック・コーン電子状態を制御して、半導体デバイス構築へ向けた材料設計を進める必要があります。また一方で、半導体基板上に分子線エピタキシー法でCaSi2超薄膜を作成し,そのシリセン原子シート中のディラック・コーン電子を利用する超高速電子デバイスへの応用展開も期待されます。

付記事項

本成果は、基盤研究(S)「超高分解能スピン分解光電子分光による新機能物質の基盤電子状態解析」(研究代表者: 高橋 隆)、若手研究(B)「積層制御グラフェンの新規物性開拓」(研究代表者: 菅原克明)、新学術領域「原子層科学」(領域代表者: 齋藤理一郎)などの補助によって得られました。

参考図

pr_141222_01.gif図1: (a)グラフェン、(b)シリセン、および(c)多層シリセン層間化合物CaSi2の結晶構造。グラフェン中には、パイ電子およびシグマ電子と呼ばれる2種類の電子が存在します。シリセンはグラフェンと異なり、バックリング構造とよばれる凸凹した構造を持ちます。CaSi2はシリセンの原子シート間にカルシウムが挿入された構造を持ちます。

pr_141222_02.png図2: グラフェンやシリセン中の電子の運動量〔横軸〕とエネルギー〔縦軸〕の関係。ディラック・コーンと呼ばれています。運動量とエネルギーの関係が直線的になっていることから、質量がゼロとなり、物質中を超高速で移動できます。

pr_141222_03.png図3: 光電子分光の概念図。物質に高輝度紫外線を照射し,放出された光電子のエネルギーを精密に測定します。

用語解説

注1)バンドギャップ
半導体中で、電子が占有する最高のエネルギー準位と、電子が非占有となる最低のエネルギー準位の間のエネルギー差のことです。半導体を電界効果等で制御する上で重要なパラメータです。
注2)ディラック・コーン
英国の物理学者ディラックが提唱した相対論的量子力学の基本方程式「ディラック方程式」に従う電子のエネルギー状態のことです(図2参照)。このような状態にある電子は、光子のように質量がゼロであるため、物質中を高速で運動するだけでなく、様々な興味深い物理現象を発現すると期待されています。
注3)光電子分光
結晶に紫外線やX線を照射すると物質の表面から電子が放出されます。放出された電子は光電子と呼ばれ、その光電子のエネルギーや運動量を測定すると、その電子が元々いた物質中の電子の状態、つまり物質の電子状態が分かります。図2で示すディラック・コーン電子状態を実験的に描き出すことができ、物質の示す様々な性質(例えば超伝導や光学的性質など)を明らかにすることができる強力な実験手段です。

論文情報

"Direct Observation of Dirac Cone in Multilayer Silicene Intercalation Compound CaSi2"
Eiichi Noguchi, Katsuaki Sugawara, Ritsuko Yaokawa, Taro Hitosugi, Hideyuki Nakano, and Takashi Takahashi
(DOI: 10.1002/adma.201403077 (新しいタブで開きます))

問い合わせ先

研究に関すること

高橋 隆(タカハシ タカシ)
東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(AIMR) 教授
(大学院理学研究科兼任)

TEL : 022-795-6417
E-mail : t.takahashi@arpes.phys.tohoku.ac.jp

菅原 克明(スガワラ カツアキ)
東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(AIMR) 助教

TEL : 022-217-6169
E-mail : k.sugawara@arpes.phys.tohoku.ac.jp

報道に関すること

中道康文
東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR) 広報・アウトリーチオフィス

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