液晶の電場配向に対する閉じ込め効果を初観測
液晶の電場配向に対する閉じ込め効果を初観測
-空間の狭さで液晶の特性が変わるメカニズムを解明-
概要
東北大学原子分子材料科学高等研究機構の栗原和枝教授の研究グループは、独自に開発した共振ずり測定法(*1)を駆使し、基板の間の距離約13 nm以下の空間に閉じ込められた液晶は、電場により分子の向きを変えることが出来なくなることを見いだしました。
液晶ディスプレーは、2枚の基板が液晶分子を挟んでできた素子から構成されており、一定方向に並んでいる(配向している)液晶分子の向きを、電場を用いて変えることで表示を制御しています。本研究グループでは、基板表面間の距離を連続的に変えながら表面間の液体の特性を高感度に調べることができる共振ずり測定法を独自に開発し、表面間距離をナノメートルレベルで変えながら液晶の配向、およびその電場に対する応答の評価を行いました。その結果、表面からの距離、或いは表面間の距離がある臨界値以下になると、電場などの外場により分子の向きを制御できなくなることを初めて示しました。今回の研究成果は、基礎科学としては“閉じ込め効果 (固体壁により分子の動きが制限される効果)(*2)”の理解につながると期待され、応用面ではディスプレーなどの液晶デバイスの微細化の限界を知る上で非常に重要な成果と言えます。
本研究は、2014年2月7日(英国時間)に英科学誌「Soft Matter」オンライン版に掲載されます。
図1:基板間の距離 (D)が13nm以下だと、電場をかけても液晶の方向が変化しなくなる
研究の背景
最近の表面力測定や計算機シミュレーションによる研究から、固体表面間のナノメートルレベルの隙間 (分子サイズの数倍程度) に閉じ込められた液体 (液晶) は、 “閉じ込め効果 (固体内には分子が移動できないため分子の動きが制限される効果)” のために、液体分子が規則的に並んだり、著しい粘度上昇を示すことが知られています。このような現象は、基礎科学的に興味深い課題であり、必要性が高まっているナノインプリンティング(*3)やナノ化学デバイスなどナノスケールでのデバイス開発においても重要な要素となっています。
ただし、現状では、液体や液晶分子がどの程度の空間に閉じ込められると、どの程度まで運動性が制限されるのか? といった具体的で定量的な情報は限られており、その物理化学的な機構は解明されておらず、予測できるような理論も提案されていません。
このような背景を踏まえて、我々は閉じ込め効果の理解を進めるため、液晶分子を対象として閉じ込め効果の研究を行いました。液晶分子は、分子の構造や極性に強い異方性(*4)を有しており、液体のような流動性をもちながらも分子が同じ方向を向いて配列する性質を持ちます。さらに、液晶分子に対して電場などの外場を与えることで、分子を回転させる力(トルク)を発生させて、分子の向きを制御することができます。これは、液晶ディスプレーに代表される様々な液晶デバイスで利用されている技術です。
外場により液晶に発生する回転力は定量的に見積ることができます。この回転力により、どの程度の狭い空間まで液晶分子の向きを変えることができるか?ということを調べれば、閉じ込め効果は、どの程度のサイズでどの程度の力に相当する効果を発生するのか?という知見が得られると考えました。また、未だ十分に解明されていない表面による液晶分子の配向のメカニズムの研究にも有効な方法論と知見を与えることになり、液晶デバイスのより効率的な制御につながると期待できます。
上記のような評価は、我々のグループが独自に開発した共振ずり測定法を用いることで、表面間距離を連続的に変えながら表面間の液体の特性を高感度に調べることができるという特長を生かすことで初めて実現できました (図2)。
研究の内容
本研究では、研究グループで独自に共振ずり測定法を用いて、向かい合わせにした雲母表面間にネマチック液晶である6CB (4-シアノ4’-ヘキシルビフェニル)を閉じ込めて、表面間にせん断(*5)を与えて、その応答を調べることで液晶薄膜の粘性を評価しました。液晶は分子の並ぶ方向と平行方向の滑りには抵抗が小さく(低粘性)、並びと垂直方向の滑りには抵抗が大きい(高粘性)ことが知られています。ここで用いた棒状の細長い分子である6CBは雲母表面に対して長軸を平行に並ぶ性質をもっています。ただし、表面間に電場を印加すると、6CBは電場に対して長軸を平行(表面に対しては垂直)に向きを変える性質を持っています。従って、表面間に電場を与えたときに液晶の粘性が高くなれば、分子が電場により表面に対して垂直に向きを変えたことが分かります。
電場印加なし、電場印加有り、それぞれの条件で得られた6CBの粘性の表面間距離依存性を見ると、表面間距離が約20 nm以上では、電場印加条件で粘性が高く(図3)、6CBが電場により垂直配向することが分かります(図4)。ところが、表面間距離約20〜13 nmの間で、6CBの粘性は2桁近く上昇し、約13 nm以下では、電場あり、なしで粘性の差がみられなくなりました(図3)。この結果から、6CBは約13 nm以下の隙間に閉じ込められると、閉じ込め効果による分子運動の制限が電場による回転エネルギー (10-9 J/m2程度)を超えてしまい、液晶分子の向きが変わらなくなることが明らかになりました(図4)。
本成果は閉じ込め効果による生じる液晶の運動性に関する新奇現象で、閉じ込め効果の物理化学的な理解、機構の解明に向けて有効な方法と知見を与えたものです。また、今後の液晶の表面や外場による配向制御の研究に対して有効な知見と方法論を提示した研究であり、英科学誌「Soft Matter」に掲載され、その中表紙を飾る予定です。
本研究は、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)「ナノ界面技術の基盤構築」研究領域(研究総括:新海征治)における研究課題「表面力測定によるナノ界面技術の基盤構築」(研究代表者:栗原和枝)の一環として行われました。
参考図
図2: 共振ずり測定法の模式図。光学干渉法により表面間距離を0.1 nmの分解能で測定できる。ピエゾにより上表面を水平方向に振動させて、上表面が固定されている縦バネの変位を静電容量計で測定する。バネの振幅 (Uout)の周波数(ω=2πf)依存性を測定することで共振カーブを得る。共振カーブの解析から表面間の液体の粘性を評価できる。光学干渉させるための雲母基板の裏面の銀蒸着膜を電極として表面間に電場を印加する。
図3: 雲母表面間の6CBの粘性の表面間距離依存性
(◇ 電場あり (1.9 kV/mm), ◆電場なし)
図4: 雲母表面間の液晶6CBの分子の配列の模式図
用語解説
- (注1) 共振ずり測定法
- 向かい合わせに配置した二つの表面間に液体を挟み、一方の表面を面と水平方向に振動させて、その際のせん断応答を測定することで、表面間の液体の特性を高感度に調べる方法で、表面間距離をナノメートルレベルの分解能で連続的に変えることが可能であるため、表面間距離(液体の厚み)に対して、その特性がどのように変化するかを調べることができる。世界的には、他の数グループでも、表面力測定法を基本として表面間距離を連続的に変えながら液体ナノ薄膜の物性、摩擦特性を評価できる方法が提案されているが、共振法では、共振カーブの強度と周波数に現れる大きな変化をモニターすることで、他法より優れた感度と安定性を実現している。
- (注2) 閉じ込め効果
- 通常、液体中の液体分子は、回転や並進運動をしている。しかし、表面の近傍、表面間に囲まれた空間内の液体分子は、固体内には分子が移動できないために分子の動きが制限され、分子が層状に並んだり、著しい粘度上昇を示す。このように、空間的な制限によりバルクとは異なる性質を生じさせる効果を指す。
- (注3)ナノインプリンティング
- ナノメートルオーダーでモールド上に形成されたパターンを、基板上に塗布した樹脂に押しつけて、モールド上のパターンを樹脂に転写する技術である。リソグラフィ技術に比べて低コストで微細パターンを形成できる。
- (注4)異方性
- 物体の物理的性質が方向によって異なることを異方性と呼ぶ。ネマチック液晶では分子の向きが揃っており、屈折率、粘性率、誘電率、磁化率、伝導度等の物理的性質が、分子の長軸方向とこれに直交する方向で異なる。
- (注5)せん断
- 物体や流体の内部の任意の面に関して、面に平行方向に力が作用すること。例えば、向かい合う二つの基板の間に液体が存在する場合、基板の面に平行方向に基板を相対運動させることで、基板間の液体にせん断が与えられる。
論文情報
S. Nakano, M. Mizukami, K. Kurihara, “Effect of Confinement on Electric Field Induced Orientation of Nematic Liquid Crystal” Soft Matter (2014) Abstract
問い合わせ先
研究に関すること
栗原和枝 (クリハラ カズエ)
東北大学原子分子材料科学高等研究機構 (AIMR) 教授
TEL : | 022-217-6153 |
---|---|
E-MAIL : | kurihara@tagen.tohoku.ac.jp |
報道に関すること
中道康文(ナカミチ ヤスフミ)
東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR) 広報・アウトリーチオフィス
TEL : | 022-217-6146 |
---|---|
E-MAIL : | outreach@wpi-aimr.tohoku.ac.jp |