細胞移植を効率化するナノカーペットを開発

2013年12月05日

東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)

細胞移植を効率化するナノカーペットを開発

-低侵襲かつ高い生着率での網膜下細胞移植の実現へ前進-

概要

東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)の藤枝助手(現 早稲田大学理工学術院助教)、カデムホッセイニ主任研究者らのグループは、医学系研究科の阿部俊明教授、工学研究科の梶弘和准教授らの研究グループと共同で、眼の裏側のような狭い疾患部位(例:網膜)に細胞を大量に効率よく送り届けることが可能な移植基材(ナノカーペット)を開発しました(図1)。厚さ170ナノメートル(1ナノメートルは100万分の1ミリメートル)のナノカーペットは非常に薄く柔らかいため、注射針内に収納し射出することが可能です。このナノカーペット上に「空飛ぶ絨毯」のように細胞を載せれば、注射針を介して移植細胞を網膜下に送ることができるため、眼球に大きな切開を伴わずに移植できるだけでなく、高い生着率を保ったままの移植が期待でき、細胞移植療法の進展に大きく貢献すると考えられます。
上記の研究成果は、2013年12月4日(ドイツ現地時間)にドイツ科学誌Advanced Materialsオンライン版に掲載されます。

 

pr_131118_01.png 図1:網膜下へ移植細胞を安定に送り届けることが可能なナノカーペット

研究の背景

難治性疾患に対する根本的治療策として、再生医療への期待は高く、とりわけ失われた臓器の一部を構成する細胞を患部に送り届ける細胞移植療法(*1)の開発は焦眉の急です。例えば、眼科領域における難治性網膜疾患の一つに加齢黄斑変性症(*2)が挙げられます。最近、国内において理化学研究所のグループが人工多能性幹細胞(iPS細胞)を使い作製した網膜色素上皮細胞(RPE細胞)を患部へ移植する手法を開発しており、社会的に大きな関心を集めています。この際に問題となるのが、狭い網膜へ細胞を運ぶ方法と、運んだ細胞を定着させる方法です。今日までに、RPE細胞などの視細胞を網膜下に直接注入する移植療法が研究されていますが、組織化されていないバラバラの状態の細胞では患部に届いても留まることができないため、その生着率の低さが課題となっています。一方、ハイドロゲルや特殊な培養方法を用いて、細胞をシート状に作製する手法も研究されていますが、脆弱な細胞シートを壊さないよう移植する必要があるため、眼球(強膜)を大きく切開しなくてはならず、それに伴う炎症や2次感染が懸念されます。従って、狭い網膜下で如何にシート構造を維持するか、また、移植作業に伴う細胞生存率の低下を防ぐかが課題です。

研究の内容

本研究グループでは、ナノ厚に由来する高い柔軟性を有する高分子ナノシート(*3)に着目し、これを細胞移植基材(ナノカーペット)として利用することを想起しました(図1)。ナノカーペットは生分解性高分子であるポリ乳酸グリコール酸共重合体を用いて作製し、膜厚170ナノメートル、直径数百マイクロメートルの円盤型にマイクロコンタクトプリンティング(*4)を利用して成型しました。作製したナノカーペットは極めて柔軟なため、注射針内に収納し射出することが可能です(図2)。実際に、RPE細胞を載せたナノカーペットを注射針で吸引・射出したところ、針管内における摩擦などにも関わらず、吸出し操作前後で細胞組織の形態や生存率に大きな変化が生じないことが判明しました。特に、針内径の2倍以上の直径を有するナノカーペットでも80%以上の細胞生存率を維持することに成功しました。さらに、豚眼球の網膜下にナノカーペットを注入したところ、ナノカーペットは網膜下で展開し、元の円盤型に戻ることが確認されました(図3)。このようにナノカーペットを細胞シートの補強材として利用することで、脆弱な細胞シートの構造を安定に保ち、かつ、注射針挿入時の小さな切開のみで移植することが期待されます。

今後の展開

従来の細胞シート移植では、細胞が独力で組織化して自己支持性のシート構造をとるまで待つ必要がありましたが、ナノカーペットを用いることで、完全に組織化する前に移植を開始し、体内で細胞の組織化を促進することも可能になると考えられます。さらに、ナノカーペットの中には機能性物質を入れることも可能なため、磁性粒子などを封入すれば、磁石を用いて遠隔操作的に細胞シートを移植することができます。本技術は、視細胞以外の接着系細胞に対しても応用可能なので、iPS細胞に代表される幹細胞治療の実現を支援する医療材料としての波及効果も極めて高いと見込まれます。

参考図

pr131118_02.png図2:柔軟なナノカーペットによる安全かつ効果的な細胞移植療法の実現



pr131118_03.png図3:豚眼球網膜下にある黄斑部へのナノカーペットの送達

用語解説

(*1)細胞移植療法:
病変した臓器や組織を代替・修復するために、生体外で患者本人から採取した細胞や幹細胞を培養し、患部へ移植する治療法。細胞や生体材料を人工的に組み合わせ、生体組織や臓器を作製する学問や技術(組織工学)の開発も重要であり、世界的に研究が進む。

(*2)加齢黄斑変性:
網膜組織中心部の黄斑が障害されることにより発症する難治性網膜疾患の一つ。欧米で第1位、日本では第4位(50歳以上の約1%で発症)の失明原因である。

(*3)高分子ナノシート:
基板などの支えなくして取り扱える高分子薄膜のことで、厚さ数10-100ナノメートルに対して数センチメートル以上の面積があり、巨大なサイズアスペクト比をもつ超薄膜の総称である。国内では、このナノシートを使い、センサー、分離膜、絆創膏の開発が進んでいる。

(*4)マイクロコンタクトプリンティング法:
ポリジメチルシロキサン(PDMS)からなるシリコーンゴム製スタンプ上に、様々な分子やタンパク質をインクとして載せて転写する方法。ハンコの原理に基づいており、非常に簡便な手法で数マイクロメートルサイズの微細なパターンを広範囲に転写することができる。

論文情報

タイトル:Micropatterned polymeric nanosheets for local delivery of an engineered epithelial monolayer
著者:Toshinori Fujie, Yoshihiro Mori, Shuntaro Ito, Matsuhiko Nishizawa, Hojae Bae, Nobuhiro Nagai, Hideyuki Onami, Toshiaki Abe, Ali Khademhosseini, and Hirokazu Kaji
雑誌名:Advanced Materials

問い合わせ先

研究に関すること

藤枝俊宣(フジエ トシノリ)
東北大学原子分子材料高等研究機構(AIMR) (現早稲田大学理工学術院 助教)

TEL : 03-5369-7324
E-MAIL : t.fujie@aoni.waseda.jp

梶弘和(カジ ヒロカズ)
東北大学大学院工学研究科バイオロボティクス専攻 准教授

TEL : 022-795-4249
E-MAIL : kaji@biomems.mech.tohoku.ac.jp

報道に関すること

中道康文(ナカミチ ヤスフミ)
東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR) 広報・アウトリーチオフィス

TEL : 022-217-6146
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