高品質リチウムイオン電池開発に新指針

2013年07月11日

高品質リチウムイオン電池開発に新指針

-材料技術と数学の連携により、薄膜作製中のリチウム欠損メカニズムを解明-

概要

 東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)のダニエル・パックウッド助教、白木将講師、一杉太郎准教授の研究グループは、リチウムイオン電池の正極材料として知られるマンガン酸リチウム薄膜を合成する際に、薄膜中のリチウムが欠損するメカニズムを数学的に解明しました。リチウムの欠損は、導入した酸素分子によって、軽い元素であるリチウム原子が強く散乱されるために起こっていました。この成果は、不純物の少ない高品質な薄膜を合成し、リチウムイオン電池や機能性酸化物を用いた高性能デバイスの開発に大きく道を拓くものです。

マンガン酸リチウム(LiMn2O4)は、その化学式が表す通り、薄膜中のリチウム:マンガン:酸素の比率が1:2:4になるのが理想ですが、薄膜合成中にリチウムの欠損が起こるため、高品質の薄膜合成が難しく、欠損メカニズムの解析方法の確立が求められていました。研究グループは、高度な薄膜合成技術による詳細な原子数比解析と、数学との連携による衝突・散乱モデルの開発により、酸素分子との衝突によるリチウム原子欠損のメカニズムを解明し、リチウムと遷移金属を含む材料において、高品質薄膜を合成する指針を確立しました。

本研究成果は、2013年7月12日に「Physical Review Letters」のオンライン速報版で公開されます。

研究の背景

自動車、携帯電話、住宅用、小型ロボットなど様々な用途で高性能リチウムイオン2次電池への需要が高まっています。2次電池とは充電により電気を蓄えて、繰り返し使用できる電池のことを指します。2次電池の出力、容量をさらに向上させるためには、正極と負極間のリチウムイオン伝導を高速にする必要があり、その材料開発が盛んに行われています。しかしながら、高速なイオン伝導を得るための設計指針がまだ明確には得られていないのが現状です。そして、大きなサイズの単結晶合成が難しい電池材料が多いため、エピタキシャル成長*1した薄膜を活用する研究が重要です。

薄膜合成には、薄膜の元となる材料を高温に加熱し気体にして、基板上でエピタキシャル成長させる手法が一般的です。その中でも酸化物は、気化する温度が非常に高いため、レーザーを照射して気化させるパルスレーザー堆積法が広く利用されており、電池材料の薄膜合成にも利用されています(図1)。しかしながら、コバルト酸リチウムやマンガン酸リチウムなど、リチウムを含んだ遷移金属酸化物の薄膜合成では、リチウムの欠損などその成長メカニズムに不明な点が多く、高品質な薄膜を合成するためにもその解明が求められていました。また、薄膜成長のシミュレーションには、乱数を利用したモンテカルロ法などが用いられてきましたが、計算に長時間を要するなどの問題があり、簡便で短時間に計算できる解析法やモデルの構築が必要とされていました。

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図1 (左)パルスレーザー堆積法(薄膜合成装置)の概略図。
(右)サファイヤ基板上で合成したマンガン酸リチウム薄膜(黒い部分、厚さ250ナノメートル)の写真。


研究の内容

本研究グループは、マンガン酸リチウムの薄膜合成において、合成時に導入する酸素ガスの圧力と、薄膜中に含まれるリチウム原子とマンガン原子数の関係を丹念に調べました。また、リチウム原子、マンガン原子、酸素分子の質量および速度を考慮した衝突・散乱モデルを構築し、薄膜合成時の原子の振る舞いをシミュレーションして薄膜内に取り込まれる原子数比を計算しました(図2)。

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図2 マンガン酸リチウム薄膜中のリチウム原子とマンガン原子数の比。
導入する酸素ガスの圧力が高くなるとリチウム欠損量が多くなることを示す。


その結果、薄膜中のリチウム原子が欠損すること、ならびに酸素の圧力が高くなるほどリチウム欠損量が多くなることを見いだしました。また、シミュレーション解析により、薄膜中のリチウム欠損は、質量の軽いリチウム原子が酸素分子との衝突により強く散乱され、広範囲に拡散することが原因であることも明らかになりました(図3)。高品質な薄膜合成には薄膜中のリチウム量の調整が重要です。例えば、マンガン酸リチウムの場合、薄膜中の原子数は、リチウム原子1個に対して、マンガン原子2個、酸素原子4個の比となることが理想的であり、リチウム量は多すぎても少なすぎても薄膜の品質低下につながります。

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図3 リチウム原子とマンガン原子が酸素分子と衝突し散乱する様子をシミュレーションしたもの。
リチウム原子がより広範囲に拡散する事を示している。


本研究により、酸素圧力の調整やリチウム原子拡散の制御の重要性が明らかになりました。今後、さらに高出力化、高容量化を目指したリチウム電池材料の研究に弾みがつくことが期待されます。

今後の展開

今回明らかになった質量の異なる原子の振る舞いは、リチウムイオン電池材料だけでなく、その他の酸化物材料などの薄膜合成でも同様であることが予想され、新規エレクトロニクスデバイスの研究にも大きな展開が期待されます。さらに、今回導出した数学モデルは、確率過程により、高エネルギーの原子が他の原子と衝突し、熱平衡状態に至る過程を解析することができます。この熱平衡の問題は、これまで主にボルツマン方程式*2を用いて古くから研究されてきましたが、それに代わる新たなモデルとしても期待されます。

付記事項

本研究成果は、一部、最先端研究開発支援(FIRST)プログラム「高性能蓄電デバイス創製に向けた革新的基盤研究」(中心研究者: 水野哲孝)の支援を受けて行われました。

用語説明

(注1)エピタキシャル成長
薄膜成長の際、基板の影響を受けて、薄膜の方位がそろいつつ成長することを指す。
(注2)ボルツマン方程式
気体分子の位置と速度の分布を表す。ボルツマン方程式に関する研究で、セドリック・ヴィラニ博士が2010年にフィールズ賞を受賞。

論文情報

Daniel Packwood, Susumu Shiraki, and Taro Hitosugi, "Effects of atomic collisions on the stoichiometry of thin films prepared by pulsed laser deposition" Physical Review Letters (2013)

問い合わせ先

研究に関すること

一杉太郎 (ヒトスギ タロウ)
東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR) 准教授

TEL : 022-217-5944
E-MAIL : hitosugi@wpi-aimr.tohoku.ac.jp

報道担当

中道康文(ナカミチ ヤスフミ)
東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR) 広報・アウトリーチオフィス

TEL : 022-217-6146
E-MAIL : outreach@wpi-aimr.tohoku.ac.jp