磁気の流れを介した新しい磁気抵抗効果を発見

2013年05月13日

国立大学法人東北大学

磁気の流れを介した新しい磁気抵抗効果を発見

-新機能電子デバイス研究開発に道-

概要

東北大学大学院後期博士課程3年(金属材料研究所)の中山裕康氏(日本学術振興会特別研究員)、東北大学原子分子材料科学高等研究機構の齊藤英治教授(東北大学金属材料研究所教授、日本原子力研究開発機構先端基礎研究センター客員グループリーダー兼任)、東北大学金属材料研究所のゲリット・バウアー教授(東北大学原子分子材料科学高等研究機構教授兼任)らは、磁気の流れにより発現する新しい磁気抵抗効果を世界で初めて発見しました。

物質に磁場を加えると、電気抵抗が変化する現象は磁気抵抗効果注1)と呼ばれています。この現象は、固体中の電子の「電荷」という電気的性質と「スピン注2)」という磁気的性質が強く結合した現象であることから、スピンをエレクトロニクス技術に活用するスピントロニクス分野において盛んに研究されており、すでに磁気センサーやメモリとして幅広く応用されています。

今回、中山氏らは、非磁性金属と磁性絶縁体を接合させたときに発現する新しい磁気抵抗効果「スピンホール磁気抵抗効果」を発見しました。これは、非磁性金属における磁気の流れ「スピン流」と量子相対論効果によるものです。これまでに知られている磁石の極性を用いた磁気抵抗効果はすべて磁性導電体に電流を流すことで発現しますが、今回実証したスピンホール磁気抵抗効果を用いると、磁性体には電流を流さずに、隣接する非磁性金属に磁気抵抗効果を引き起こすことが可能となります。このため、磁性体における発熱や化学反応、磁気特性の劣化の少ない長寿命な新機能磁気デバイス研究開発への貢献が期待されます。

本研究の一部は、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業(CREST)の一環として、日本原子力研究開発機構、ヴァルター・マイスナー研究所(ドイツ)、ミュンヘン工科大学(ドイツ)、デルフト工科大学(オランダ)との共同で行われました。本研究成果は、米国科学誌「Physical Review Letters(フィジカル・レビュー・レターズ)」のオンライン版(5月13日付:米国時間)に掲載されます。

背景と経緯

物質に磁場を加えると電気抵抗が変化する現象は磁気抵抗効果と呼ばれます。磁気抵抗効果は固体中の電子の有する電荷自由度とスピン(磁気)自由度が強く結合した現象であり、電子のスピン自由度を積極的に利用する新しい電子技術「スピントロニクス」分野において盛んに研究されてきました。これまで、異方性磁気抵抗効果、巨大磁気抵抗効果、トンネル磁気抵抗効果といった様々な磁気抵抗効果が知られており、磁気センサーやメモリなどに幅広く応用されています。応用上重要な磁気抵抗効果は磁石(磁性体)の極性を利用するため、磁性体に電流を流さなければならないという制約があり、特に集積回路などといった微小な構造においては、磁性体の発熱、化学反応などによる磁気特性の劣化が不可避な問題となっていました。

本研究では、磁気の流れ「スピン流」により、磁性体に電流を流すことなく発現する新しい磁気抵抗効果(スピンホール磁気抵抗効果)を発見し、実験・理論の両面から実証しました。この磁気抵抗効果を用いることにより、磁性体に対して電流を流さずに、磁性体の磁気的な情報を電気的に読み取ることが可能となります。今回明らかとなった手法は、これまでに研究が進められている新機能デバイス設計自由度を向上させるとともに、磁気的性質の劣化が少ない新機能電子デバイス研究開発への貢献が期待されます。

研究の内容

今回の研究では、図1および図2に示した実験により、スピン流による磁気抵抗効果を実証しました。

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図1 (a)、(b) スピンホール磁気抵抗効果の測定実験に用いた試料の模式図。磁性絶縁体界面におけるスピン流交換によって磁気抵抗効果が実現する。(c) 実験に用いた試料の写真。

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図2 スピン流を介した磁気抵抗効果の実験[図1(a)]における電気抵抗測定結果。

図1(a)、(b)に示した実験系では、絶縁体である磁性ガーネット (Y3Fe5O12: YIG)注3)単結晶薄膜の表面に白金(Pt)薄膜を成膜し、磁場を印加しながら白金薄膜における電気抵抗の精密測定を行いました。本研究では、磁性ガーネット/白金複合構造における磁気抵抗効果の磁場強度依存性や磁場角度依存性、物質依存性等を系統的に調べることで、検出された電気抵抗変化が磁性ガーネット/白金界面におけるスピン流交換効果に由来することを明らかにしました。ここで重要なことは、このセットアップにおいて絶縁体である磁性ガーネット薄膜には電流が流れていないにもかかわらず、隣接した白金薄膜に磁気抵抗効果が発現しているということです。

本研究で発見された磁気抵抗効果は磁性体に電流を流さなくとも発現するという、従来の磁気抵抗効果とは本質的に異なるものであるとともに、従来の磁性導電体における異方性磁気抵抗効果とは全く異なる磁場角度依存性を示すことが明らかとなりました。この実験結果は、これまでは不可能であった磁性絶縁体を用いた磁気抵抗効果を実現可能とするものであり、近年、盛んに研究が進められているスピントロニクスデバイスの設計自由度を向上し、新機能電子デバイス研究開発に貢献するものと期待されます。

原理の説明

本実験で用いたような金属(Pt等)に電流を流すと、「スピンホール効果注4)」と呼ばれる固体中の量子相対論効果によって図3(a)のような磁気の流れ(スピン流)を生みます。スピン流が金属の表面まで到達すると、反射し、金属内部に戻ろうとします(図3(b))。この反射スピン流はスピンホール効果の逆効果である「逆スピンホール効果注5)」と呼ばれる現象によって図1(c)のように電流に変換されます。今回の実験では、スピンホール効果および逆スピンホール効果による電流-スピン流相互変換と、磁性絶縁体界面におけるスピン流交換(スピン移行トルク注6))によって生じる磁気抵抗効果を系統的に調べました。本研究では、実験・理論の両面からこの「スピンホール磁気抵抗効果」の存在を初めて実証しました。

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図3 (a) 金属中に電流を流すと、スピンホール効果によって電流と垂直な方向にスピン流が発生する。(b) 金属の端に到達したスピン流は反射する。(c) 反射スピン流は逆スピンホール効果によって電流を生む。

本研究によって見出されたスピンホール磁気抵抗効果は、磁性体に直接電流を流さなくとも発現するという性質を有しており、磁性体に電流を流す必要のあった従来の磁気抵抗効果とは本質的に異なるものです。また、この磁気抵抗効果は界面におけるスピン流の極性方向と磁性絶縁体の磁化方向の相対的な角度に依存するため、従来の磁気抵抗効果とは全く異なる磁場角度依存性を示すことが明らかになりました。

今後の展開

磁気抵抗効果を発現させるためには磁性体に電流を流す必要があったため、これまで磁性絶縁体を用いた磁気抵抗効果は知られていませんでした。磁性絶縁体/非磁性金属複合構造におけるスピン流を介した新しい磁気抵抗効果の発見は、スピントロニクスデバイス設計自由度を向上するものです。

また、本研究で見出された磁気抵抗効果は、スピン流の輸送物性を簡便な電気測定により調べることが可能であることから、今後のスピン流電子物性の研究において重要な役割を果たします。本研究成果によって解明された物理原理を用いた低損失電子デバイス技術を発展させていくことで、新機能電子デバイス研究開発に貢献していくことが期待されます。

用語説明

(注1)磁気抵抗効果
外部から磁場を印加すると物質の電気抵抗が変化する現象。これまで、異方性磁気抵抗効果、巨大磁気抵抗効果、トンネル磁気抵抗効果といった様々な磁気抵抗効果が知られており、磁気センサーやメモリとして幅広く応用されている。これらの現象は磁性体の極性を利用するため、磁性体に電流を流す必要がある。
(注2)スピン
電子が有する自転のような性質。電子スピンは磁石の起源でもあり、スピンの状態には上向きと下向きという2つの状態がある。物質中のスピンの正味の流れがスピン流である。齊藤教授らが2006年に発見した「逆スピンホール効果」を利用するとスピン流を電気的に検出することができる(注5参照)。
(注3)磁性ガーネット
組成式がR3Fe5O12(R:希土類元素、Fe:鉄、O:酸素)で表わされる化合物。本研究では希土類元素をイットリウム(Y)としたイットリウム鉄ガーネット(Y3Fe5O12)を用いた。
(注4)スピンホール効果
電流と垂直な方向にスピン流が発生する現象(関連論文2、3を参照)。電子が物質中を流れると、流れを横向きに曲げる力が働く「スピン軌道相互作用」という現象が以前から知られている。このとき、上向き状態のスピンと下向き状態のスピンでは逆向きの力を受ける。電流は上向き状態のスピンと下向き状態のスピンが同じ向きに流れているため、両者が異なる方向に曲げられる結果となり、電流の流れと垂直な方向にスピン流が発生することになる。スピンホール効果はスピン流を電気的に生成させる現象として、スピントロニクスにおいて重要である。
(注5)逆スピンホール効果
スピンホール効果を逆の立場から捉えたものが「逆スピンホール効果」と呼ばれる現象である。この効果により、物質中にスピン流が注入されると、スピン流の流れと垂直な方向に電流が発生することになる。逆スピンホール効果はスピン流の電気的検出を実現することから、スピントロニクスにおいて重要な現象である。
(注6)スピン移行トルク
スピン流は磁化と相互作用するという性質がある。そのため、スピン流のスピン角運動量を磁化に受け渡すことによって磁化の方向を変えることができる。このようなスピン流から磁化への角運動量の受け渡し(スピン流交換)をスピン移行トルクという。

論文情報

H. Nakayama, M. Althammer, Y.-T. Chen, K. Uchida, Y. Kajiwara, D. Kikuchi, T. Ohtani, S. Geprägs, M. Opel, S. Takahashi, R. Gross, G. E. W. Bauer, S. T. B. Goennenwein, and E. Saitoh, "Spin Hall Magnetoresistance Induced by a Nonequilibrium Proximity Effect" Physical Review Letters (2013)

問い合わせ先

研究に関すること

中山 裕康 (ナカヤマ ヒロヤス)
東北大学電気通信研究所 博士研究員(日本学術振興会特別研究員PD)(2013年4月より)

住所 : 〒980-8577 仙台市青葉区片平2-1-1
TEL : 022-217-5554
E-MAIL : hnakayam@riec.tohoku.ac.jp

齊藤 英治(サイトウ エイジ)
東北大学原子分子材料科学高等研究機構主任研究者
東北大学金属材料研究所 教授

住所 : 〒980-8577 仙台市青葉区片平2-1-1
TEL : 022-215-2021
E-MAIL : saitoheiji@imr.tohoku.ac.jp

Gerrit Bauer (ゲリット バウアー)

東北大学金属材料研究所 教授
東北大学原子分子材料科学高等研究機構 教授

住所 : 〒980-8577 仙台市青葉区片平2-1-1
TEL : 022-215-2005
E-MAIL : g.e.w.bauer@imr.tohoku.ac.jp


報道に関すること

中道 康文(ナカミチ ヤスフミ)
東北大学原子分子材料科学高等研究機構 広報・アウトリーチオフィス

住所 : 〒980-8577 仙台市青葉区片平2-1-1
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