多数の水素からなるクラスターの“擬回転”を利用した室温超イオン伝導の新たな発現原理を確立

2020年04月22日

東北大学金属材料研究所
東北大学材料科学高等研究所(AIMR)

発表のポイント

  • 1つの金属原子に多数の水素が結合したクラスターが示す“擬回転”に着目
  • 擬回転を利用することで、室温でも従来材料より優れたイオン伝導を実現
  • 室温超イオン伝導の新たな発現原理が確立され、次世代蓄電池の開発が加速

概要

東北大学金属材料研究所の高木成幸准教授と同大学材料科学高等研究所の折茂慎一所長らの研究グループは、1つの金属原子に多数の水素が結合したクラスター(=“高水素配位”錯イオン)が示す“擬回転”により促進される新たな室温超イオン伝導現象を発見しました。

籠状構造をもつB12H12などの錯イオンを含む水素化物は、これらの錯イオンの高速回転がリチウムなどのイオン伝導を促進することから全固体二次電池の固体電解質としての応用が期待されています。一方、錯イオンを回転させるためには高いエネルギー(=温度)が必要であり、実用上最も重要な室温付近で高い伝導度を得にくいことが解決すべき課題となっていました。

今回研究グループは、自身らが2017年に発見したモリブデンに9つの水素が結合したMoH9などの“高水素配位”錯イオンに着目し、その運動を理論計算により詳細に調べました。その結果、これらの錯イオンが素早く変形を繰り返すことであたかも高速回転しているように見える“擬回転”を示すこと、また一般的な回転運動に比べ、擬回転に要するエネルギーが1/40以下であることを発見しました。さらにMoH9を含む水素化物のリチウムイオン伝導率を見積もったところ、室温における従来の世界記録を3倍以上も更新する79mScm−1に到達することを見出しました。

クラスターの“擬回転”を利用した室温超イオン伝導

今回発見した室温超イオン伝導の発現機構は、MoH9以外の高水素配位錯イオンを含む水素化物にも適用可能であるとともに、マグネシウムなど他のイオン伝導においても有効です。本研究により室温超イオン伝導の新たな発現原理が確立され、水素化物を固体電解質にもちいた全固体二次電池の開発がより一層加速されるものと期待されます。

本成果は、令和2年4月27日付(現地時間)で「Applied Physics Letters」にオンライン掲載予定です。

研究背景

携帯電話やノートパソコン、ハイブリッド車など、私たちの身の回りにはリチウムイオン二次電池を利用した製品が広く普及しています。現在実用化されているリチウムイオン二次電池は、主に正極と負極、電解液で構成されており、電解液を介して正極と負極の間で正の電荷をもつリチウムイオン(陽イオン)をやりとりすることによって繰り返し充放電を可能にしています。一方、現行の電解液をもちいたリチウムイオン二次電池は、液漏れや発火など安全面での課題を抱えるとともに、重量・体積あたりに蓄えられるエネルギーがすでに限界に近く、電池の使用時間を今以上大幅に伸ばすことが望めない状況にあります。これらの課題を解決するため、電解液を固体電解質に置き換えた全固体二次電池の開発が進められています。全固体二次電池を実現するための鍵となるのが固体電解質であり、一般に液体と比べてイオンが動きにくい固体において、電解液に匹敵、あるいはそれ以上に陽イオンが動きやすい(イオン伝導率〔用語1〕の高い)物質の開発が必要になります。

籠状構造をもつB12H12などの錯イオン(図1a)を含む錯体水素化物は、特定の温度以上になると錯イオンが高速に回転し、これにより陽イオンの動きが著しく活発化され、電解液に匹敵し得る高いイオン伝導率を示すようになることから近年固体電解質としての応用を目指した研究が進められています。一方、錯イオンを回転させるためには大きなエネルギー(活性化エネルギー)が必要であり、これを得るためには概ね100℃以上に加熱する必要があります。この温度以下では錯イオンの回転とともに陽イオンの動きも凍結してしまい、実用的に最も重要な室温付近では高いイオン伝導率が得にくいことが解決すべき課題となっていました。

研究の内容

本研究では、前述の活性化エネルギーを下げるための新たなアプローチとして、1つの遷移金属原子に多数の水素が結合した遷移金属錯イオン(図1b, 1c)に着目しました。図1からも分かるように、B12H12の回転には多数のホウ素(B)と水素(H)が移動する必要があるのに対し、遷移金属錯イオンの回転に必要なのは最軽量元素である水素の移動のみであり、活性化エネルギーを大幅に下げることができると期待されます。

以上の考えに基づき、モリブデンに9つの水素が結合したMoH9(図1b)を含むLi5MoH11など、既知の錯体水素化物における錯イオンの動きを第一原理計算〔用語2〕により詳細に調べました。その結果、オスミウムに8つの水素が結合したOsH8(図1c)を含むCs3OsH9や、MoH9を含むLi5MoH11など、水素の結合数が8以上の“高水素配位”な錯イオンを含む錯体水素化物において、予想どおり室温においても錯イオンが高速に回転していることが分かりました。この高速回転をさらに詳細に調べると、一般的な回転運動とは異なり、錯イオンが素早く変形を繰り返すことによって実際には回転していないのにまるで回転しているように見える“擬回転”であることも分かりました。OsH8の擬回転を例に挙げると、図2に示すように変形双五角錐構造〔用語3〕(図2a)から始まり、二側錐三角柱構造〔用語4〕(図2b)への変形を経て、再び変形双五角錐構造(図2c)に戻る動きになります。始状態と終状態はともに変形双五角錐構造ですが、紙面に垂直な軸を中心とする90°回転と等価な状態が実現していることが分かります。このような“擬回転”が生じる理由ですが、水素の結合数が7以上の錯イオンにおいては最安定な構造と同程度に安定な構造が多数存在し、これらの構造の間を容易に行き来できることに起因しており、まさに“高水素配位”錯イオンならでは現象と言えます。擬回転に要する水素の移動距離はごくわずかであることからその活性化エネルギーも極めて小さく、B12H12の回転運動の1/40以下であることも分かりました。さらに、錯イオンに加えてリチウムイオンを多量に含むLi5MoH11におけるリチウムイオン伝導率を理論的に見積もったところ、室温における従来の世界記録を3倍以上も更新する79mScm−1に到達することが分かりました(図3)。

今後の展開

本研究により、これまでイオン伝導体として全く認識されていなかった遷移金属錯イオンを含む錯体水素化物において、従来材料を上回る優れたイオン伝導が実現できる可能性が示されました。今回発見した擬回転を利用した室温超イオン伝導の発現機構は、MoH9以外の高水素配位錯イオンを含む多様な水素化物に広く適用可能であるとともに、リチウムイオンのみならず、他の陽イオンの伝導においても有効です。現在、理論予測されたLi5MoH11におけるリチウムイオン伝導の実験実証を進めていますが、今後は錯イオンの金属の種類や水素の結合数を調整することでさらに高いイオン伝導率を示す新たな材料の開発を進めるとともに、理論的にはリチウムイオンの2倍の電荷を運ぶことのできるマグネシウムイオン伝導体などの開発にも取り組んでいきます。

謝辞

本研究は、JSPS科研費 挑戦的研究(開拓) “水素錯イオンの高速擬回転に伴う低温副格子融解を利用した革新的固体イオニクスの創成”(JP19H05514/ JP20K20438)におけるプロジェクトとして進められ、一部はJSPS科研費 挑戦的研究(萌芽)(JP17K18972、JP17K19168)、新学術領域研究ハイドロジェノミクス(JP18H05513)、若手研究(A)(JP16H06119)、基盤研究(C)(JP16K06766)の助成の下、東北大学金属材料研究所計算材料学センターのスーパーコンピューター(MASAMUNE-IMR)を利用して実施されました。

論文情報

雑誌名: Applied Physics Letters
タイトル: Pseudorotating hydride complexes with high hydrogen coordination: A class of rotatable polyanions in solid matter
著者: Shigeyuki Takagi, Tamio Ikeshoji, Toyoto Sato, Shin-ichi Orimo
DOI: 10.1063/5.0002992新しいタブで開きます
用語解説
〔用語1〕イオン伝導率:
物質中におけるイオンの動きやすさを表す指標。単位にはミリジーメンス毎センチメートル(mScm−1)が用いられ、電解液の伝導率に匹敵する1mScm−1を超えるイオン伝導率を示すものを超イオン伝導体と呼びます。
〔用語2〕第一原理計算:
経験的パラメータや実験で得られたパラメータを一切用いず、自然界の基本法則に忠実に基づいて行う理論計算。物質の性質を高い精度で計算することができます。
〔用語3〕変形双五角錐:
12枚の正三角形により構成される12面体であり、8つの頂点をもちます。
〔用語4〕二側錐三角柱:
正三角柱の3つの側面のうち、2つに正四角錐を貼り付けた11面体であり、10枚の正三角形と1枚の正四角形で構成され、8つの頂点をもちます。

説明図

図1. 様々な錯イオンの形状。左から順に (a) 籠状構造をもつB12H12、(b) モリブデンに9つの水素が結合したMoH9、(c) オスミウムに8つの水素が結合したOsH8

図2. OsH8が (a) 変形双五角錐構造を始状態とし、中間状態である (b) 二側錐三角柱構造への変形を経由して再び (c) 変形双五角錐構造へと戻る擬回転のプロセスと、その際に必要なエネルギー。一連の変形を通じ、紙面に垂直な軸を中心として90°回転したのと等価な効果が得られます。

図3. Li5MoH11(赤線)および既知の物質におけるイオン伝導率の温度依存性。本研究で見出したLi5MoH11は、これまでに報告されているどの物質よりも優れたイオン伝導性を示し、室温におけるイオン伝導率は、従来の世界記録を3倍以上も更新する79mScm−1に到達します。

本件に関する問い合わせ先

研究内容について

東北大学 金属材料研究所
准教授 高木成幸(たかぎ しげゆき)

Tel: 022-215-2094
Fax: 022-215-2091
E-mail: shigeyuki.takagi@imr.tohoku.ac.jp

報道担当

東北大学 金属材料研究所
情報企画室広報班

Tel: 022-215-2144
Fax: 022-215-2482
E-mail: pro-adm@imr.tohoku.ac.jp

東北大学材料科学高等研究所(AIMR)
広報戦略室

Tel: 022-217-6146
Fax: 022-217-5129
E-mail: aimr-outreach@grp.tohoku.ac.jp