周期性とランダム性が共存する新しい原子構造を発見

2018年12月11日

東北大学材料科学高等研究所(AIMR)
東京大学大学院工学系研究科総合研究機構

周期性とランダム性が共存する新しい原子構造を発見

~ 一次元規則結晶の発見 ~
結晶、アモルファス、準結晶に次ぐ第四の固体物質か?

発表のポイント

  • 最先端の原子分解能走査透過型電子顕微鏡法と第一原理計算を駆使し、従来知られている結晶、アモルファス、準結晶のいずれでもない第四の固体物質というべき新たな原子構造を発見しました。
  • 既知の酸化物の構造とは全く異なり、一次元の周期性と二次元のランダム性が共存する極めて特異な原子構造を発見しました。この新構造は “一次元規則結晶”と名付けられました。
  • 今後、より大きな一次元規則結晶体の作製、特異な機能特性を有する一次元規則結晶性新物質の開発、新規一次元規則結晶ワイドバンドギャップ半導体などの研究開発につながることが期待されます。

研究概要

東北大学材料科学高等研究所(AIMR)/東京大学大学院工学系研究科総合研究機構の幾原雄一教授らのグループは、最先端の原子分解能走査透過型電子顕微鏡法と第一原理計算を駆使し、従来知られている結晶、アモルファス、準結晶のいずれでもない第四の固体物質というべき新たな原子構造を発見しました。この発見は、1984年に準結晶が発見されて以来、実に34年ぶりの発見となります。この新物質は、一方向には周期性を有するが他の方向はランダム(無秩序)に配列するという極めて特異な構造を有しており、“一次元規則結晶”と名付けられました。一次元規則結晶は、これまでには無い新しい機能を発現することが期待できます。

本研究グループは、結晶中の格子欠陥である転位や粒界・界面を対象にして、原子構造の解析や格子欠陥を制御した新機能材料の開発を試みてきました。今回、最先端の原子分解能走査透過型電子顕微鏡法により、種々の酸化物の粒界や界面近傍の原子構造を詳細に観察した結果、従来知られている酸化物の構造とは全く異なる、新しい原子構造を発見しました。この新構造は、一次元の周期性と二次元のランダム性が共存し、“一次元規則結晶”と名付けられました。さらに、第一原理による理論計算からも、この構造は安定に存在しうることが明らかにされました。また、母相の酸化物が絶縁体であるのに対して、この新構造は半導体の性質を持つことも実験・理論の両面から実証されました。

今後、本発見を起点に、新規機能を有する新たな物質の探索・設計・開発につながることが期待されます。本成果は2018年12月10日(英国時間)に英科学誌「Nature Materials (ネイチャー・マテリアルズ)」オンライン版で公開されました。

研究背景と経緯

金属と酸素で構成される酸化物は、セラミックスとして陶器から電子部品まで、多岐にわたる用途で用いられています。セラミックスの大半は電気を流さない絶縁体ですが、近年では酸化物の作製技術が著しく向上し、原子レベルでの構造制御によって絶縁体から金属状態まで、電気伝導性を制御することが可能になってきました。本研究グループは、これまで格子欠陥の原子構造解析と、それに由来する機能特性の発現メカニズムの解明を主に研究してきました。特に二次元欠陥である結晶界面は、図2aに示すようにバルクの結晶構造とは異なる原子配列(構造多面体、構造ユニット)を有し、絶縁性物質であるにも関わらず結晶界面近傍では電気伝導性を発現したりするなど興味深い性質を示します。本研究の目的は、結晶界面のような二次元の平面構造ではなく、粒界三重点や結晶界面の近傍など、周囲をバルク結晶に囲まれた一定の体積を有する空間に形成される物質の原子構造の解析と、構造に起因した機能発現のメカニズムを解明することにあります。

研究内容と展開

今回、本研究グループは、最先端の走査透過型電子顕微鏡法(STEM) (注1)と第一原理計算(注2)を駆使し、一次元の周期性と二次元のランダム性(無秩序性)が共存する新しい原子構造を発見しました。この構造は、従来知られている酸化物とは全く異なる構造を有しています。

固体物質の原子構造は、結晶(注3)、準結晶(注4)、アモルファス(注5)の三種類が知られています(図1上段)。前者から順に、対称性が高く周期的な構造から、ランダム性の高い構造へと変化し、材料の性質に大きく影響することが知られています。また、結晶性材料であっても、多結晶体として用いられるセラミックスでは結晶同士が界面を形成し、結晶同士の方位関係によって界面には多種多様な構造が形成されます(図2a,b)。結晶界面はバルクの結晶構造とは異なる構造を持ち、特定の傾角粒界は構造ユニットとよばれる構造多面体の配列で記述することが出来ます(図2a,b)。今回の発見は、このような多面体を規則的にではなく、ある空間にランダムに配列することで、新しい構造が形成されることを見出した点にあります (図2c)。

本研究では、気相法(スパッタリング)(注6)により作製した厚さ20ナノメートル程度の酸化マグネシウム(MgO) (注7)薄膜層を対象に、原子分解能による解析を行いました。まず、電子顕微鏡による観察により、MgO薄膜は[001]軸方位に揃って成長し、数ナノメートルサイズの粒径を持つ多結晶体をなしていることが確認されました。試料中には多数の粒界が観察されましたが、特に3つの粒界が出合う粒界三重点や結晶界面の近傍で、ランダム性を有する特異な原子配列を発見しました(図3a)。次に、球面収差補正器搭載・原子分解能STEMで[001]軸方位から観察したところ、ランダム領域の原子カラム(注8)の像輝度は、バルクの像輝度と変わらないことが分かりました。像輝度は、電子線の入射方向に対して原子が規則的に配列していれば強いコントラストを示します。したがって、[001]軸方位にはバルクと同じ一次元の周期構造をもつ原子カラムが存在し、それらが二次元的にランダムに分布していると考えられます。本研究グループは、これを“一次元規則結晶”と名付けました。このような原子構造はこれまで報告されておらず、粒界三重点や結晶界面の近傍など、バルク結晶に囲まれた一定の体積を有する領域に現れる準安定構造であると考えられます。一次元規則結晶の原子カラムは二次元的にランダム配列していながら、局所的には特定の粒界に現れる構造ユニットと類似していることが観察されました(図3b)。また、このような特異な構造は、MgOだけでなく酸化ネオジウム(Nd2O3)など他のセラミックス材料の界面近傍にも存在することが確認されました(図3c,d)。従って、一次元規則結晶は、束縛された一定体積を有する空間に存在しうる構造であることが分かりました。図1下段および図4に一次元規則結晶の模式図を示します。原子カラムが作る構造多面体が多角柱を形成し、それらが束になって、バルクとは異なる構造を形成していることが分かります。

一次元規則結晶がもつ機能特性を調べるため、理論計算による解析も行いました。まず、STEM像を元に原子構造モデルを作成し、密度汎関数法による第一原理計算により安定構造を探索したところ、数種類の構造ユニットがランダムに配列した構造も安定して存在しうることが示されました。さらにこの領域の状態密度を調べると、電気伝導性を付与できる可能性が示されました。理論計算ではバルクMgOのバンドギャップが6.5 eVであるのに対して、一次元規則結晶では3.0eVであり、新規ワイドバンドギャップ半導体(注9)として利用できる可能性が出てきました。実験的にも精密な検証を行うため、モノクロメーター(注10)搭載STEMを用いて電子エネルギー損失分光法(注11)による計測を行ったところ、バルク構造のバンドギャップが7.4eVであるのに対し、一次元規則結晶では3.2eVであり、理論計算と整合することが確認されました。

今回の一次元規則結晶の発見を起点にし、今後より大きな一次元規則結晶体の作製、特異な機能特性を有する一次元規則結晶性新物質の開発、新規一次元規則結晶ワイドバンドギャップ半導体などの研究開発につながることが期待されます。 

本成果は、2018年12月10日付(英国時間)で英国科学誌「Nature Materials (ネイチャー・マテリアルズ)」オンライン版で公開されました。尚、本研究は、科学研究費補助金・特別推進研究(JP17H06094)および文部科学省によるナノテクノロジーハブ拠点、ナノテクノロジープラットフォーム事業として実施されました。

参考図

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図1. 従来知られていた結晶、準結晶、アモルファスとその模式図(上段)。今回発見された一次元規則結晶(下段)は、結晶とアモルファスの間に位置し、周期性とランダム性(無秩序性)が共存する。また、原子配置が特有のパターンを持つ準結晶とも異なる。

pr_20181211_02.jpg図2. a. 傾角粒界の模式図。上下の結晶が点線部で出会い、新たな原子構造を形成する。点線上には六員環構造が一列に規則的に並び、バルク領域の正方形がその間を埋め尽くす構造をとっている。 b. aの粒界原子構造に現れる2種類の構造多面体(構造ユニット)。c. 一次元規則結晶の模式図。bに示す構造ユニットがランダムに配列している様子を示す。

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図3. a. MgO多結晶体に存在する一次元規則結晶のABF-STEM(注12)像。黒い点が原子カラムの位置を示す。[001]軸方向(紙面垂直方向)に、Mg原子がとO原子が交互に整列していると考えられる。 b. aの原子位置をハイライトしたもの。一次元規則結晶の六員環構造ユニットをハイライトしてある。c. チタン酸ストロンチウム(SrTiO3)と酸化ネオジウム(Nd2O3)の界面近傍に存在する一次元規則結晶のHAADF-STEM(注13)像。白い輝点が原子カラムの位置を示す。[001]軸方向(紙面垂直方向)に、Nd原子が整列していると考えられる。 d. cの原子位置をハイライトしたもの。一次元規則結晶の六員環構造ユニットをハイライトしてある。

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図4.一次元規則結晶の模式図。構造多面体(構造ユニット)からなる多角柱が束になって集まり、バルク領域とは全く異なる構造を形成している。図では一本の多角柱を強調してある。

用語解説

注1) 原子分解能走査透過型電子顕微鏡法 (atomic-resolution scanning transmission electron microscopy, atomic-resolution STEM)
0.1ナノメートル(1億分の1センチメートル)程度まで細く絞った電子線を試料上で走査し、試料により透過散乱された電子線の強度を解析し、試料中の原子を直接観察する技術。
注2) 第一原理計算
実験データや経験的パラメータを入力せずに原子構造や電子状態の計算を行う手法。シュレディンガー方程式を解くにあたり、多体系では計算時間が大きくなるため、効率の良い近似法が用いられることも多い。例として、ポテンシャル等の物理量を電子密度の関数として記述する密度汎関数法が知られている。
注3) 結晶
原子が特定の繰り返しパターンを保ちながら3次元的に規則配列した状態。原子配列のうち、最も高い秩序を有する。電子線回折像は1、2、3、4および6回いずれかの回転対称性を有する。
注4) 準結晶
原子配列は高い秩序を有するが、電子回折像は結晶のような回転対称性を持たない。1984年にダニエル・シェヒトマンにより発見され、2011年にノーベル化学賞が授与された。
注5) アモルファス(非晶質)
結晶や準結晶のような規則性を持たないが、短距離の原子間相互作用により原子同士が不規則に配列した状態。身近な例ではガラスが有名であり、複数種類の元素からなる金属化合物でも可能である。
注6) 気相法(スパッタリング)
金属や酸化物を加熱し蒸発させ、基盤表面に付着(蒸着)する技術。これにより、材料の表面処理、あるいは薄膜を形成することが出来る。現在では、一原子層レベルでの蒸着制御が可能な場合もある。
注7) 酸化マグネシウム(MgO)
マグネシウム(Mg)と酸素(O)の化合物、化学式はMgO。粉末や焼結体は耐火性内壁レンガ等に利用される。単結晶はデバイスや超電導薄膜成長の基板として利用されている。結晶構造は岩塩型(NaCl型)であり、MgとOの副格子はそれぞれ面心立方構造を持ち高い対称性を有する。
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酸化マグネシウムの結晶構造

注8) 原子カラム
上図「酸化マグネシウムの結晶構造」を真上([001]方位)から見ると、図1上段に示す結晶の模式図のように見える。しかし紙面奥行き方向には原子が規則正しく配列し原子の柱(カラム)が並んでいる。STEMにより可視化された輝点は、一点一点がこのように奥行き方向に整列した原子柱を表している。
注9) ワイドバンドギャップ半導体
バンドギャップの大きい半導体を指す。電気伝導性は電子が価電子帯と伝導帯の間を遷移することにより説明される。バンドギャップとは、結晶のバンド構造のうち電子が存在できない領域を指し、金属ではそれが閉じているため電気伝導性があり、絶縁体では開いているため電気伝導性がない。半導体のバンドギャップは開いているが、絶縁体ほど大きくはないため、一定以上のエネルギーを与えることで電子はバンドギャップを越えて遷移する。近年、バンドギャップ近傍での電子の遷移を制御することで種々の機能が実現されてきている。半導体としてよく用いられるシリコンのバンドギャップは約1.12eVであるため、2eV程度以上のバンドギャップを持つ場合にワイドギャップと呼ぶことが多い。ワイドバンドギャップ半導体は発光ダイオードの他、パワーデバイス等に用いられる。
注10) モノクロメーター(単色計)
電子顕微鏡法において、スリットを通して特定のエネルギー幅をもつ電子のみを選択的に試料に照射することが出来る装置。下記EELSの分析精度が飛躍的に向上する。
注11) 電子エネルギー損失分光法 (Electron energy loss spectroscopy, EELS)
電子顕微鏡法において、入射電子が試料中の原子や電子と相互作用をし、そのエネルギーを一部失って散乱される。これを非弾性散乱と呼ぶ。非弾性散乱を受けた電子のエネルギーを解析し、試料中の元素分析や電子状態を定量的に調べることが出来る。近年、STEM法と組合せることで、原子分解能での元素マッピングも可能となってきている。
注12) ABF-STEM (Annular Bright Field, Scanning Transmission Electron Microscopy)
環状明視野走査透過型顕微鏡法。細く絞った電子線を試料上で走査し、透過散乱電子を円環状の検出器で検出する。全ての元素を可視化することが出来るため、HAADF-STEM像と比較することで、軽元素の原子位置を特定することが出来る。
注13) HAADF-STEM (High-Angle Annular Dark Field, Scanning Transmission Electron Microscopy)
高角散乱環状暗視野走査透過型顕微鏡法。細く絞った電子線を試料上で走査し、透過電子のうち高角散乱したものを、円環状の検出器で検出する。原子番号の約1.7乗に比例したコントラストが得られる特徴があり、重元素の観察に優れている。

論文名および著者名

“Ceramic phases with one-dimensional long-range order”
(セラミックス材料の一次元長距離秩序相)
Deqiang Yin, Chunlin Chen, Mitsuhiro Saito, Kazutoshi Inoue, Yuichi Ikuhara

発表雑誌

Nature Materials電子版、2018年12月10日(英国時間)
DOI:10.1038/s41563-018-0240-0(新しいタブで開きます)
https://www.nature.com/nmat/(新しいタブで開きます)

問い合わせ先

研究に関すること

幾原 雄一 (イクハラ ユウイチ)
東北大学材料科学高等研究所 教授

E-MAIL : ikuhara@wpi-aimr.tohoku.ac.jp

井上 和俊 (イノウエ カズトシ)
東北大学材料科学高等研究所 研究員

住所 : 〒980-8577 宮城県仙台市青葉区片平2-1-1
TEL : 022-217-5933
E-MAIL : kinoue@wpi-aimr.tohoku.ac.jp



報道担当

東北大学 材料科学高等研究所(AIMR) 広報・アウトリーチオフィス

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東京大学大学院工学系研究科 広報室

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