原子層鉄系高温超伝導体で質量ゼロのディラック電子を発見

2018年01月10日

東北大学大学院理学研究科
東北大学材料科学高等研究所

原子層鉄系高温超伝導体で質量ゼロのディラック電子を発見

-超高速・超伝導ナノデバイスの実現に光-

概要

東北大学大学院理学研究科の中山耕輔助教、佐藤宇史教授、同大学材料科学高等研究所の高橋隆教授らの研究グループは、原子層鉄系高温超伝導体において、質量ゼロの性質を持つ「ディラック電子(注1)」を発見しました。この成果は、超高速・超伝導ナノデバイスの実現に道を拓くだけでなく、高温超伝導の発現機構の解明に向けても重要な一歩となります。

本成果は、米国物理学会誌フィジカル・レビュー・Bの注目論文に選ばれ、平成29年12月29日(米国東部時間)にオンライン速報版に掲載されました。

研究の背景

近年、エレクトロニクスを支えるデバイスの微細化を実現する究極の材料として、層状物質を1層まで薄くした原子層薄膜に大きな注目が集まっています。代表的な例は、グラファイトを1層(炭素原子1個分の厚さ)にしたグラフェン(注2)です。グラフェンは、極めて薄いだけでなく、グラファイトには無い様々な性質を持つことが知られています。そのような新しい性質を生み出す起源は、有効質量ゼロの「ディラック電子」と呼ばれる特殊な電子が伝導を担う点にあります。ディラック電子は、有限の有効質量を持つ普通の電子に比べて高速で移動できるため、次世代の超高速デバイスなどを実現する鍵としても期待されています。現在、グラフェンのような、バルクには無い革新的な機能を持つ原子層薄膜の探索が急ピッチで進められています。

最近大きな話題となっている原子層薄膜の一つに、鉄系超伝導体(注3)の一種である鉄セレン(化学式FeSe)があります。バルクのFeSeは−265 ℃で超伝導となることが知られていましたが、それを極限(原子3個分の厚さ)まで薄くすることで(図1)、−265 ℃をはるかに越えて、産業応用に向けた重要な目安となる液体窒素温度(−196 ℃)以上での高温超伝導の可能性が報告されました。この原子層高温超伝導の発見を契機にして、FeSeの研究が世界的規模で進展しています。しかし、高品質のFeSe原子層薄膜を作製することが難しいため、超伝導以外の性質についてはほとんど明らかになっていませんでした。

研究の内容

今回、東北大学の研究グループは、分子線エピタキシー法(注4)を用いて、酸化物の基板上に原子レベルで制御された高品質な1層のFeSe薄膜を作製しました。また、作製した薄膜を超高真空中において精密な温度制御下で加熱することで、高温加熱の場合は高温超伝導が起きる薄膜、低温加熱の場合は超伝導が起きない薄膜と、性質の全く異なるFeSe原子層薄膜を作り分けることに初めて成功しました。その薄膜の電子状態を角度分解光電子分光(注5)(図2)という手法を用いて調べた結果、低温加熱によって得られた超伝導を示さない薄膜において、質量ゼロのディラック電子が存在することを明らかにしました(図3)。また、2〜20層の多層膜についても同様の測定を行った結果、ディラック電子のみが伝導を担う理想的なディラック電子系は、1層の原子層薄膜でのみ実現していることを突き止めました。すなわち、理想的なディラック電子系の実現は、原子層薄膜ならではの性質と言えます。今回の研究によって、FeSe原子層薄膜は、高温超伝導のみならず、グラフェンと類似のディラック電子系としての性質も持つことが明らかになりました。また、これら2つの全く異なる性質を、加熱温度を変えるという極めて簡便な手法で切り替えられることも見出しました。

今後の展望

今回の研究は、「高温超伝導」と「ディラック電子」という全く異なる性質を、同じプラットフォームで実現できることを実験的に確立したものです。将来的には、超高速・超伝導ナノデバイスなどへの応用展開が期待されます。また、高温超伝導の起源を解明するためには、電子状態を理解することが重要です。今後、ディラック電子の有無と高温超伝導発現の関係を明らかにすることで、高温超伝導を説明するモデルの選別ができると期待されます。

本成果は、科研費若手研究(A)「角度分解光電子分光による原子層FeSeの高温超伝導の研究」(研究代表者:中山耕輔)、新学術領域「トポロジーが紡ぐ物質科学のフロンティア」(領域代表者:川上則雄)、新学術領域「原子層科学」(領域代表者:齋藤理一郎)、および学際研究重点プログラム「原子層超薄膜における革新的電子機能物性の創発」(研究代表者:高橋 隆)などの助成によって得られました。

用語解説

(注1)ディラック電子
英国の物理学者ディラック(1933年ノーベル物理学賞受賞)が提唱した相対論的効果を取り入れた「ディラック方程式」に従う粒子のことを指します。このような状態にある電子は非常に動きやすい上に、半整数量子ホール効果などの通常の電子系とは異なる量子効果を示すという特徴があります。ディラック電子は、これまでグラフェンやトポロジカル絶縁体の表面などで、その存在が確認されています。
(注2)グラフェン
炭素が蜂の巣のような6角形の網の目状につながったシート状の物質です。黒鉛(グラファイト)を、非常に薄く剥がすなどして得ることができます。グラフェン内の電子は、ディラックコーンと呼ばれる特殊な電子状態(エネルギーと運動量の関係)を持ち、その結果、相対論的効果を取り入れたディラック方程式で記述される運動に従います。この物質内におけるディラック電子は、あたかも質量がゼロ、もしくは非常に小さい粒子のように振る舞い、さらに物質内の欠陥などに散乱されにくいという性質を持っています。そのため、グラフェンは高い電気伝導性や熱伝導性を示し、非常に少ない電力で動作する超高速電子デバイスへの応用が展開されています。
(注3)鉄系超伝導体
鉄を含む二次元伝導面を持つ超伝導体の総称です。2008年に東京工業大学の細野秀雄教授の研究グループによって発見されました。この鉄系超伝導体は、新しい高温超伝導体の宝庫として大きな期待を集めています。本研究で対象としたFeSeは、鉄系超伝導体の中で最も単純な結晶構造を持つことから、モデル物質としても注目を集めています。
(注4)分子線エピタキシー法
薄膜の原料を加熱して原子ビームを作成し、その原子を1個ずつ基板に積み重ねて薄膜を成長させる手法です。原子単位で薄膜を形成していくため、高品質な薄膜を作製できます。
(注5)角度分解光電子分光
結晶の表面に高輝度紫外線を照射して、外部光電効果により結晶外に放出される電子のエネルギーと運動量を同時に測定することで、物質中での電子の状態を観測する実験手法です。最近その分解能が急速に向上し、超伝導状態の電子も観測できるようになりました。

論文情報

Two-dimensional Dirac semimetal phase in undoped one-monolayer FeSe film,
S. Kanayama, K. Nakayama, G. N. Phan, M. Kuno, K. Sugawara, T. Takahashi, and T. Sato
Physical Review B 96, 220509(R) (2017). (Editors’suggestion)

DOI: 10.1103/PhysRevB.96.220509
URL: https://link.aps.org/doi/10.1103/PhysRevB.96.220509

 

2017年12月29日公開(米国東部時間)

参考図

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図1:鉄セレン原子層薄膜の構造の模式図。青と緑の丸は,それぞれ鉄とセレン原子を表す。

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図2:角度分解光電子分光の概念図。物質に高輝度紫外光を照射し,放出された光電子のエネルギーと運動量を精密に測定することで、物質の電子状態を決定できる。

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図3:(左図)ディラック電子のエネルギー関係の模式図。(右図) 角度分解光電子分光によって得られたFeSe原子層薄膜の電子構造。ディラック電子による円錐型のバンド分散(青線)が観測される。

問い合わせ先

研究に関すること

中山 耕輔(なかやま こうすけ)
東北大学大学院理学研究科物理学専攻 助教

TEL : 022-795-6477
E-MAIL : k.nakayama@arpes.phys.tohoku.ac.jp

佐藤 宇史(さとう たかふみ)
東北大学大学院理学研究科物理学専攻 教授

TEL : 022-795-6477
E-MAIL : t-sato@arpes.phys.tohoku.ac.jp

高橋 隆(たかはし たかし)
東北大学材料科学高等研究所 教授

TEL : 022-795-6417
E-MAIL : t.takahashi@arpes.phys.tohoku.ac.jp

報道に関すること

高橋 亮(たかはし りょう)
東北大学大学院理学研究科 特任助教

TEL : 022−795−5572、022-795-6708
E-MAIL : sci-pr@mail.sci.tohoku.ac.jp