スピン波の新たな分光法を開発

2017年06月13日

東北大学材料科学高等研究所(AIMR)
東北大学金属材料研究所
九州大学大学院理学研究院

スピン波の新たな分光法を開発

-スピントロニクスの発展貢献に期待-

概要

東北大学材料科学高等研究所(AIMR)の橋本佑介特任助教、齊藤英治教授(兼 金属材料研究所)の研究グループは九州大学大学院理学研究院の佐藤琢哉准教授らと共同で、静磁波の分散関係を簡便に決定する「新しいスピン波の分光法」を開発しました。従来の原子炉を必要とする中性子線や、複雑な検出系が必要な光学手法と異なり、本手法は実験室レベルで実現可能な測定システムを実現します。このシステムによって、スピントロニクス注1に利用される様々な物質におけるスピン波の性質を簡便に測定することが可能になりました。  
今回新たに開発した分光法では、高速時間分解磁気イメージングの技術を応用してサブナノ秒の波の変化を電気的に検出して分光すること(フーリエ変換法)に成功しました。この測定手法を用いて、典型的な磁性材料であるLu2.3Bi0.7Fe4.2Ga0.8O12のスピン波を観測したところ、理論的に予想されていた静磁波領域の分散関係がはっきりと確認されました。これにより、実験室レベルで実現可能な静磁波の分光が実現されました。今後このシステムは、様々な物質におけるスピン波の性質を簡便に調べることを可能とし、スピントロニクスの発展に貢献すると期待されます。  
本研究成果は、2017年6月12日18時(日本時間)に英国科学誌「Nature Communications(ネイチャー・コミュニケーションズ)」のオンライン版で公開されます。

研究の背景と経緯

磁石は様々な用途に使われる馴染み深い物質です。磁性(磁石としての性質)の起源は、磁石を構成する電子のスピンです。スピンとは電子の持つ回転であり、この回転の向きが同じ方向に揃うことで磁性が発現します。同じ方向を向いたスピンの集合は「磁化」と呼ばれ、この磁化の並び方と動き方が、磁石の様々な性質を決定します。
物質を構成する原子同士の相対的な振動が波として伝わったものは音波と呼ばれます。同様に、磁化同士の相対的な振動が波として伝わったものは「スピン波」と呼ばれます。このスピン波は、磁化の動き方の一つであり、情報や熱を運ぶ媒体として利用できます。そのため、スピン波の性質の理解は、スピントロニクスにおける重要な課題の一つです。
一般に波の性質は、波の波長と波の周波数の間の関係式(分散関係)で決まります。この関係式から波が伝播する速さや、伝播しやすい向き、波を起こすために必要なエネルギーなどを知ることができます。これまでにもスピン波の分散関係は実験的に観測されてきました。しかしながら、従来の測定手法は原子炉からの中性子線や、極めて高度な光学技術が必要とされていました。特にスピントロニクスで最も利用されるマイクロメートルスケールのスピン波(静磁波)の分散関係を直接測定することは、これらの技術を用いても困難でした。
その原因は、これまでの分光法では、この静磁波を捉えることが非常に難しかったためです。一般に、物質に光を当てると、物質内部の揺らぎを反映した光が出力されます。この出力光を観察し、どの周波数の光がどれくらい含まれているかを調べるのが分光法です。磁石の中でスピン波が立っていると、光がスピン波に散乱されることで、出力光にはスピン波の振動数だけずれた周波数成分が含まれます。静磁波によるこの周波数変化はGHz(ナノ秒)程度と、光の周波数に比べ圧倒的に小さな変化です。そのため、この変化を光学的に分離することは極めて難しいのです。

研究の内容

今回開発された新手法は、この静磁波の分散関係を測定することを可能にしました。「スピン・ウエーブ・トモグラフィ (SWaT)」と名付けられたこの手法は、磁気光学イメージングと呼ばれる磁化測定技術とフェムト秒レーザー注2を用いた超高速測定とを併せたもので、時間ドメインでの出力光観測に高度な信号処理技術を組み合わせて分光を実現したものです。以下にその詳細をご説明します。

図1はSWaTの測定系の概念図です。
SWaTの測定はストロボ撮影に例えることができます。フェムト秒レーザーから出された「ポンプ光」は、被写体へこれから撮影するという合図です。ポンプ光が磁石に当たると、ポンプ光が当たった領域にスピン波が生成され、スピン波の伝搬が始まります。ポンプ光の照射からある時間経った後に、「プローブ光」が照射されます。このプローブ光はストロボに相当しており、ポンプ光の照射からある時間経った後のスピン波の様子を捉えます。プローブ光によって捉えられたスピン波の情報は、CCDカメラによって検出されます。こうして、伝搬するスピン波の写真を撮ることができます。ポンプ光とプローブ光の間隔を少しずつ変えていくことで、連続したスピン波の写真を撮ることができます。これをアニメのようにつなげることで、スピン波の伝搬過程を実時空間の動画として見ることができます。図2はこのようにして得られたスピン波伝搬過程です。
なぜプローブ光は、スピン波の情報を得ることができるのでしょうか? ここでは「磁気光学効果」と呼ばれる現象が利用されています。磁気光学効果は、磁石に光を当てると、その磁化と光の進行方向の相対角に応じて、光の偏光角が回転したり、楕円率が変化したりする現象です。スピン波は磁化の向きの揺らぎ、つまり時空間変化ですから、この磁気光学効果によってスピン波の情報を光に転写することができます。
スピン波の実時空間の動画から分散関係を得ることができます。これは、得られた動画を時間方向と空間方向にフーリエ変換注3することで実現できます。ただし、SWaTで得られるスピン波の動画が、時間的にも空間的にも十分な分解能を持っていることが必要です。求められる分解能は、スピン波の時間変化つまりナノ秒より速い時間分解能とスピン波の波長つまりマイクロメートルより短い空間分解能です。この要求は、フェムト秒レーザーと高精度CCDカメラを用いた独自開発のシステムにより達成しました。また、得られた大量の信号を高速に処理するソフトウェアを開発することでスピン波の新しい分光法SWaTが開発できました。
SWaTを用いて得られたLu2.3Bi0.7Fe4.2Ga0.8O12静磁波の分散関係を図3に示します。Lu2.3Bi0.7Fe4.2Ga0.8O12には面内の外部磁場注4が印加されており、図3はこの外部磁場と静磁波の伝搬する方向のなす角度に応じて、分散関係が変化する様子を表しています。この角度が0度付近の場合には、傾きが負の分散関係が見えます。これは静磁波特有の「バックワードモード」と呼ばれます。また、角度が90度付近の場合には、傾きが正の分散関係と、その上に広がる分散関係の二つが見て取れます。これはそれぞれ、「フォワードモード」と「表面モード」と呼ばれ、これらも静磁波特有のものです。このようにSWaTによって得られた分散関係は、従来の理論計算が予測する静磁波の分散関係を正確に捉えていることがわかります。
SWaTを利用することで静磁波の分散関係を測定できることが実証されました。その物理的な理由は、SWaTがスピン波を励起するのに時間的、空間的にデルタ関数的なパルスを利用していることです。デルタ関数はあらゆる周波数成分、波長成分を含むため、パルス励起に対する応答はあらゆる周波数成分、波長成分を含むものになります。これらをすべて同時に測定するために、スピン波のすべての情報がSWaTの信号の中に含まれているのです。より専門的には、スピン系の応答関数に対して、静磁波領域のあらゆる周波数成分、波長成分を測定していると言えます。この手法は赤外分光法で利用されているフーリエ変換法と全く同じ仕組みです。その意味で、SWaTは、スピン波分光におけるフーリエ変換法を開発したとも言えます。

今後の展開

SWaTの実現により、様々な磁性体材料における静磁波の分散関係を、実験室レベルで測定できるようになりました。静磁波の分散関係には物質固有の材料特性(磁気異方性や飽和磁化)や、試料形状の特性(形状磁気異方性)などが反映されます。この手法を用いた物質探索を通じて、スピントロニクス材料の開発に貢献するものと期待されます。

参考図

pr_170526_01.jpg図1:実験セットアップの模式図

 


図2:測定されたスピン波の伝搬の様子

 

pr_170526_03.jpg図3:測定されたスピン波の分散関係

 

用語解説

注1)スピントロニクス
電子の磁気的性質であるスピンを利用して動作する全く新しい電子素子(トランジスタやダイオードなど)を研究開発する分野のこと。
注2)フェムト秒レーザー
様々な波長の光を束ねることで、光が10-15秒程度の間だけ出るレーザーのこと。
注3)フーリエ変換
時間や空間に依存した信号を、様々な周波数と波長をもった波に分解する数学的処理のこと。
注4)外部磁場
サンプルに対して、外部から印加した磁場のこと。

本研究成果はJST戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)「齊藤スピン量子整流プロジェクト」、世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)などの支援を受け実施されました。

論文タイトル

“All-optical observation and reconstruction of spin wave dispersion”
Yusuke Hashimoto, Shunsuke Daimon, Ryo Iguchi, Yasuyuki Oikawa, Ka Shen, Koji Sato, Davide Bossini, Yutaka Tabuchi, Takuya Satoh, Burkard Hillebrands, Gerrit Bauer, Tom Johansen, Andrei Kirilyuk, Theo Rasing, and Eiji Saitoh
DOI: 10.1038/NCOMMS15859(新しいタブで開きます)

 

問い合わせ先

研究に関すること

齊藤 英治(サイトウ エイジ)
ERATO齊藤スピン量子整流プロジェクト 研究総括
東北大学材料科学高等研究所/金属材料研究所 教授

TEL : 022-217-6238
FAX : 022-217-6395
E-MAIL : eizi@imr.tohoku.ac.jp

報道担当

清水 修(シミズ オサム)
東北大学材料科学高等研究所(AIMR) 広報・アウトリーチオフィス

TEL : 022-217-6146
E-MAIL : aimr-outreach@grp.tohoku.ac.jp

横山 美沙(ヨコヤマ ミサ)
東北大学金属材料研究所 情報企画室広報班

TEL : 022-215-2144
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九州大学広報室

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